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小説 #5

終演後、電信柱の陰から楽屋口を見張った。太陽は真上にあって、道路の照り返しが眩しかった。建物の裏には出待ち風の客が溜まっていて、そこが楽屋なのだとすぐにわかった。少しすると若者たちがぞろぞろと出てきて、先ほどまで舞台で見ていた面々が立ち話を始めた。ファンというよりは友達に近いのだろう、どの芸人も和やかな表情をしていた。

少し前に見た彼のネタを思い出す。素人目にも、彼が頭抜けて面白いのは一目瞭然だった。フリップの絵はかわいらしく、目にクリアに届く。台詞には無駄がなく、発声も明瞭だった。何よりもアイデアが洗練されている。細部まで気配りが行き届いているのが伝わってきて、とても優しい時間だった。私は接触の目的も忘れていた。

立ち話をする者たちの間を縫って出ていく人影があって、目を凝らすと彼だった。衣装のスーツとフリップの入ったプラスチックケースを両手に携えて、駅の方向に歩いていく。信号を横断し、地下街を抜けて、改札を通るのを追いかけていく。尾行は初めてだったが、無警戒の人間を尾けるのは容易だった。

彼は先頭車両の一番前の壁に寄りかかって立っていた。そこが大きな荷物を持ちやすい位置のようだった。西へと走る私鉄は土曜日にしては混んでいて、半数ほどの客が立っていた。私は男の隣のドアから乗車して、遠目に彼を観察した。

彼はスマートフォンの画面に指を滑らせていた。表情が曇っている。私はTwitterを開き、検索窓に彼の名前を入力した。投稿は何もなかった。続いて彼のアカウントを覗くと、「新ネタ。手応えあり」と短く書かれていた。それにも反応はなかった。

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