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小説 2-1

アルバイトには行きたい日と行きたくない日がある。というと、バイトに積極的に行きたいと思う日など一日もなかったように思えてくるから、この記述は誤っていることになる。けれど、どうしても行きたくない日というのは確かに存在し(稀に実際にサボってしまう)、逆に素直に行ける日もある。なので、受け容れがたい事実ではあるが、バイトには行きたい日と行きたくない日が確実に存在する。

その日サクラが行きたくなかったのは、寒かったからだ。それは「行きたくない」という強い意志としてではなく、もっと漠然とした、けれども確実な「重さ」として、それは顕れた。布団の中に居る「重さ」。私の肌は「重さ」と触れあい戯れていた。

目を開けた瞬間には何を見ていたのだろうか、思い出せない。頭は冴えていて、気がついたときには部屋の隅にある兎の人形に焦点を合わせていた。小学生ほどの大きな白い塊が、背を丸めてこちらを見つめている。蹂躙されたあとのような顔だ。

兎と目が合い、気付けば今日のシフトを思い出していた。とくに気を遣う組み合わせではない。鼻から息を吸い込んで、赤いマグカップにクリームスープを溶かした。髪を梳かして、簡素な化粧を施して、軽自動車のエンジンをかけた。

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