5. 意識を用いて身体と対話する
意識を用いて身体と対話することについて、前回の記事では足の小指との対話を例としてあげました。今回はそのテーマを掘り下げてみます。
始めにお断りしておきますが、これは演奏技術の解説ではありません。技術的問題について、誰かに教えを乞う…そういう依存状態から、自分自身で問題に気づき、それを改善できるようになる。そのために必要なヒントを提示するものです。
意識を自覚的に・意図的に用いるわずか数分の練習は、意識を用いないで何日も、或いは何年、いや何十年も続ける練習に勝るというのが、私の経験で得られた結論です。
1.意識を用いる予備レッスン
始めにシンプルな5分程のレッスンを考えてみましたので、やってみましょう。やり方は次の通りです。
机、あるいはテーブルに向かって座る。姿勢は背中が曲がらないよう腰を立てて肩や首などの力を抜く。
片手を机・テーブルの上に置く。手のひらは伏せて指先が机・テーブルに触れた状態。そのまま静かにゆっくり息をして呼吸を整え、身体の緊張を解く。
緊張のないリラックスの中で眼を閉じ、机・テーブルに触れている親指の指先、触れている部分のみに意識を集中する。
その部分がどのような感じなのかだけに集中する。それを特別言葉にする必要はなく、ただ触れている部分の感触を味わうだけで良い。慣れないうちは思考の雑念が浮かぶかもしれないが、雑念に気づいたら指先への意識に戻る事を試みる。
親指の先の集中が深まったことを実感したら、次は人差し指、その次は中指と、小指迄順次集中を移動させる。
さて指先からどんな感じを受け取りましたか?
私の場合、指先に感覚が集まってくると、ジワジワとした何かを感じますが、それは私だけの感覚で、どのように感じるかはそれぞれ違うのかもしれません。いずれにせよ他の指先に比べて、集中している指先が特に活性化しているのは間違いないはずです。
1から3までの項目は集中するための準備で、メインは4です。
慣れると複数の指に同時に集中することもできるようになりますので、試してみてください。
また集中するポイントは、肩や腕、関節、手首、喉、甲状腺等様々な場所に向けることができます。
5は集中するポイントを順次移動させるトレーニングです。
集中するポイントは必ずしも移動させる必要は無いのですが、実際は集中するポイントを自在に、特に音楽演奏では瞬時に移動させる能力が必要です。
2.待つ、そして味わう
以上のレッスンには特に注目して欲しい三つのポイントがあります。
身体の特定の部位に意識を傾ける。
その部位が何かを語り掛けてくるのを待つ。
そこに生じる感覚を味わう。
1の意識を傾ける、ということについてはもうすでに記したので、ここではまず2の待つということの重要性について記しておきます。
私たちはその待つことができなくて、結果を得るのに急いだり焦ったりすることがあります。
それに気づくと、急がないように!とか焦らないように!と自分に言い聞かせたり、あるいはそのように他人にアドバイスしたりもします。
しかし多くの場合、急がない!焦らない!という言葉が生じた時点で、すでに急ぎ・焦りの兆しが現れているのが殆どです。
さて以前に読んだ「あがりを克服する」という本の中に、確か「身体への指令に、禁止の言葉を用いない」という教えがあったと記憶しています。
例えば、「力まないで!」という指令を体の一部に送ったとします。そうするとその身体の部位に、”力む”ということと、それを禁止する”○○しない”という二つの要素として発せられます。ところが身体は一つの事しか受け付けられずに混乱するらしいのです。一旦”力む”ということが示されて、それが否定される。そこにショックと混乱が生じます。そのため別の言葉に置き換えて指令する必要があるということでした。
「力まないで!」という言葉なら、次のように言い換えてみましょう。
「軽やかに」、「優しく」、「柔らかく」、etc.
そうすると、シンプルかつ実に気持ちよく積極的に受け入れられます。このように言い換えるのを習慣づけることで、短期間で大きな収穫をえられるようになります。
さて、ここで"待つ"ということに話を元に戻します。待つことにはとてもポジティブな意味があります。
ここで言う“待つ”は、何もせずに待つのではありません。
“待つ”ということに、積極的に意識を用いるのです。
“耳を傾ける”という言葉と殆ど同じ意味です。
“待つ・耳を傾ける”というのは、意識せねば身につかない大切で重要な能力です。
なぜ“待つ・耳を傾ける”という力が大切なのでしょうか?
この力が私たちの中で育ってくると、自分の身体の声に、心の声に、他者の声に、私たちをとりまく世界の声に、耳を傾ける能力が育ちます。
実に様々な、そして豊かな語り掛けを、味わい深く受け止められるようになるでしょう。
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