2024.09.03森鴎外「大塩平八郎 他三篇」

おはようございます。今日は森鴎外の「大塩平八郎 他三遍」を読み終えたので簡単な書評を纏めました。

タイトル:大塩平八郎 他三篇

著者:森 鴎外

出版:岩波文庫

内容:親の仇を討つ若い女性を活写した「護持院原の敵討」、動乱の渦中にいる人物たちの葛藤を織り込んだ「大塩平八郎」、武士の切腹を主題とする「堺事件」、儒学者の妻の生涯を辿る「安井夫人」。歴史史料によりつつ同時代の思潮に反応して、簡潔明晰な文体で描かれた鴎外の歴史小説4篇。

私見:短編が4つあり、どれも武士とは何かということを考えさせられるテーマを持っている。「護持院原の敵討」では、やられたらやり返すという実力行使が殆ど禁止されていた江戸時代に唯一許されていた敵討というものが、藩から幕府に届け出て幕府の帳簿に登載されて初めて公認されることや敵討を果たした後も綿密な取調べが行われることなどが叙述されていて当時の仕組みがよく分かる。

「大塩平八郎」は大塩平八郎の乱で有名だが、彼は連年の飢饉が続く中、庶民の困窮を見るに見かねて立ち上がった。彼は元奉行所勤めの役人だったが、陽明学を修め、奉行所の役人を辞した後、儒学者として著書執筆、子弟の指導に勤しんだ。ちなみに陽明学は同じ儒学でも幕府の推奨する朱子学とは異なる思想で、「知行合一」といった知識だけでなく行動の伴う思想に重きをおき、吉田松陰、高杉晋作、西郷隆盛などの幕末の志士にも大きな影響を与えている。

公のために立ち上がった平八郎たちは、たった1日で鎮圧され、多くの仲間は死んでしまい、暴動の裁決によって20人が磔、11人が獄門(斬首され首をさらされる)、3人が死罪、4人が遠島、3人が追放を受ける。

なんとも虚しい結末に思えてしまう。森鴎外の附録には「平八郎の思想は未だ醒覚せざる社会主義である。」と書かれている。飢饉によって米は暴騰し、庶民が苦しむ中、官吏や富豪は贅沢三昧。この実態を見過ごせず、かと言って自治団体として問題解決のために動ける見込みがないと考え、盲目的な暴動に頼らざるを得なかった平八郎。だが、やはり暴動に訴える前に最大限知恵を使って、暴力以外で状況を打破する方法を考え抜くべきだったのではないかとも思える。鴎外はさらに「平八郎は哲学者である。しかしその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生まれず、恐ろしい社会主義も出なかったのである。」と続けている。

「堺事件」は個人的にこの本の中で最も衝撃を受けた。1868年、明治元年、新政府と幕府の内戦の混乱で一時的に無政府状態となった堺の民政を土佐藩が取り仕切ることになった。

ところが、官許を得ずにフランス水兵が上陸しているとの報を受け、土佐藩兵が駆けつけるが衝突が起きフランス水兵が発砲したことに応じて、隊長が発砲命令を下し、フランス水兵11人を殺傷してしまう。フランス公使ロッシュは日本政府に厳重に抗議し、関係者全員の斬罪や政府と土佐藩の謝罪などを要求。

政府は開国和親の方針を断固守る姿勢を示すためフランスの要求を受け入れて堺、妙国寺で士分の礼による20人の切腹を執行する。

ところが、11人目の切腹が終わったところで立会いのフランス艦長が中止を求め、残り9名の助命を願う。なぜか?武士の切腹の壮絶さ、迫力に恐れたからだ。この切腹の場面の叙述が素晴らしい。

「総裁官以下の諸官に一礼した箕浦は、世話役の出す白木の四方を引き寄せて、短刀を右手にとった。忽ち雷のような声が響き渡った。「フランス人どもよく聞け。己は汝等のために死なぬ。皇国のために死ぬる。日本男子の切腹をよく見ておけ」箕浦は短刀を逆手にとって左の脇腹へ深く突き立て、3寸切り下げ、右へ引き回してまた3寸引き上げた。刃が深く入ったので創口は広く入った。箕浦は短刀を捨てて右手を創に差し込んで、大網(大腸)を掴んで引き出しつつ、フランス人を睨みつけた」

また立ち会ったフランス公使の様子はこうである。
「初めから箕浦の挙動を見ていたフランス公使は次第に驚駭と畏怖に襲われた。そして座席に安ぜなくなっていたのに、この意外に大きい声を、意外な時に聞いた公使はとうとう立ち上がって手足の置きどころに迷った。」

このように切腹して死んでいった武士達は、暴挙なのだろうか?狂っているのか?現代的な合理的価値観で測るのであればその通りだろう。もし我々現代日本人がこの切腹の場に立ち会ったら、恐らく、このフランス公使と同じ反応をするだろう。

今は野蛮だとにべもなく切り捨てられるこの行動に果たして高潔な精神性は認められないだろうか?自らを犠牲にして、死をも厭わず、最後の気迫を見せて美しく散っていく武士の精神性を私はもう少し理解したいと思った。

森鴎外の他の歴史小説、「阿部一族」乃木希典の殉死について描いた「興津弥五右衛門の遺書」も読んでいきたい。

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