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小説 #10

夕方、ひとまず家に帰ろうと電車に乗り込み、目の前の席がちょうど空いたので座ると、隣のかわいらしい大学生風の男がポルノを見ていた。窓から見える空は赤く染まりかけていて、薄い月が浮かんでいた。

気付かれないように画面を盗み見る。顔がぼかされたセーラー服の女性がスカートを捲りあげて、下着を露出させていた。安直ないやらしさに笑いそうになるが、すぐに心に黒い煙が立ち込める。指が動き、顔写真が整然と並べられた画面に移動する。どうやら風俗店のHPを見ているようだった。

車内を見回すふりをして男の顔を見る。険しい表情で画面を睨んでいる。背筋がしっかりと伸び、意外と胸板が厚かった。私の視線には気づいていないようだ。

すると、突如男が泣き始めた。電車が川にかかる大きな橋にさしかかり、走行音が少し高くなった。えっ、と声を出しそうになる。男は前髪が顔にかかっているので、おそらく涙は私にしか見えない。

実は、サイトに載っている女は彼の家族だったのかもしれない。もしくは同級生や、恋人ということもありえる。もしくは、純愛を誓い合っていた二人が、やんごとない事情で引き離されているのかもしれない。私は男に白い目を向けていた自分を恥じた。

大きな駅に着き、男は乗り換えで降りていった。車両内の半数ほどが降り、その1.5倍ほどの人数が新たに乗り込んできた。男が泣いていたのは、ただ女が感動的にエロかったというくだらない理由だった。そのことを、私は永遠に知ることはなかった。

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