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そのじゃんけんは、誰かの心を置き去りにしてないか?
子どもに「なんで?」と連発された経験は、世界中の親が持っているのではないだろうか。
子どもの「なんで?」とか「これなぁに?」といった質問攻めは、個人差はあるが、だいたい語彙数が増えてくる2、3歳くらいから始まり、6歳ごろまで続く。この期間は、子どもの好奇心や思考力を育むうえで重要な時期とされ、心理学では「質問期(なぜなぜ期)」と呼ばれる。
一方、近頃の自分は、小学校に上がった長女に対して「なんで?」と問いかけることを習慣にしようとしている。
たとえば、こんなエピソード。
ある日、長女(小1)と次女(年少)が、1つしかないもの(たしか、プリキュアのシールか何か)を取り合っていた。
そういう場面で、いつからか長女は「じゃあ、じゃんけんね!」とよく言うようになった。
次女は雰囲気に飲み込まれ、じゃんけんをする。そしてなぜか大体いつも長女が勝ち、次女がふくれっつらをしている。(次女が最初に何を出すのか、ばれているのかもしれないね…)
なので、横やりを入れる。
「ねぇねぇ、なんで、じゃんけんで決めるん?M(次女)は、じゃんけんでいいって言うたん?」
「これが普通」を疑ってほしい。
どうやら、長女の中で、「じゃんけん=何かを決める時のもっとも普通なやり方、適切な方法」という概念ができつつあるようだ。それは子どもの世界では、あたりまえであるのかもしれない。
でも、その「普通」は本当にいいものなの?
これは、物事の決め方に限った話ではないけれど、「あらゆる場合に通用する絶対的に正しい方法」なんてない。
今回のケースでも、じゃんけん以外にも、話し合いとか、あみだくじとか、かけっこで勝負して決めるとか、いろいろ方法はあるはずだ。
当事者同士が居合わせている場合、まず、どうやって決めるかを双方が合意することは、とっても大切だと思う。
こういう視点に立つと、なんでもかんでもじゃんけんで決めようとする姿勢は、いただけない。特に「出さなきゃ負けよ、じゃんけんぽん!」なんていうのは、非常に強引なやり方ではないだろうか。
みんな当たり前にやっていることが、誰かを傷つけていないか。
そんなまっさら目を持っていてほしい。
だから、たびたび「なんで?」と子どもに問いかけたい。