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人の心を動かすのは、深く根ざした望みである。【J-StarX U25起業家コース】
鼻の奥をウィードの匂いが鋭く痺れさせると、粛々と体が震え出した。道に溢れる異臭が、あの寒々しい12月の「シリコンバレー」での記憶を蘇らせたのだ。そう、あの無機質でありながらもどこか甘美な空間で、未来を模索し続けたあの日々が。
日本の近代化を支えた岩倉使節団。彼らの若き魂、8歳の津田梅子や30代の伊藤博文、福沢諭吉らが、政府の指導のもと、未知なる世界へと旅立った。米国の鉄道、マンチェスターの工業都市、その全てが日本の産業革命を刺激し、義務教育や大学設立へと繋がる道筋を開いた。彼らの得たインサイトと帰国後の行動が、日本の近代国家の基盤を築くためにどれほど重要であったかは、教科書の中で語られるのだ。
だが、私は思う。過去の栄光にすがるべきではない。否、違うのだ。再び、我々若者がその過去を現実に変え、新たな栄光を築き上げるべきなのだ。今よりも、世界がもっと胸を躍らせる未来を、後世に届けたいのだ。
今回、政府主導で行われた『J-StarX U25起業家コース』に参加し、UC Berkeley Haas Business Schoolで切磋琢磨した仲間の中で、そんな思いを抱いたのは、私一人ではあるまい。
昨年12月、『J-StarX 地域起業家コース上級』でDraper Universityに派遣されたのが、私の最初の米国体験だった。そして今回は、二度目のチャンスを頂いたのだ。年々、参加者や認知度が増えつつあるJ-StarXだが、その実態は未だネット上にはささやかな影を落とすに過ぎない。今回は、私の体験談と、そこから得たインサイトをここに綴る。
山口由人 (株式会社Emunitas代表取締役・20歳)
外国籍人材が異国でのキャリアにソフトランディングできる社会を創ることをミッションに、外国籍人材にキャリアが学べるコミュニティとレピュテーションが蓄積される1-3ヶ月のお仕事を提供する「Secure Talent」を運営。幼少期はドイツで11年過ごし、15歳で一般社団法人Sustainable Gameを起業。18歳で事業継承。立命館アジア太平洋大学に進学し、株式会社Emunitasを別府で登記。
クレイジーな仲間らとの出会い
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人生には、時折、平凡を超えた者たちとの出会いが訪れる。それは、常識の枠を軽々と飛び越え、理性の鎖を断ち切るような、クレイジーな仲間たちだ。彼らとの出会いは、まるで嵐に巻き込まれるようなものだが、その中でこそ自分の限界を知り、真の自由を見出すことができる。
我々は、社会のルールに従って生きるよう教え込まれてきた。しかし、彼らはそんな枠に囚われることを知らない。夜を徹して語り、朝日を見ながら新たなアイデアを生み出す。彼らとの時間は、一瞬たりとも無駄ではなく、むしろ生きる実感を取り戻させてくれる。
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今回、資金調達済みでグローバルな視点を持ち、プロトタイプを手にしたU25の精鋭たちがシリコンバレーに集結した。選ばれし20名、その厳しい制約条件を乗り越えて、彼らはBarkleyの寮で共同生活を送ることとなった。スタートアップのステージも、取り組む事業ジャンルも、全てが異なる。だが、だからこそ、朝昼夜を問わず、年齢も関係なく、互いが持つ経験と知恵を共有し合おうとする空気が自然と醸成されているのを感じる。けれども、その一方で、何気ないカジュアルな会話が交わされることもあり、その心地よさがまたたまらない。これこそが最強のコミュニティなのだと、心から思う。
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世界で創り出すという宿命
UC Berkeleyでの数日目の講義は、まるで霧が晴れるように、ビジネスの本質を浮かび上がらせた。推奨された読み物は、日本の経済未来を巡る争いや、グローバルなスタートアップの動向についてだったが、これらの言葉が私の心に深く響いたのは、それらが単なる理論ではなく、私たちが直面する現実の鏡であったからだ。
