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「じゃない方」の苦悩

「じゃない方」って、結構大変だなと思う。
法学部卒はどこの大学・ゼミか、ロースクールはどこか、誰の指導を受けたか、司法試験受験組はどれだけ勉強・受験したか、有資格か無資格か、弁護士なら何期か・どこの事務所か、法務部員ならどの企業か・部の規模はどれぐらいか、日々どれぐらい勉強して、どれぐらい・どんな難易度の本を読んでいるか…
企業法務の世界では、こんなしずかなマウントの取り合いが発生することがある(*)。みんながみんな、自分のレベルを見極めるー自分のそれが相手に劣っていないと思いたいーために、相手にそれとなく質問をする。
そして離れたところで、「でもあの人XXXだから」などと、ちいさな嫌味をいってしまったりする。人なので、他人と自分とを比べてしまうのはしょうがないのだけれど。


わたしは先のどれにも引っかからない。「じゃない方」だ。
大学の法学部もロースクールも出ておらず、資格も持っていない。最初の進路を決めるとき、法曹も企業の法務部員も選択肢にはなかった。法務部門を軸に転職を繰り返すが、限界を感じて、事業部門にドロップもした(そしてたいして何もできずに法務に戻ってきた)こともある。どの企業に勤めるかは規模や知名度ではなく、興味のある事業をやっていて、一緒に働きたい人がいて、生活できるだけのお給料をいただければ、どこでも構わない。
「じゃない方」を辿っているので、わたしにマウントを取ろうとしても、とっかかりが見つからないのだろう。その結果、法務とは関係ないところで悪口を言われるのは、先日のnoteの通りである。


でも、「じゃない方」って、それはそれで大変だ。「じゃない方じゃない方」がどれだけの努力と経験(とそれを得るための時間とお金と周囲の協力)を積んできたかを知らないし、今から同じことをやってこいと言われても無理だし、法学の学び方はわからないし、そこまで法律も好きになれない。
好きになれないから「じゃない方」に留まっているんだし(わたしの場合ね)、好きになる努力をするには、好きでやってる「じゃない方じゃない方」よりも、なんというかすごく、パワーを使う。

じゃあどうやって生きていくのか。いい感じの先例はない。ロールモデルを見つけるにもひと苦労。そうすると独自路線。いよいよ茨の道である。
今のわたしは「先例ないの?そんなクリエイティブなことないよね」と2割ぐらい思えているからいいけれど、それでも2割だ。8割は「法学部行って勉強しておくべきだった、若い頃にビジ法とか受けておけばよかった、大きな会社に長く在籍してちゃんとした教育を受ければ/教育機会を与えてもらえばよかった、同期や同年代の友人知人と交流続けておけばよかった、飲酒の時間を勉強時間に充てればよかった」などとうじうじする。うじうじ。うじうじしすぎだ。過去は変えられないのに。
うじうじしながら飲酒する。あれ、そこまでうじうじしてない…


隣の芝生はいつだって青い。上の8割部分をめちゃくちゃ頑張ったらきっと、冒頭のマウントの取り合いに図らずも参戦することになるだろう。
ええ、あれ、それはそれで嫌だなあ。人の妬み嫉み僻みとは無縁で、たのしく生きていきたい。

そういう意味で一周回って、「じゃない方」でよかったと思うことにする。
どこかにいる「じゃない方」の皆さん、一緒に頑張りましょう。何をどれぐらい頑張ってどこで輝くかは、他ならぬ自分の意思で決めていきましょうね。


本日の1曲は、先日ご紹介したアルバムから。初めて聴いたとき、あれ、Greensleevesだよね?と思ったのですが、Greensleevesの旋律で歌われるキャロルが、What Child Is Thisになるそうで。


*これらの質問すべてがマウントの取り合いに発展するわけではなく、相手のことをよく知るために質問する場合の方が多いことを付言します。

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