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間質性肺炎(7) 主役は炎症か線維化か


(注)この投稿はフィクションであり、特定の患者さんや症例と関係するものではありません。

■登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
患者S:67歳男性。健康診断を契機に間質性肺炎を指摘され、Dr.Yの外来に紹介される。


1. 前回までの内容

患者S:これまでのお話をまとめると、現在私自身は自覚症状はないものの、聴診では捻髪音という特徴的な呼吸音を聴取し、レントゲンやCTでも間質性肺炎があるのは間違いない。ただ間質性肺炎の原因が多岐にわたるので、今はそれについて色々調べている。こういうお話でしたね。

Dr.Y:その通りです。

患者S:間質性肺炎の原因検索がそんなに重要なのはなぜですか?

Dr.Y:はい。少なくとも3つの理由で原因検索が必要です。1つ目は炎症と線維化に関する薬剤の選択、2つ目はその他の薬剤や非薬物治療、3つ目は疾患進行の予測に必要だからです。

患者S:はあ。

2. 主役は炎症か線維化か

2-1. 炎症か線維化か

Dr.Y:1つ目は、炎症や線維化をターゲットとした薬の選択です。ステロイドと抗線維化薬という2種類の薬が治療の主役となるキープレーヤーですが、どちらを治療の主軸として用いるのかに関わります。

患者S:それぞれどのような効果が期待できるのですか?

Dr.Y:ステロイドは炎症に対する効果を、抗線維化薬は線維化に対する効果を期待して使います。

患者S:えーっと、炎症は自分の免疫細胞の暴走で可逆性の変化、線維化は肺が硬くなる変化で不可逆性、という話でしたっけ。

Dr.Y:はい。つまり炎症を鎮めて元に戻そうとするのがステロイド、一方で線維化が進行しないように抑えるのが抗線維化薬です。

患者S:なるほど。

Dr.Y:難しいのは、この炎症と線維化のバランスが、疾患によっても進行度によって変わってくるという点です。

患者S:バランスという事は、炎症か線維化かの二者択一ではなく、両者が様々な比率で共存しているということですか?

2-2. 炎症が主体の間質性肺炎

Dr.Y:はい。下の図を見てください。間質性肺炎の中には炎症が主体のもの、炎症と線維化が混在したもの、線維化が主体のもの、があります。

Dr.Y:まず1番目の間質性肺炎は、基本的に炎症が主体で、徐々に線維化に置き換わっていくというものです。例えば、膠原病の1つである皮膚筋炎やシェーグレン症候群ではこのパターンが多いです。

患者S:こういう病態だと、できるだけ早い段階で炎症を抑えておく必要があるわけですか。

Dr.Y:そうです。もっともステロイドだけで抑えられない事もあるので、その場合には他の免疫抑制薬も併用します。

2-2. 炎症と線維化が混在する間質性肺炎

Dr.Y:2番目の間質性肺炎は、炎症と線維化が入り混じっていますね。

患者S:確かに。今ある線維化のところはすでに不可逆性の変化になってしまっていて、炎症の部分が今後線維化になっていくという感じですか?

Dr.Y:その通りです、膠原病の中だと関節リウマチや強皮症といった疾患や、過敏性肺炎などがこれに相当します。

患者S:このような場合はステロイドと抗線維化薬のどちらを使うのですか?

Dr.Y:その選択が非常に難しい。この様に炎症と線維化が混在している中で、どちらがメインの病態なのかは同じ疾患の中でも個人差がある上に時期によっても異なります。間質性肺炎を専門とする医師の中でも一番意見が分かれる所です。

患者S:こういうのって、ステロイドと抗線維化薬、両方いれたらダメなんですか?

Dr.Y:確かにそのような選択肢をとる事もあります。炎症と線維化と両方の変化が活発に起きていると考える場合ですね。ただ、どちらも副作用のある薬なので、闇雲に全部入れようみたいな事は避けた方が良いです。

2-3. 線維化だらけの間質性肺炎

Dr.Y:最後に3番目を見てください。

患者S:これは、全部線維化ですね。おかしいです。線維化につながる炎症がどこにもないです。

Dr.Y:おかしいですよね。この間質性肺炎では炎症のフェーズが全くないのです。この病型をとるのがまさに、特発性肺線維症(IPF)なのです。「様々な刺激によって持続的な肺損傷が生じ、それに対して異常な修復機構が働く」という炎症とは別の経路で線維化すると考えられていますが (1) 、まだまだ分からない事も多いです。

患者S:いずれにしても、最初から不可逆性の変化しか起きないという事ですか?そんなの反則です。

Dr.Y:はい。これがIPFが治療困難で予後不良と呼ばれる理由なのです。ちなみに、昔はこのような事が良く分かっておらずステロイドがよく用いられていました。

患者S:炎症がなくて線維化しかないのに、炎症に対する治療をしていたという事ですか?

Dr.Y:はい。ところが2012年に行われた臨床試験でIPF患者さんにステロイドを含む免疫抑制薬を加えたところ、何も加えなかったプラセボ群よりも死亡率や悪化率が高くなってしまったんです (2)。それ以来、国際的なガイドラインでもIPFに対してはステロイドは使用してはいけないという事になっています (3)。

3. 病因論から見た治療選択

患者S:では、原因検索が不十分のままステロイドを使ってしまって、実はIPFだったとしたら、どうなりますか?

Dr.Y:そうすると治療によって寿命を縮めている事になりますね。

患者S:やはり原因を明らかにする事は大事なんですね・・・。

Dr.Y:下の図は、各原因疾患別に線維化が主体の間質性肺炎が占める割合を示したものです (3)。それぞれの箱の中で伸びている青いバーの長さが、線維化主体の病型を取りやすい頻度を表しています。最近学会などで良く出てくる有名な図なのですが、IPFが除かれている上に略語も多く分かりにくいですね。より分かりやすくしてIPFも組み込んだものがもう一つ下の図です。

文献3より引用
文献3を改変

Dr.Y:先程あげたIPFや膠原病の一部、過敏性肺炎などは色の付いた枠で囲っていますが、それ以外でもどの疾患が線維化をきたしやすいかどうかがよく分かると思います。

患者S:なるほど。逆に原因不明のままだと、炎症と線維化のどちらを治療ターゲットにするか判断しにくくなってしまいますね。

Dr.Y:その通りです。


4. 本記事のまとめ

・間質性肺炎は炎症と線維化の混在した病態をとる事が多いですが、どちらが主体かでステロイドと抗線維化薬の使い分けが異なります。
・間質性肺炎の原因は炎症と線維化のどちらが主体なのかの判断基準の1つになります。

注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。


参考文献:
1. Gross TJ, et al. N Engl J Med. 2001;345(7):517-525.
2. Idiopathic Pulmonary Fibrosis Clinical Research Network. N Engl J Med. 2012;366(21):1968-1977.
3. Raghu G, et al. Am J Respir Crit Care Med. 2018;198(5):e44-e68.


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