ひみつの共有
今日も部活の人と上手くいかなかった。
パートリーダーを任されてるおかげで妙にイラつくことが増えている。真面目に練習をしてない人を見ると腹が立つし厳しくする。私はこんなに頑張っているのに何で分かってくれないんだろう。
そんなんだから後輩には陰口を叩かれているし、そのせいで同級生にも良く思われていない。
やっぱりこの世の中はそういう根回しが上手い人が得をするように出来てるのかも。
憂鬱な気分で放課後の誰もいない階段をゆっくり上がる。屋上の扉のドアのガラス部分から夕日がさして階段をオレンジ色に染め上げる。
こういうどうしようもならない時は誰もいない屋上に行って楽器を思いっきり吹く。後輩や指揮者や顧問のことを考えず自分の吹きたいように吹ける。
そうすると気分も多少スッキリするんだ。
ガチャリとドアを開けると夕日が直に目に入り思わず目をつぶった。ゆっくりと目を開けるとそこには珍しく人影があった。
「……あれ、枚田くん?」
薄目でもすぐに誰か分かった。同じクラスの枚田くん。別にクラスに馴染んでない訳じゃないのに、妙に影のある独特な雰囲気を醸し出している。
なんだか私と同じ人種のような気がしていた。
「うん。清水でしょ?」
枚田くんは屋上の柵に背中を預けてしゃがんでいる。その手には彼にあまり似つかわしくないものがあって、思わず問いかけを無視して声をかけてしまった。
「枚田くん。たばこ、吸ってたんだね」
彼の吐く息はうっすら曇っていて、眩しすぎる夕日をぼやけさせる。
同じ学年のいわゆるヤンキーと呼ばれるような人たちがたばこを吸っているのは何となく知っていた。でも、彼はそういったイメージが全くない。想像もできない。
枚田くんはガリ勉でもなければ特別運動が得意な訳じゃないし、クラスでもそんなに目立ってない。わりとどんな人とも普通に話してるから、柄の悪い人とも仲良くしてたのかな……。
「あぁ」
ちょっとめんどくさそうにそれだけ答えると、またたばこを口に咥え煙を肺に入れていた。
彼の体に悪いものが入っていく感じがして勝手に嫌になる。
「……意外」
自然と口から出ていた。
本当にびっくりしたのもそうだし、それになにより彼の人柄に合ってない気がしてしまった。
私の直球な一言に彼はふっと口角を上げて笑う。
私の見たことない表情。持っているのは大人のものなのに笑顔は少年みたいでちぐはぐだ。
「……悪いな。意外で」
「いや、そういうことじゃないけど……」
ニヤニヤしながら顔を逸らし息を吐く。
なんだか批判的なことを言ってしまったかなと、慌てて言い訳的なものを考える。ただ驚いただけってことにしよう。
「じゃあどういうこと?」
「……悪くはないけど、びっくりしただけ」
「そっか」
さっきまでは笑っていたのに、今度はぶっきらぼうにそれだけ言ってまたたばこをふかす。
言い訳をしたことが見透かされてるような気がして胸がグッと痛んだ。
「いつから吸ってるの?」
頑張って話題を変えようとしても結局同じものしか出てこない。枚田くんが食いつきそうな話が私には思いつかなかった。
「んー……いつからだろうね」
含みをもった笑顔でそう答える。きっとごまかされているのは私にでも分かった。
「分からないほど長く吸ってるんだね」
私が冗談っぽく言うと、彼は頭を掻きながらたばこの火を地面に押し付け消した。
「清水の想像に任せるよ」
そして慣れた手つきで吸い殻を灰皿に入れて、さきほどのくしゃっとした笑顔を浮かべる。
「このこと、誰にも言わないほうがいいよね?」
「んー、まかせる」
彼はあっけらかんとそんなことを言った。私はその予想外の言葉に目を見開く。てっきり絶対にバラすなとか言われるのかと思っていた。
「言ってもいいんだ?」
「まぁ、実際に吸ってるのは本当だし。バレたらバレたでしょうがないかなって」
枚田くんはぼけっとオレンジ色の空を見上げながら呟いた。私に吸っているところを見られた段階で、そこまでのことを考えていたのかもしれない。もう親や先生に知られてしまってもしょうがないって。
私は、枚田くんがこういうことをしている事実を受け入れられず動揺してた。むしろ今もしてる。
でも、それは私の勝手に想像した枚田くんが実際の枚田くんとは違っていたからだ。彼が私の思う枚田くんじゃなかったからといってそれは彼には関係のないこと。
むしろこれが本来の彼だ。放課後屋上に行ってこっそりたばこを吸って物思いにふける、クラスの皆が知らない枚田くん。
今現在私だけがそれを知っている。そう考えると自然と頬が緩んだ。
「思い切りがいいね。……まぁ、言わないでおくよ」
私の発言を聞いた後、彼はびっくりしたようにきょとんとした顔でこちらを見上げてくる。まるで意外だと言わんばかりだ。
「へー、お前のことだから教師にでもバラすのかと思った」
そんな軽口を言いながらも口元はほころんでいる。やっぱりバラされるのは嫌だったんだ。
「言ってもこっちにメリットもないしね」
適当なことを言って理由をごまかす。こんな歪んだ優越感を持っているとは口が裂けても言えない。
「言えてる、そうしたほうがいいよ」
彼は満足そうにスッと立ち上がり屋上のドアのほうへ歩いていく。その後ろ姿を目で追うと、右手をひらひらと振っていた。
「じゃーね。また会う時は独奏会聴いてあげる」
びっくりしてすぐには返事ができなかった。なんでそのことを枚田くんが知ってるの? 屋上に人がいたことは今までなかったのに……。
そんなことをぐるぐると考えている間に、彼はそそくさとドアを開いて屋上を去っていく。
自分だけの秘密だと思っていたことが他人にも知られていると知ってとても恥ずかしい。顔が熱くなる。
「……屋上で吹いてること知ってたんだ」
でも、枚田くんなら別に知られててもいいかなと思えた。
私も枚田くんの秘密を知ってるから、これでおあいこだ。
end
※未成年喫煙を推奨しているわけではございません。ご了承ください。