見出し画像

プロフィール


初めまして、西宮市甲子園口で「よしゆき鍼灸院」を開業している松本です。

2020年に院を立ち上げましたが、ここに至るまで様々な逆風がありました。
今回この記事では、僕が院を開業するまでの道のり、そして今後の活動目標についてご紹介させてください。


整形外科の限界を感じた空手時代!

学生時代から器械体操や空手などで激しい運動を経験してきました。

その練習の時に重度の肉離れを経験します。

当時は、世間にそれほど整骨院などもなく、病院のリハビリも電気を当てたりする程度のものでした。

気休め程度の治療にしかならないのでリハビリに行かず練習していました。当然、日常生活にも不自由が出始めたのです。

そこで辿り着いたのが鍼灸院でした。 

そこでの治療をキッカケに競技にも復帰することができ「施術にて人の生活の改善を助けることの素晴らしさ」を経験したのです。


会社員を辞め鍼灸師の道へ

32歳の時に会社員をしながら学費を貯め鍼灸専門学校に通います。
自身が怪我をした経験もあるため、医学的知識を学べる環境がとても楽しく、ますます「鍼灸師として沢山の人の悩みを改善したい」と感じたのです。

鍼灸学校を卒業し、晴れて鍼灸師としての活動が始まりました。

・鍼灸整骨院に勤務
・整形外科クリニックリハビリ部門リーダー経験
・クリニックから鍼灸院立上げ 院長

など、これらを経験し「沢山の人の悩み」を改善してきました。
。。。が、毎朝7出勤し深夜2時に帰宅する日々。当然、休憩時間もなくとにかく目の前の患者さんをこなす状態に。

肉体的な限界を感じ「死ぬかもしれない」と思う日々。

憧れから脱サラして入った業界でしたが、この仕事が嫌いになりかけていました。


自由を求めて開院

画像1

当時19時間労働をしていましたが、月々の給料は34万。

この少ないお金を貯めながら、なんとか自己資金で院を開院するところまでこぎ着けました。

現在では、目の前の患者さんの「お悩み」を解決することはもちろんですが、自由な時間も増えたことで、定期的な情報のアップデートによりサービス向上ができています。また、競技復帰のための時間を確保でき将来的には新たな事業軸に育てていく予定です。


今後の展望としてはバク転などができる施設を作ったり、オンラインでの診断ができる仕組みを作り、治療した患者さんの次のステップのケアまでできるサービスを考えています。


最後に

もし、この記事を見てくださっているあなたも過去の僕と同じ経験を今しているなら、是非、「よしゆき塾」で繋がりましょう!

画像2

よしゆき塾では、好きではじめたこの仕事で活躍される先生方を応援しています。


定期的なオンライン勉強会勉強会を開催していますので、お参加お待ちしております。

松本 佳之(matsumoto yoshiyuki)
鍼師・灸師

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?