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兄の話(エッセイ)

夢の中に兄が出てきた。兄は変装しており、二人組の女性に身分を偽っていた。私は兄に話を合わせ、嘘の手伝いをしていた。夕方の駅のホーム、コインロッカー。現実では、もう兄と何年も話していない。



兄は苦労の多い人間だった。高校入試では最後まで進学先が決まらず周囲を困らせた。大学入試では当然のように浪人して、私大に入った。留年もした。

兄は私に嫉妬していた。「低いプライドが高い」人だった。私と喧嘩するたび、弟はラクで羨ましいということを言っていた。兄の苦労する背中を見ていた私は、高望みをしない人間に育った。人生の節目のたびに周囲を騒がせる兄と、それを見て控えめに育った弟。嫉妬するには充分な環境だった。両親はずっと兄に呆れて、手のかからない私を可愛がった。私はそれが嫌で、地元から一番遠い公立大学に進学した。



就職によって、二人の立場は逆転した。兄は留年中にクリエイティブ系のセミナーに通い、誰もが知る大手広告代理店に就職した。世間的には「エリート」と呼ばれる肩書と収入を得た。

一方で私は就活で対人恐怖症を発揮して、「就活に失敗した人」になった。ブラックとは言い切れない、けれどその分贅沢もできない。確認したことはなかったけれど、給与も雲泥の差になっているはずだった。兄と弟の立場関係は完全にひっくり返った。



兄は昨年から一人暮らしを始めた。どうやら、飯田橋の近くに住んでいるらしかった?どんな暮らしをしているのだろうか?ズボラな性格だったが、きちんと生活できているのだろうか。
いまも、私のことを妬んでいるのだろうか?

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