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間質性肺炎(16) MDDカンファレンス①〜専門家が集結する診断会議
この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。
登場人物
Dr.Y: 総合病院に勤務する呼吸器内科医。
研修医Z:Dr.Yと同じ総合病院に勤務する研修医。現在、呼吸器内科をローテートしている。
患者S:58歳男性。健康診断を契機に間質性肺炎を指摘され、Dr.Yの外来に紹介される。
1. 専門家が集結するMDDカンファレンス
研修医Z: お疲れ様です。って先生、まだ仕事ですか?
Dr.Y: そうだよ。これからオンラインの会議でね。
研修医Z: 何の会議ですか?
Dr.Y: MDDカンファレンスだよ。
研修医Z: えむでぃ、、何ですか?それ。
Dr.Y: MDDというのはmultidisciplinary discussionの略語で、日本語で「多職種合議」。様々な専門分野の医師やスタッフが集まって症例検討する会議の事だよ。
研修医Z: へえ、何だか大掛かりな会議ですね。何の症例を検討するんですか?
Dr.Y: こないだ話してた間質性肺炎の患者さんだよ。覚えてる?
研修医Z: あー、健診で見つかって精査して、Y先生が放射線科のX先生と熱く議論していたという噂のSさんの事ですね。
Dr.Y: そう。先日の気管支鏡で採取した病理検体の結果が出ているので、その他の検査結果やCT画像の所見とあわせて総合的に診断を決めるんだよ。
研修医Z: 臨床のClinicalと画像のRadiologicalと病理のPathologicalの頭文字をとったCRP診断と呼ばれるものですね。
Dr.Y: その通り。だから臨床医、画像診断医、病理診断医の全員が参加してそれぞれの視点から議論しなくてはいけないんだ。
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研修医Z: じゃああの怖い放射線科のX先生も参加するんですか?
Dr.Y: おそらく参加するだろうね。あとは病理のQ先生も。
研修医Z: また会議が紛糾しそうですね。
Dr.Y: 患者さんの大事な診断に関わってくるからね。それで治療法とか予後予測とかも変わってきてしまうので、馴れ合いは不要だよ。
2. なぜこうした「手間」が必要なのか
研修医Z: それにしても、間質性肺炎の診断はMDDカンファレンスで行うのが主流になってきてるんですか?
Dr.Y: そうだね。国際的にもそのような流れがスタンダードになってきているね (1,2)。
研修医Z: 全ての間質性肺炎の患者さんでこういう事をするんですか?
Dr.Y: 全ての患者さんで、というわけではないよ。施設によって異なってくるけれど、診断が難しかったり病理検査まで進んだ患者さん、それから病理検査をするかどうか迷うような患者さんに対して行われる事が多いかな。
研修医Z: でも、どうして間質性肺炎ではこういうプロセスが必要なんですか?他の病気・・・例えば狭心症や喘息など普通の疾患は一人の医師だけで確定診断まで持っていく事が多いじゃないですか。
Dr.Y: 間質性肺炎の診断は医師によってもばらつきがあるからね。診断精度を高める必要があるんだよ。
Dr.Y:例えば、2015年に日本やイギリスを含めた7カ国で間質性肺炎の診断に関する国際共同研究が行われたんだけど、そこでは間質性肺炎の専門家を集めてきたにも関わらず医師ごとに診断の不一致率が高かったんだ。そこでMDDを行ったらその不一致率が改善されたという報告があったり(3)。
Dr.Y: 他にも、間質性肺炎の原因の一つである特発性肺線維症 (IPF)と診断された症例のうち30〜50%がMDDによって他の診断に変わったという報告 (4,5)もある。
研修医Z: どうして一人ひとりの医師だとばらつきが出てくるんですか?勉強不足のお医者さんがいるという事ですか?
Dr.Y: 理由はいくつかあるけれど、間質性肺炎はアレルギー、免疫の異常、喫煙、感染症、職業病、など特定の領域を超えた様々な原因を検討しなくてはいけない一方、一人の医師だけだと自分の得意分野や専門に偏った思考回路に陥りやすい、というのが一つかな。
Dr.Y: それから、診断に至るための画像診断や病理診断が専門的すぎるので、それぞれ個別に専門家による評価が必要という事も要因として考えられるよ。
研修医Z: みんなで話し合わなくても、「これらの項目のうち何項目満たしたら診断です」というような客観的な診断基準はないのですか?
Dr.Y: 例えばIPFや過敏性肺炎では国際的な診断基準があるんだけれど (6-8)、まだ曖昧な部分が多くそれだけでは決めきれなかったり、複数の疾患の診断基準を同時に満たしてしまったり、というような例が少なくないんだ。
研修医Z: 間質性肺炎の診断って難しいんですね。
2. 「暫定診断+確信度」という制度
Dr.Y: 本当に難しい。難しいついでにもう一つ付け加えると、MDDではどんな形で診断がつくか知ってる?
研修医Z: 「過敏性肺炎です」とか「膠原病による間質性肺炎です」と結論が出るんじゃないんですか?
