『私、星になる』

秋めく公園で私はそれを飲み干した。あずまやには紅茶色の光がさしている。ただ喉越しはどろどろ最悪で風情ある景色の全てが無常にも壊れてしまった。喉を粘っこく通り、胃にずしりと溜まっていくのが分かる。私は身体に起こる変化を希望と絶望の狭間で待つ。走馬灯のように様々な記憶、思いが蘇えってくる。
そう、私は失恋した。それは辛い辛い失恋だった。いやはや、本当に本当に辛かった。私は本当によくがんばった。だって聞いてみてよ。あのね、だってさ……いや、よそう。男らしくない。
ぶんぶんぶんと頭を揺らし、今一度、身体の変化に集中する。
「あ」
それは絶妙のタイミングだった。私が集中しきった瞬間に変化は起きた。指の第一関節がふっと消えた。いや消えたのではなくて、身体の内部へとしまわれたのだ。鷲がその優雅な羽をたたむかのように。
さらに続いて、手足は次々とコンパクトに、そして素敵な形に変化を遂げていく。
確かに劇薬だ、と尖っていく頭の形の変化を感じながら思う。退職金はたいて、裏ルートから仕入れる価値はある。
「ちょっと待って」背中から声が聞こえる。元恋人の声だ。「私が間違っていたわ」
なにがまちがっていたんだろう。もう振り向くことはできない。
「だから行かないで」
それは無理だぜ。だってもう飲んじまった。それに後悔はしない主義なんだ。ごめんよ。
お尻から高温のガスが噴出する。私は星になるんだ。きらきら煌くハードボイルドな星になるんだ。お前は私という煌く星に願い事でもしてくれ。
「なんでこうなっちゃったぬぉぉぉぉぉぉ!!!」元恋人の叫び声が響く。だが、その叫び声も私の体内のエンジン音でかき消されていく。
お尻から出る炎の力で初めはゆっくり宙に浮き、段々と加速していく。あずまやの屋根を三角形の頭で突き抜けた。そしてさらに加速した。羽が空気を切って、火花を散らす。
小さくなって見えなくなった恋人と淡い恋の思い出を地上に置いて、私は大気圏をマッハで抜けた。(了)
#小説 #1000文字以内 #星 #掌編

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