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『狂飙』 中国ドラマ 鑑賞記録

狂飙
ノックアウト
放送  中央电视台电视剧频道(CCTV8)
配信  爱奇艺
2023年1月14日
全 39話

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観終わってしまうのが惜しいと思えるようなドラマはそうあるものではないけど、これはその一つでした。
「狂飙」はハリケーンの意。このタイトルは毛沢東の詩に由来し、劇中荒れ狂う嵐を表してるそうです。
お間抜けなわたしは気象予報士のお話なのかな?と様子見していました(笑)が、本国でものすごい反響と聞き早速、字幕はAI日本語+音声は中文で内容把握のハイブリッド視聴で鑑賞開始。
刑事ものクライムサスペンスなので好みは分かれるかもしれませんが、わたしは心から観てよかった!と思える、本当によい作品でした。

お気に入りドラマなので感想が長くなりそうですが、お時間があればお付き合いください。
究極のネタは暴露しませんが、ストーリー上のネタバレはありです。気になる方はご注意の上お読みくださいね。


とても地味な絵面だけど観始めれば没入必至! 狂飙 公式微博




舞台は京海という地方都市

都市開発が進む2000年。そこで如何に表と裏、黒社会と官とが癒着し不正が横行してきたのか。その端緒から、20年間に及ぶ経過と結末までが描かれる。
主人公は、事の発端から関わっている地元の警察官 安欣と、裏組織のボス 高啓強
慣習化した悪にメスを入れるのは中央政法委員会から派遣された紀沢徐忠だ。

ドラマは当の政法委員会というお国の指導協力の元で制作され、CCTV8でも放送された作品でもあるので内容的には当然ながら勧善懲悪、国家のスローガンを反映したものになっている。よって落としどころは最初から明確なのだが、そこに至るまでの描き込みがとにかく見応えたっぷりだった。
脚本は2年かけて磨き上げられたといい、プロット、演出の素晴らしさは到底言葉で表現できないほど。
加えて俳優の演技がもう本当に、すごいの一言! 特に主演の張訳(安欣)と張颂文(高啓強)は圧巻であった。


餃子に始まり餃子に終わる物語

市場の一角で魚を売る高啓強。13歳で両親が他界した後はひとりで幼い弟妹を養ってきた。時々市場を仕切るヤクザな連中にみかじめ料的なものをせしめられているが、大晦日の夜それが元となったケンカで警察に拘置されてしまう。
大晦日なので弟妹が餃子(中国のお正月に食べる定番料理)を作って届けにくる。それを受け取った刑事の 安欣は、本来規則では食べさせられないところを上手く取り計らって 高啓強に食べさせてやるのだ。

殴られて傷だらけの顔にティッシュで鼻血を押さえて、安欣の情に感謝しつつ餃子を食べる高啓強の何とも言えない人間味あふれる風情に、初っ端から涙してしまったわたし。そして観終わった今、ある意味この状況が全てを物語っていることを知るのだった。

そう。このドラマはクライムサスペンススタイルの「人情劇」なのだと思う。逆の言い方をすれば、義理と人情の刑事ドラマ
その「情」の部分が巧妙に、ぶ厚く深く描かれる。
実際この街で20年を一緒に過ごしたかのような錯覚に陥いるほどのリアリティー。それを体現しているのが、この二人の演者だ。


拘置され安欣への感謝の涙で年越しをする高啓強  狂飙 公式微博



ボスへの道のり

さて、元々人間的に性悪というわけではなく、むしろ情に厚い好人物でさえある高啓強は、刑事と縁ができたことをきっかけにスルスルと運(というより悪運)を掴んでいってしまう。
この人、とにかく運がいい。止む無く人を殺めるために向かった先で相手は勝手に死んでいるし、絶体絶命の危機でさえも上手いことすり抜けてしまう。
だが本来ならそこで悪事がバレてブレーキがかかるべき時に、逆に加速してしまうが故に裏街道を突き進んでいってしまうのだ。

一方そんな高啓強の転落を何とか食い止めようと尽力する安欣。職務の範囲ギリギリまで何度も情けを掛ける。
実際あと少しで更生させられるチャンスはあったのに、それも偶然の出来事でスルーされてしまう。

2006年。義父と慕った先代 泰叔(倪大红)を追い落とし、トップにのし上がった高啓強の目を見張るようなボスっぷりが見事。もうあの喧嘩に負けて泣きながら餃子を頬張っていた面影はどこにもない。
若いころは食べるのに精いっぱいで恋もしたことがなかった彼だったが、「初恋の人」陳書婷とも結ばれて順風満帆だ。


