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間質性肺炎(11) 放射線科医の登場


1. 放射線科医の登場

Dr.Y:ガラガラ、失礼します。

放射線科医X:Y先生。どうかしたかね。

Dr.Y:ちょっと見てもらいたいCT画像があるんです。

放射線科医X:どうせ、また間質性肺炎の画像だろう。お前がここに来る時はろくな事がない。

Dr.Y:申し訳ありません。その「また」です。

放射線科医X:いつもCTを撮ったら読影レポートを出しているだろう。その内容ではご不満かね。それに月に一度、症例検討会もやっているだろう。

Dr.Y:残念ながら、来週再診の患者さんなんですよ。来月まで待っていたら方針を決めるのが遅くなってしまいます。

放射線科医X:そうやって、いつでも「患者さんのため」と言って、わしら放射線科医の時間を奪いおって。

Dr.Y:誠に本当に申し訳ございません。ちょっと迷う様な症例なんです。

放射線科医X:まぁ、肺画像はワシの専門だからな。見てやらんこともない。

Dr.Y:ありがとうございます。この画像です。


2. IPFに特徴的な画像「UIPパターン」

放射線科医X:うむ。やはり間質性肺炎じゃな。だが、ただ「間質性肺炎」というだけでは何も解決せん。この間質性肺炎の本質が何であるかを見極めなければならん。

Dr.Y:その通りです。58歳の男性で、健診発見の無症候性の間質性肺炎なんです。喫煙歴は…

放射線科医X:待て待て。余計な先入観が入ると良くない。年齢と性別だけで結構。

Dr.Y:どうもすみません。

放射線科医X:まず、肺が壊れて肺気腫になっている部分がある。それに気管支の壁も厚いし、結構なタバコ吸いじゃ。

Dr.Y:おっしゃる通りです。15年ほど前まで1日10本くらい吸っていたようです。

放射線科医X:それに大動脈壁や冠動脈にも石灰化が認められるわい。血管病変のリスクが高いようじゃな。

Dr.Y:はい。高血圧、高脂血症や高尿酸血症があって、定期内服を行っているようです。

放射線科医X:肺に関しては下葉に偏った網目状の影、肺も縮んできておりこの間質性肺炎は少し進行しているようじゃ。

Dr.Y:なるほど。

放射線科医X:しかし、そのくらいの事はお前でもよくわかるじゃろう。これ以上何を聞きたいんじゃ?

Dr.Y:この間質性肺炎の原因をつきとめたいのです。

放射線科医X:そうやってお前らは似たような画像ばかり持ってきては『これは膠原病(こうげんびょう)っぽいですか』とか『じん肺っぽいですか』とか無理難題を投げかけてくる。わしは占い師ではないわ。

Dr.Y:どうもすみません。そこを何とか先生の経験と知識をお借りできないでしょうか。

放射線科医X:まあ良いがね。残念ながら、間質性肺炎の原因はここには見当たらんよ。これは原因不明の難病、特発性肺線維症(IPF)でよく見られる画像パターン「UIPパターン」じゃ。

Dr.Y:UIPパターン・・・ですか?

放射線科医X:その通りじゃ。肺の底の方が線維化で網目状に変化し、それが肺の外側から内側に向かって広がってきておる。さらに線維化により気管支が壁の外側に引っ張られた結果、気管支の内腔が拡がっておる。牽引性気管支拡張というやつじゃ。これをUIPパターンと言わず何と言うんじゃ。

3. 病歴、血液検査、CT画像のどれが真実か

Dr.Y:それでも、IPF以外の疾患の可能性を示す所見も紛れてたりしないですか?

放射線科医X:例えば気道周囲のツブツブした過敏性肺炎の影や、気管支と血管周りの膠原病の影などがUIPパターンと一緒に混在する場合、「IPFのように見せかけた他の疾患」の可能性を疑う。だがしかし、残念ながらこの画像にはUIPパターンのみで、他の疾患を思わせるような所見はないよ。

Dr.Y:そんな馬鹿な。実は、この患者さんは臨床的には過敏性肺炎ではないかと考えているんです。

放射線科医X:なぜそのように考えるんじゃ。

Dr.Y:この方は普段から羽毛布団を使っていますし、それにまだ本人には伝えていませんが、血液検査で鳥の蛋白に対する反応も出ているんです。さらにこの患者さんの年齢は、IPFの好発年齢より少し若く、過敏性肺炎の好発年齢に近いように感じます。

放射線科医X:それはあくまで状況証拠にすぎんじゃろう。例えば、その患者さんが実際に羽毛布団を使う冬の時期に症状は悪化するのか。そのような時期に間質性肺炎のバイオマーカーであるKL-6などの上昇は見られているのか。

Dr.Y:健診発見ですし先週受診されたばかりなので、そこまではまだ。

放射線科医X:検査結果はあくまで検査結果。その病気の一面を表しているにすぎん。それで病気全体を説明してしまうのは主治医の傲慢というもんじゃ。

Dr.Y:では先生は、この胸部CT画像は純粋なUIPパターンで他の疾患を示唆する所見はなし、と。つまりIPFを最も疑うという事ですか?

放射線科医X:そうじゃな。ただ確定的とは言えん。線維化が蜂巣肺を形成するほどには至っていないし、若干うすく濁ったすりガラス影も見られるからな。学会分類に照らし合わせると、UIPパターンのワンランク下、probable UIP(プロバブル・ユーアイピー)パターン相当じゃ。

Dr.Y:「UIPパターンに近い所見」という事ですね。そういえば、このすりガラス影の部分は炎症を反映しているんでしょうか。IPFには炎症のフェーズがないはずなので、矛盾するように感じるのですが。

放射線科医X:すりガラス影・イコール・炎症とはかぎらん。炎症ではない微小な線維化が、時としてすりガラス影のように映る事もある。それに喫煙の影響もあるかもしれん。

Dr.Y:そうですか・・・。

放射線科医X:そう残念そうな顔をするな。わしらが見ているCT画像の結果もまた、その患者さんの一面にすぎん。お前が探していた過敏性肺炎の証拠も、本当は存在していたが時間の経過とともに全て線維化に置き換わってしまった、という事もある。

Dr.Y:もう少し昔の画像があればよいのですが・・・。

放射線科医X:あるいは、病理検査をしてミクロな視点で見てみれば、お前が疑っている過敏性肺炎の要素も見つかるかもしれんぞ。

Dr.Y:病理検査・・・肺の組織を採ってきて顕微鏡で見るのですね。

放射線科医X:そうじゃ。病理検体がそろった後は、臨床医と病理医とわしら放射線科医が一同に介して診断を突き詰める会議「多職種合議(MDD)カンファレンス」が待ってるわい。

Dr.Y:分かりました。患者さんに勧めてみます。

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