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習作 #12

何を言っても響かない目の前の男を正論できりきり追い込みながら、今ここで彼が自殺すれば私のせいにされるのだろうかという考えが頭をよぎる。彼はいつまでも仕事が身に付かず、自分の手取り額ほどの売上も覚束ない。今月は普段に輪をかけて成績が悪かった。業務上必要の範囲を踏み外さないように言葉を選ぶ。

目の前の彼を見る。濡れた達磨のように、丸い身体を更に丸めている。圧力に怯えてはいるが、やはり内容は理解していない。そもそも私が怒らなくても、彼は死ぬかもしれない。それでも私は人殺しということになるのだろうか。

気づけば私は膝をつき、「死なないでくれ」と懇願していた。彼は驚いた目で私を見て、「いえいえ」と的外れな言葉を返した。週末になり、私と彼はそれぞれの理由で死んだ。床についた膝の跡はすぐに消えた。

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