強盛グループのボスとして黒社会を仕切るようになった高啓強  狂飙 公式微博


話は少しそれるが、本作は食べるシーンやお茶を飲むシーンがとても多かった。それら食事シーンが人間関係や間柄を象徴する役割で雄弁だったのが印象深い。
特に何度か登場する高啓強が好きな豚足麺。安欣と食べるシーンや、高兄弟が豚足麺の思い出に触れるシーンが心に沁みる。幼くして貧困に立ち向かわざるを得なかった高は、好きな豚足麺を弟には嫌いだからと言い訳し、妹に豚足、弟に麺を与え、自分はスープだけを飲んでいたというエピソードには涙してしまった。


黒ではあっても独特の人間味を醸し出す演技が素敵な泰叔役の 倪大红  狂飙 公式微博



正義の人

高啓強が悪と良心との間で揺れ動くのに対し、安欣の方は情けはかけつつも正義への忠誠は一貫して揺らがない
20年もの闘いの日々では、あまりの生真面目さ故、刑事から交通整理の警官にまで降格されたり、相思相愛だった彼女 孟钰(李一桐)との結婚を諦めたりもする(涙)
それでも粘り強くチャンスをうかがい、ついに中央から派遣された捜査チームにサブリーダーとして加わることになるのである。

何故、黒社会を一掃するのがそれほど難しいのか。それは長年にわたり官との癒着が慣習化しており、「保護傘」と呼ばれる悪を擁護している役人の正体が割れないからだ。
安欣らが何度告発しても、権力を盾に彼らが握りつぶしてしまうのだ。

安欣の行動は地味で、高啓強のようなハデさはない。俳優 張訳の演技スタイルも抑え目だ。
だが名声も愛も権力も何もかも犠牲にしてでも、ただひたすらに粘り強く悪に立ち向かっていく姿は潔くて滅茶苦茶カッコよかった!
最後、ついに目的を遂げてガッツポーズしてもよいはずの場面でも、何だか中央から来た上役にいいとこを持っていかれた感あり(笑)
とことん裏方に徹する役処だ。
だからその分、安欣という人には心から好感が持てるし、頼もしくて信頼感抜群。この先はどうか幸せになってほしいと願わずにはいられないのだった。


粘り強い安欣。地味だが意外にモテる  狂飙 公式微博



魅力的な脇役たち

主役のみならずこのドラマ、脇役から端役に至るまでキャスティングと演者の人物造形が絶妙だ。
まず高啓強の弟、高啓盛。この人はとても頭がよくて学歴がある。こういう人が悪に染まると、知恵が回るだけに大概始末が悪い。本作でもその賢さに足元を掬われてしまう。

高啓盛 真面目な大学生からいっぱしのナンバー2への変身ぶりが見事  狂飙 公式微博


高啓強の妻 陳書婷も大変に魅力的だ。本作は女性がほとんど登場しないが、この陳書婷(演じるのは高葉)は美しく、ヤーの妻らしくキップがよくて迫力があり(役柄上の元夫もヤーw)情にも厚くて素敵だった。
高啓強に3つの約束(正当なビジネスをする、人を殺さない、息子 高暁晨を巻き込まない)を硬く誓わせる。


 かわいらしくもカッコいい姐さん 陳書婷  狂飙 公式微博


高啓強には、グループの汚れ仕事を一手に引き受けてくれた老黙の遺児 黄瑶を家族として育てるような優しさや義理堅さもある。
憐れな身の上だった黄瑶だが、忍耐と勇気が素晴らしかった。

安欣の幼馴染 孟鈺(演じるのは李一桐)もキーパーソンの一人。序盤こそ若作りがややミスマッチで気になったが、後半人妻になってからはよく役と馴染んでいた。20年間を演じなければいけないので、これは役者のせいではなく演出やヘアメイクの問題だろうと思う。


安欣の幼馴染で彼女の孟钰(李一桐)なんと結婚相手は…!  狂飙 公式微博


彼女の父 孟德海は 安欣の元上司。刑事ものでお馴染みの张志坚が好演している。

孟德海 孟钰 親子と杨健  狂飙 公式微博


企業誘致や都市開発で私腹を肥やす腐敗役人の 赵立冬。その秘書 王を演じるのは郑家彬、『風起洛陽』の裴隊長。この王秘書は赵立冬の手先として数々の悪事を働くので意外に出番が多い。冷徹にスマートに悪を捌いていく、こんな役も合ってるなーと思った。

