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間質性肺炎(17) MDDカンファレンス②〜譲らない呼吸器内科医と放射線科医

この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。

登場人物
Dr.Y:
総合病院に勤務する呼吸器内科医。
呼吸器内科部長M:呼吸器内科部長。Dr.Yの上司にあたる。
放射線科医X:Dr.Yと同じ総合病院に勤務。気難しい性格だが肺画像の読影にかける思いは強い。
病理診断医Q:Dr.Yと同じ総合病院に務める病理診断医


1. 司会進行〜MDD開始

呼吸器内科部長M:えー、それでは本日のMDDカンファレンスを始めます。各科の先生方、もうオンライン会議に入っていますか?

Dr.Y:臨床の担当は私、Dr.Yがすでにミーティングに入っております。

放射線科医X:今日の症例は、先日Y先生がわざわざ読影室まで相談に来た患者さんですな。画像診断はお任せあれ。

呼吸器内科部長M:はい。X先生、Y先生、よろしくお願いします。そして病理はQ先生が担当だったような。Q先生?Q先生はいらっしゃいますか?

病理診断医Q:あー、えー、ちゃんと参加してますよ。音声がミュートになっていたようで。今回の症例は、こないだ病理部に届いたクライオバイオプシーの検体の患者さんですね。

呼吸器内科部長M:Q先生もよろしくお願いします。Y先生、X先生、Q先生、その他にも多くの先生方が参加してくださっているようですので活発な議論をよろしくお願いします。司会は私、呼吸器内科部長のMが担当させていただきます。

呼吸器内科部長M:間質性肺炎というのは見た目は似ていても原因によって治療方針が異なってきますので、今日の議論でそれを見極める必要がありますね。臨床診断、画像診断、病理診断、の順に発表してディスカッションしてもらいましょう。それではY先生から始めてください。

2. Dr.Yの臨床診断

Dr.Y:はい。症例は58歳の男性の方です。健診のレントゲンで異常を指摘されたので先月受診されました。胸部CT検査で間質性肺炎を認め、先日気管支鏡検査で精査を行っています。

呼吸器内科部長M:Y先生、健診で見つかったという事は、症状があって自ら受診したというわけではないのですね。

Dr.Y:はい。今のところ無症状です。ただ、今後進行してくれば動いた時などに息切れを感じるようになる可能性はあると思っています。

呼吸器内科部長M:間質性肺炎には急激に進行するものから緩徐なものまで経過が様々ですが、Y先生はこの患者さんの間質性肺炎の進行速度についてどのように感じていますか?

Dr.Y:この患者さんの間質性肺炎が急激な進行を認めているとしたら何らかの症状があるはずだと思うのです。しかしながら実際は全く無症状であり血液検査ですら炎症反応の上昇がない。という事は、この間質性肺炎が以前から存在しており緩徐に進行してきたのではないかと思います。

呼吸器内科部長M:なるほど。ゆっくり進行すると良くも悪くも体がその異常に慣れてきますからね。いきなり高温のお風呂には入れないけれどぬるま湯から始めれば大丈夫、というのに似てますね。何か異論のある先生はいらっしゃいますか?

放射線科医X:わしは同意しかねるな。進行速度と症状悪化が一致せん事だってあるぞ。コロナ肺炎がその良い例じゃ。

呼吸器内科部長M:色んな考え方がありますからね。主治医の勘のようなものもあるでしょう。Y先生は間質性肺炎の原因として何か疑っている疾患はありますか?

Dr.Y:この方は日頃よりダウンジャケットや羽毛布団などを使っており、血液検査では鳥のタンパクに対する免疫反応「鳥特異的IgG」が陽性になっています。この事から、羽毛製品に含まれる鳥のタンパクによるアレルギー性の肺炎、「過敏性肺炎」を疑います。

呼吸器内科部長M:鳥関連過敏性肺炎、いわゆる「鳥飼病」。鳥の飼育だけでなく羽毛布団やダウンジャケットなども原因になる過敏性肺炎ですね。線維化をきたす過敏性肺炎の中で最も頻度が高いと言われています(1)。羽毛製品を使う冬場に病状が悪化しやすいという報告もあるようですが (2,3)、これまでの経過でそのような症状などありましたか?

Dr.Y:いえ。ずっと無症状で経過しており、そのような訴えはありませんでした。

呼吸器内科部長M:なるほど。他には何か手がかりはありませんか?過敏性肺炎以外の可能性でも良いですよ。膠原病のように免疫細胞が暴走しているような血液データや関節炎の所見は?じん肺の原因となるような粉じん曝露などはありませんでしたか?

Dr.Y:入念に問診と身体診察を行ったのですが。特にそれらの所見は認めませんでした。

呼吸器内科部長M:そうですか・・・。ではCT画像の評価も聞いてみましょう。X先生、いかがですか?

