間質性肺炎(23) なぜ運動時だけ酸素が足りなくなるのか
(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。
■登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
患者S:58歳男性。健康診断を契機に間質性肺炎を指摘され、Dr.Yの外来で特発性肺線維症(IPF)・高確信度と診断される。
1. 実生活に近い評価法とは
Dr.Y:先ほど、間質性肺炎では進行とともに肺活量が低下していくという話をしました。また、レントゲンやCT画像で見られる肺の硬化所見も重要な指標です。
患者S:はい。これらが病気の進行の客観的な指標としても有用であると教えてもらいました。
Dr.Y:ただ、これらの指標が、病気による実生活への影響に関するイメージに直結するかというと、そんな事はないですね。
患者S:といいますと?
Dr.Y:例えばSさんは、肺活量の数値を聞いたりCT画像を見せられただけで、このくらいなら何メートルくらいは走れそうだとか、階段を休まず登れそうだとか、直感的にイメージできますか?
患者S:いえ。それだけでは実際の体験としてはイメージしにくいですね。
Dr.Y:そういった意味で、より患者さんの実生活に近い形で評価したものがmMRC息切れスケールや6分間歩行試験と呼ばれるものです。ただ実生活に近い分、基礎体力とか筋力、精神状態など純粋な肺の状態以外の要素も関与してきます。
2. 間質性肺炎では運動時に酸素濃度が低下する
患者S:これらはどのような評価方法なのですか?
Dr.Y:これらは間質性肺炎による息切れや酸素化の低下を表す指標です。ただ、その前に間質性肺炎ならではの低酸素の特徴をお話しなくてはいけません。
患者S:低酸素にも色々種類があるんですか?
Dr.Y:例えば心不全などでは横になると血中酸素濃度が低下し座ると改善する「起座呼吸」が有名ですし、睡眠時無呼吸症のように夜寝ている時だけ呼吸が止まって酸欠になる夜間低酸素などがあります。
患者S:なるほど体勢とか動作に絡めた様々な低酸素があるんですね。そして間質性肺炎ではどのような低酸素が特徴なのですか?
Dr.Y:間質性肺炎では「労作時低酸素血症」が起こります。
患者S:それはどういうものですか?
Dr.Y:労作時低酸素血症では、安静時には酸素は保たれるのですが、体を動かしたり運動したりすると著しく酸素が足りなくなります。
患者S:なぜそのようなことが起きるのですか?
Dr.Y:最も一般的な説明はこうです。肺で空気を取り込む肺胞の壁(間質)の向こう側には毛細血管があり、吸い込んだ空気中の酸素はこの壁を通過して毛細血管の赤血球に受け渡されます。しかし間質性肺炎ではこの部分に炎症や線維化が起きるため、酸素の通過に時間がかかるのです。
Dr.Y:それでも安静時であれば、よほど炎症や線維化が酷くない限り大きな影響はありません。しかし運動時が問題です。
患者S:酸素の通過に時間がかかると、運動時にどう影響してくるのですか?
Dr.Y:運動時には血流が速くなるため、酸素が壁を通過する速度より赤血球が毛細血管を通過する速度の方が速くなります。すると酸素を受け取れない赤血球が血中に増えてくるのです。その結果、運動時に酸素不足が起こるわけです。
患者S:なるほど。酸素が壁をゆっくり通過している間に赤血球がどんどん通り過ぎてしまうのですね。
Dr.Y:その通りです。このような酸素の壁通過能力を「拡散能」と呼びます。拡散能は肺活量と同様に肺機能検査で測定できます。そして、拡散能が低下すると労作時低酸素血症が起こるわけです。
患者S:つまり、空気を肺に取り込む能力が肺活量、取り込んだ空気中の酸素を毛細血管まで浸透させる能力が拡散能で、拡散能が低下すると運動時に酸素不足となる労作時低酸素血症につながるわけですね。
Dr.Y:はい。この労作時低酸素血症を患者さんの訴えとして評価するのが「mMRC息切れスケール」です。Modified Medical Research Council Dyspnea Scaleという呼吸困難の指標で、症状の軽い方から順にGrade 0〜Grade 4まで分かれます。
3. mMRC息切れスケールについて
患者S:具体的にはどのような分類ですか?
Dr.Y:以下のようになります:
Grade 0:激しい運動をした時だけ息切れがある。
Grade 1:平坦な道を早足で歩く、または緩やかな上り坂を歩くときに息切れがある。
Grade 2:息切れがあるため、同年代の人よりも平坦な道を歩くのが遅い、または自分のペースで歩いていて息切れで立ち止まることがある。
Grade 3:平坦な道を約100m、あるいは数分歩くと息切れで立ち止まる。
Grade 4:息切れがひどく家から出られない、または衣服の着替えでも息切れがある。
患者S:分かりやすいですね。どの程度の運動で息切れを感じるのかが詳しく定義されていますね。
Dr.Y:mMRCは最もよく使われている症状尺度ですが、他にも息切れの程度を0〜10まで点数化する修正Borgスケールや、mMRCと似た指標のHugh-Jones(ヒュー・ジョーンズ)分類なども使われる事があります。ただ、mMRCが国際的には最も一般的です。
患者S:確かに、mMRCを使えば、自分の症状をうまくお医者さんに伝える事もできそうですし、それだけでなく去年はこのくらいのGradeで、今はこのくらい、といった比較もできそうですね。
Dr.Y:もう一つが6分間歩行試験です。これは労作時低酸素血症の指標となるだけでなく、筋力を含めた全体的な身体機能も評価することができます。
(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。診断や治療については記載された情報を基に自己判断せず、必ず主治医に相談してください。
参考文献:
日本呼吸器学会 特発性間質性肺炎 診断と治療の手引き2022(改訂 第4版)
ウエスト 呼吸生理学入門:疾患肺編 第2版(桑平一郎・訳)