王秘書と赵立冬  狂飙 公式微博


同じく『風起洛陽』からは 陆寒を演じる 令卓も。安欣の弟子で、執拗に容疑者を追ったせいで窮地に陥る。追い詰められた演技が上手い役者さんだ。(推しの王一博主演ドラマ『風起洛陽』ネタ多めですみません 笑)

  陆寒  狂飙 公式微博


そして、特筆したいのはその他「強盛集団」(高啓"強"と弟 高啓"盛"の組)の手下たちと、下っ端のチンピラたち。見た目も雰囲気も本物か?!と見紛うようなハマり具合! 唐小龍唐小虎 兄弟、李有田李宏伟 親子、徐江 … などなど…黒い人達が本当にピッタリ。
実際その方面に身近な知合いはいないけれど、きっとこういう風体をされてるのだろうなというリアリティーで、元々そういうルックスなのか、はたまた演技&メイクなのか分からない!
いずれにせよ素晴らしかった!

黒の面々のリアリティーがすごくて!他の役の時はいったいどんななのかしら(笑)
こちらは孙岩演じる 唐小虎 口元の傷がリアルだった   狂飙 公式微博


それから、権力や欲におぼれて道を誤る警官、杨健李響。敢えて啓蒙的なメッセージを込めた描き方をされているとはいえ、やはり正義であるべき公務員の腐敗は残念であることには変わりない。
彼らのお陰で 安欣のブレない正義が際立つともいえるのだが。

その悪者たちも最後は、このジャンルの中国ドラマによくある罪状の列記でバッサリと斬られる。
贈収賄、殺人と傷害、人事への手心、組織的詐欺、組織的売春、犯罪の隠蔽、等々…。
逮捕され、それぞれ刑を課される罪人たち。
孟德海や楊健は降格処分や懲役刑だが、極刑の人達も。
役人たちは党員資格はく奪の上、公職追放、財産没収。あと少しで定年だからと情けにすがったトップ役人の何黎明も、敢え無く検察預けとなり起訴されるのだった。



密度と厚みと重量感

つくづくよく書かれているなと思う脚本。ここまで多岐に渡る複雑なエピソードを整合性のある一つのストーリーとして描き切っているのがすごい。
そしてそれらを表現する映像の素晴らしさ。
緊迫場面ばかりではなく、ほっとする息抜き描写があったのもよかった。

音楽も効果的で、ここはヤバいぞというシーンで使われるチェロの不協和音はゾクゾク感に拍車がかかる。
半面、後半に多いお国のメッセージ的な場面で使われるやや大仰な音楽は、ちょっとばかり過剰だったが(笑)

とにかく脚本、演出、配役、演技、全てが素晴らしい。まるで京海の20年を共に過ごし逐一見てきたかのようなリアリティーを感じる。ドキュメンタリータッチな人情のクライムサスペンス。

さて、このドラマの面白さを端的に表現するなら何だろうか、と考えてみる。

ぐいぐい引っ張っていってくれる筋の面白さは強力だが、やはり圧倒的な人間的魅力の主役二人なのだろうと思う。
役柄としても、演技としても。

高啓強は学はないけれど、結婚してからは義理の息子と一緒にピアノや英語を勉強する。道は誤ったがその努力する姿勢は立派で、感動させられた。
安欣は何度も書いたように、ブレない正義と人情が素晴らしい。

正義とは
悪とは何だろう
と考えてしまうドラマ。

誠実であるということと、正しいということは、決してイコールではない。
この二人の物語を観て、そう思った。



  ピアノの練習をする親子  狂飙 公式微博




悪のトップに君臨した高啓強が最後にすがったのは安欣だった  狂飙 公式微博 



この頃に戻れれば… 高三兄妹  張颂文 微博


【2023/03/13 追記】
この作品の共同監督の一人 陈伟雄は『インファナルアフェア』シリーズ三部作の現場監督だったとのこと。
なるほど!と大きく合点な、香港フィルムノワールの系譜。
めちゃくちゃ好みなのはそういう訳であったのだ。





本当に本当に、面白いドラマでした!
クライムサスペンスというジャンルに好き嫌いはあるでしょうが、警察ものに義理人情入り混じるタイプがお好きな方には、超絶おススメ!
iQiyiの記録を塗り替える予想外の大ヒットだったとのこと。
知合いの中国人に話したら「あれ観てるんだ! 国でみんな話題にしてるから知ってるよ」と驚ろかれましたw

本作のヒットで 張訳や 張颂文はじめ出演者たちには、これからいろいろなドラマでお会いする機会が増えそうな気がするので、それも楽しみです。

予想通り、筆が走ってしまいました(笑)
拙い長文をお読みいただきありがとうございました。



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