黒い奴
家に帰る。
ドアを開けて、真っ暗な部屋の中を見た途端に玄関にいるのに気がつく。
奴だ。奴がいるのだ。頭から生えた長い触手をうにょうにょと動かしながら、「おかえりなさい」と言っているようだ。
私はそっと近くにあった別の靴を手に取り、奴との距離を慎重に確認しながら靴を振り上げる。
「何がおかえりなさいだ!お前のことなんか待っていない!ひと思いに殺ってやる。」
意を決してその靴を振り下ろす。
ダメだ、外した。緊張と恐怖で体がこわばり、どうしても当たらないのだ。彼女はこちらの殺意に気が付いたようで一心不乱に逃げ惑う。2発、3発と手に持った靴を振り下ろすが、どうしても当たらないのだ。
そのうち、何かを悟ったように彼女はそそくさと玄関の外へ出ていった。
ふっと一息ついて、家の中に入り、明かりをつけて椅子に腰かける。
机に置いてあった朝飲み残した冷たいコーヒーを飲んで想った。
彼女はこの暗い部屋の中で一人私の帰りを待っていたのかもしれない。でも、そんなことを考えもせず、殺すことしか考えていなかった。なんてひどいことをしたんだ。自責の念がココロの中を覆いつくす。
私を待っていた彼女は今頃どこにいるんだろうか。ああ黒い奴。また来てくれたとしても、きっと優しくなんかできないんだろうな。
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