何か食べたいvs外が暑い
「あっつ……」
身体にまとわりつく汗の嫌な感触と、気温の高さで思わず目が覚めた。
思わずといったが、もうすでに陽は真上に昇ってじりじりと紫外線と熱を発生させているようだ。
目覚まし時計は12時半を指している。
寝汗でベトベトになったシャツを右手でなびかせながら、水分補給をしようと冷蔵庫に向かう。
2リットルのスポーツドリンクを一気にラッパ飲み。汗で減った水分がみるみるうちに補充されていく感覚がたまらない。
10秒ほどだろうか、ごくごくと喉を鳴らしてスポーツドリンクを飲みキャップを閉めて冷蔵庫に戻す。
ついでに冷蔵庫の中に何が入っていたかを確認。起きたのがお昼時なのもあって、お腹が空いてしょうがなかった。
しかし、私の希望とは裏腹に冷蔵庫の中は戻したペットボトルと少しの調味料があるだけで食材が何もない。念のため冷凍庫のほうも確認したが、氷と保冷剤しかなかった。
「マジかよ……」
一人しかいないのに声に出して落胆を表してしまう。
確認するまでもないが、一応カーテンを開け外の様子を確認する。あたりは雲ひとつない青空で太陽がにこにこ微笑んでいる。
まずは、冷静に作戦を練ろう。こんな暑い中では頭も回らないので、とりあえず扇風機をつける。
本当はエアコンがあればいいのだが、残念ながらそんなに余裕のある経済状況ではないのだ。
なにせ今は給料日5日前。手元には2000円ほどしかない。
基本はスーパーで食材を買い、家で自炊をしている。この時期はそうめんやらそばやらが大活躍する時期だ。
俺はハッとして、いつも乾麺を置いている棚の扉を開けた。……案の定何も入ってはいない。
自分で分かってはいた、数日前にそうめんのストックを全部使い切っていたことを。それでも、確認せざるを得なかったのだ。
『もしかしたら1束残ってるかもしれない』
『もしかしたら結構前に買ったやつが手付かずだったりして』
そんな期待を胸に扉を開けたが、そこには何もなかった。
文字通りすっからかんというやつだ。
私は肩を落とし、気を紛らわす為に冷蔵庫からまたスポーツドリンクを手に取って一気飲みした。中身が無くなる。
『しょうがないから外に出て食材を買うか?』
そんな考えが頭を過ぎる。
そうすれば全てが解決する。今日買い物すれば向こう5日分の食料は余裕で確保できるのだ。こんな暑い中、スーパーに行かなくても良くなる。それだけで充分メリットに感じた。
私はウキウキで窓目に駆け寄り、外を見回す。
……そこはもはや地獄絵図であった。
上を見れば晴れ渡る青空、下をみれば蜃気楼で揺れるアスファルトが3階の窓からでも確認できる。
『今外に出たら死ぬ』
そう本能が警鐘を鳴らしていた。
第一、部屋の中で扇風機をつけていても暑いのだ。それが何も風もない、直射日光が照らす屋外などそれこそこの世のものではない。
私はまだ自ら冥土に臨む勇気は持ち合わせてはいない。
しかもスーパーまでは自転車でも10分ほど距離のあるところにしかない。往復20分の間、この直射日光を浴びることになるのか。
考えただけでもおぞましく、汗が滴り落ちる。
『しょうがないから何も食べないでおくか』
今はまだ暑いが、陽が落ちれば幾分かマシになっているはずだ。今はただダラダラしていかにこれ以上お腹を減らせないかを考えた方が得策かもしれない。
俺はまたベッドに仰向けになる。
天井の木目を何も考えず眺めていると色んな模様に見えてくる。
ナルトとか、玉子焼きとか、パスタとか。
いかんいかん。どうやらお腹が減りすぎて、模様が食べ物にしか見えなくなってきてしまっている。
気を紛らわすためにスマホをとりだしYouTubeを開いた。
オススメ動画には以前お気に入りにした動画に似た動画やら、今話題の動画やらが並んでいる。
それを何も考えずにスクロールしていく。暑いし、腹に何も入っていないせいか、どの動画も面白くなさそうで見る気が起きない。
ふと『【簡単】夏にピッタリ! 冷やし坦々うどん【激ウマ】』タイトルの動画が目に入り――
「暑い中ありがとうございます!!」
30分後、俺は汗だくになって食事を届けてくれたUberのお兄さんにこれでもかというほど気持ちの良いお礼を言っていた。
あの動画を見つけてしまったが最後。俺は自分の食欲と面倒臭さに負け、食事をデリバリーした。
もちろん冷やし坦々麺。送料込みで1500円也。
財布の中はすっからかんだが、これほど幸せな気分になったのは久々だ。
あと4日のことは今は考えず、この冷やし坦々麺を美味しく食すことだけを考えることにする。
「いただきます!」
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