Dr.Y: それがベストなんだけどね。実際はそんな風に確定できない場面も多くて、「診断名+診断確信度」というものがつくんだよ (2)。
研修医Z: 診断確信度・・・ですか?
Dr.Y: 「過敏性肺炎です」ではなく「過敏性肺炎、低確信度」とか、「IPFです」ではなく「IPF、高確信度」というように、その診断がどの位確からしいのか、という確信度も一緒にくっついてくるよ。もちろん、「膠原病に伴う間質性肺炎、確定」というように確定診断がつく場合もあるけどね。
研修医Z: なんだか診断が外れた時のために保険をかけたような制度ですね。もっと男らしくズバッと言い切って欲しいです。
Dr.Y: これが間質性肺炎の診断の難しいところでね。IPFです、過敏性肺炎です、と断言できるだけの根拠が全て揃ってくれれば良いのだけれど、その一部しか見えてこないために診断名を確定しきれないという事がよくあるんだよ。
研修医Z: でも、患者さんはきっと混乱しますよ。例えば「過敏性肺炎、低確信度」と言われても、その表現の中には、「絶対ではないからね。もしかしたらIPFの可能性もあるけれどその時は勘弁してね。」というようなニュアンスもあるじゃないですか。ここまで検査したのに「結局私は何なんですか?」って煮えきらない気持ちになると思います。
Dr.Y: そう。だから患者さんにはよく説明しないといけないんだけどね。でも証拠が揃っていないうちに一つの診断に断定してしまったら、本当は別の疾患であった場合に必要な治療が受けられなくなる可能性がある。かといって証拠が全部揃うまで診断名がつかないと、治療が始められないでしょう。
Dr.Y: 間質性肺炎の診断技術がまだ発展途上という事でもあり、それが現段階での苦肉の策なんだよ。
研修医Z: 全ては、診断困難な場合でもスムーズに治療を開始するための策という事ですか?
Dr.Y: うん。このような目的で行われる診断を暫定(ざんてい)診断、またはワーキング・ダイアグノーシスと言うよ。暫定診断を定めておいて、それに沿って治療を前に進めるんだ。ただその診断を盲目的に信用せず定期的に振り返り、他の疾患の可能性が出てきたら方針転換していきましょう、という事だよ (2,9)。
研修医Z: では、今回のMDDカンファレンスで、その暫定診断と確信度が決定するという事ですね。
Dr.Y: その通り。Z先生も参加してみる?
研修医Z: 参加してみます。どんな感じで会議が進むのか。
Dr.Y: では、オンライン会議のIDとパスワードを送るから、一緒に参加しましょう。
研修医Z: この会議は一般には公開されないのですか?
Dr.Y: 個人情報が入ってくるからね。コロナ禍の前まではみんなで症例検討室などに集まって行われていたけれど、最近はオンラインで行われる事が増えてきたよ。もちろん、プライバシーの保護をきちんと担保した上でね。
(注)この投稿は架空のシナリオに基づいて作成されています。内容は医療現場の一例をイメージしたものであり、実在する人物や事例に関連するものではありません。診断や治療については記載された情報を基に自己判断せず、必ず主治医に相談してください。
引用文献
1. Travis WD, et al. An official American Thoracic Society/European Respiratory Society statement: Update of the international multidisciplinary classification of the idiopathic interstitial pneumonias. Am J Respir Crit Care Med. 2013;188(6):733-748.
2. Ryerson CJ, et al. A Standardized Diagnostic Ontology for Fibrotic Interstitial Lung Disease. An International Working Group Perspective. Am J Respir Crit Care Med. 2017 Nov 15;196(10):1249-1254.
3. Walsh SLF, et al. Multicentre evaluation of multidisciplinary team meeting agreement on diagnosis in diffuse parenchymal lung disease: a case-cohort study. Lancet Respir Med. 2016;4(7):557-565.
4. Jo HE, et al. Clinical impact of the interstitial lung disease multidisciplinary service. Respirology. 2016;21(8):1438-1444.
5. Fujisawa T, et al. Nationwide cloud-based integrated database of idiopathic interstitial pneumonias for multidisciplinary discussion. Eur Respir J. 2019;53(5):1802243.
6. Raghu G, et al. Idiopathic Pulmonary Fibrosis (an Update) and Progressive Pulmonary Fibrosis in Adults: An Official ATS/ERS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med 2022;205(9):e18–47.
7. Raghu G, et al. Diagnosis of Hypersensitivity Pneumonitis in Adults. An Official ATS/JRS/ALAT Clinical Practice Guideline. Am J Respir Crit Care Med. 2020;202(3):e36-e69.
8. Fernández Pérez ER, Travis WD, Lynch DA, et al. Diagnosis and Evaluation of Hypersensitivity Pneumonitis: CHEST Guideline and Expert Panel Report. Chest. 2021;160(2):e97-e156.
9. Lynch DA, et al. Diagnostic criteria for idiopathic pulmonary fibrosis: a Fleischner Society White Paper. Lancet Respir Med. 2018;6(2):138-153.