3. 放射線科医Xの画像診断

放射線科医X:Y先生は先日からどうしても過敏性肺炎が頭から離れないみたいじゃ。だがこの患者さんの胸部CTには過敏性肺炎を疑うような所見はない。

呼吸器内科部長M:X先生、もう少し詳しく教えてもらえますか?

放射線科医X:過敏性肺炎というのは鳥のタンパクやカビなどのアレルゲンを定期的に吸い込む事で起きる間質性肺炎じゃ。という事は、病変は気道の周りから出てくるんじゃ。CT画像ではこういった変化が、気道周囲の粒状の影やモザイク状の影として現れる (4,5)。

放射線科医X:だがしかし、この患者さんのCT画像にそのような所見は見られん。それどころか、気道からは一番離れた肺の端っこの胸膜から病変が出てきておる。これは過敏性肺炎ではなく特発性肺線維症(IPF)じゃよ。

呼吸器内科部長M:それは、IPFに典型的な画像パターン「UIP(ユーアイピー)パターン」と呼ばれるものですか?

放射線科医X:うむ。これで線維化が高度に進行し「蜂の巣」のような所見を呈していれば更に文句なしだが現時点でそこまでは至っていない。ただ、それにきわめて近い画像パターンと言えるだろう。

Dr.Y:でも先生、過敏性肺炎も進行するとIPFと似た画像になってきて区別が難しくなる事もあると言われていますが (6)。

放射線科医X:診断というものは確率の高いものから順番に考えていくのが定石だろう。もちろん過敏性肺炎も進行すればIPFに似た画像になる事はあるが、この画像がどちらの疾患により典型的かと聞かれたら10人中8〜9人はIPFと答える。つまりIPFの可能性を第一に考えて議論を進めていくべきだ。

Dr.Y:しかし、IPFというのは除外診断でしょう。他の疾患の可能性が除外されている事が前提ですから、IPFと決めつける前に「本当に過敏性肺炎を除外できるのか」というのを徹底的に考える必要があるのでは。

放射線科医X:だからといって羽毛製品の所有と血液データだけでは根拠に乏しすぎる。そんな僅かな証拠を持ってきて「除外できません」などと騒いでいては議論が前に進まん。

Dr.Y:私が言っているのは「過敏性肺炎の可能性を残しておく必要がある」という事であって、先ほどのX先生の「これは過敏性肺炎ではなくIPFである」と断言するような物言いは違うのではないかという事です。

放射線科医X:お前こそ、M先生から質問があった通り、冬に症状が悪くなるような経過がないのはどう説明するんじゃ。羽毛製品が悪さをしているのなら当然冬に症状が出るはずじゃろう。

Dr.Y:そうとも限らないと思います。過敏性肺炎は、アレルゲン曝露の度に発熱や咳を繰り返す「症状再燃軽減型」と、無症状で静かに進行する「潜在発症型」に分類されるという考えもあります (7)。これは恐らくアレルゲンの曝露量によると考えられますが・・・この患者さんが後者に当てはまるとすれば十分ありうる経過ではないかと思います。

呼吸器内科部長M:はい、その辺で一旦ストップしましょう。議論が白熱してきたところで、病理検査の結果も参考にしてみましょうか。くれぐれも喧嘩しないようにお願いしますよ。Q先生、よろしくおねがいします。


(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。診断や治療については記載された情報を基に自己判断せず、必ず主治医に相談してください。

引用文献
1. Okamoto T, et al. Nationwide epidemiological survey of chronic hypersensitivity pneumonitis in Japan. Respir Investig. 2013 Sep;51(3):191-9.
2. Okamoto T, et al. Seasonal variation of serum KL-6 and SP-D levels in bird-related hypersensitivity pneumonitis. Sarcoidosis Vasc Diffuse Lung Dis. 2015 Jan 5;31(4):364-7.
3. Ohnishi H, et al. Seasonal variation of serum KL-6 concentrations is greater in patients with hypersensitivity pneumonitis. BMC Pulm Med. 2014 Aug 7;14:129.
4. Raghu G,  et al. Diagnosis of Hypersensitivity Pneumonitis in Adults. An Official ATS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2020;202(3):e36-e69.
5. Fernández Pérez ER, et al. Diagnosis and Evaluation of Hypersensitivity Pneumonitis: CHEST Guideline and Expert Panel Report. Chest. 2021 Aug;160(2):e97-e156.
6. 日本呼吸器学会 過敏性肺炎診療指針2022 克誠堂出版
7. Yoshizawa Y, et al. Chronic hypersensitivity pneumonitis in Japan: a nationwide epidemiological survey. J Allergy Clin Immunol 1999; 103: 315–20.

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