投資額が減少する現状、そしてそれに対する懸念は、ビジネスエコシステムの再考を余儀なくさせた。大学からの人材採用や、東南アジアのプロフェッショナル、競合他社からの情報収集――それらすべてがビジネスを支える要素だ。資本調達の源はブートストラップからベンチャーキャピタル、さらには保険業界からのCVCに至るまで、複雑なネットワークが広がっている。だが、その根底には、攻撃と防御の二面性がある。企業ベンチャーが求めるものは、リスクヘッジとリターンだけではなく、時間と労力を節約し、将来的な競合を見極めるための一種の防御策なのだ。
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世界を舞台にする「Born Global」や「Early Global」の思想は、単なる市場の拡大ではなく、ビジネスそのものを新たな次元へと引き上げる挑戦だ。Appleが日本市場でわずか9%のシェアを占めるという事実は、私たちにとって冷酷な現実を突きつける。日本市場での勝利が全体の勝利にはならないという、皮肉にも思えるこの現実が、私たちに新たな視点をもたらした。
そしてAIの活用に際して、最も重要なのは企業のコアバリューであることが繰り返し語られた。倫理的誠実さ、社会的責任、包摂性と多様性、透明性、そして持続可能性――これらの価値観が、AIの導入を単なる技術革新ではなく、人間としての責任を伴う行為へと変えるのだ。
講義が終わった後、私は深い思索の中で、これらの学びが単なる知識ではなく、ビジネスを通じて社会にどう向き合うかという問いかけであることを実感した。平凡に見える日常の中に潜む真実、それこそがビジネスの本質なのだと、改めて胸に刻んだ。
人の心を動かすのは、人間に深く根ざした望みである
UC Berkeley Haasの教授らが事前セッションや初回授業で繰り返した言葉は、耳慣れたもので正直に言えば当たり前のことに感じた。だが、その平凡さの中にこそ、全てのビジネスの本質が宿っていることは、紛れもない真実であった。講義のテーマは「顧客発見」。教授のRhondaは、顧客が真に求めているものを見極めるための具体的な手法を教えてくれた。
最初に、顧客が技術に関心を持たないことを認識することが重要だという話があった。彼らが関心を持つのは、自分の問題をどれだけ効果的に解決できるかだけなのだ。「技術を誇示するのではなく、解決策を提供せよ」、これが講義の核心だった。
また、価値提案において、顧客にとっての感情的価値がどれほど重要かが強調された。金銭的な価値、時間の節約、命の保護、そして幸福の提供、これらが顧客にとって真の価値となる。しかし、これらを単なる理論で終わらせてはいけない。顧客が感じる感情に触れる価値提案が、最も強力な武器となるのだ。さらに、ビジネスモデルキャンバスは、顧客との最初の接触で往々にして崩れるという現実も教えられた。仮説が正しいと信じるのは危険で、厳しい質問を投げかけることで初めてその誤りが見えてくる。
最後に、顧客に対して自分のサービスを説明することなく、彼らの話に耳を傾ける重要性が語られた。顧客が本当に何を求めているのか、それを知るためには、彼らの声に真剣に耳を傾け、その意図を汲み取ることが不可欠だ。我々はこの講義の後、各々でユーザーのもとを尋ね、ユーザーインタビューを行い始めた。
人の心を動かすのは、人間に深く根ざした願いである
デザイン思考とは何か。表面的な技術や流行に惑わされることなく、人間中心の視点から問題を解決するプロセスだと教授のClarkやJeffらは語る。しかし、その本質は単純ではない。人々が抱える問題を解明するために、観察し、問いかけ、時には自らの仮説を疑うことが求められる。世の中には、間違った問題を巧みに解決する賢い人々が多いが、それでは何の意味もないのだ。
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たとえば、使われなくなった着物をどうするか、という問題を考える時、焦点を当てるべきは「何をするか」ではなく「なぜそれをするか」という問いである。頭の中で生まれるアイデアに囚われてしまうことほど危険なことはない。デザイン思考のプロセスは、まず観察から始まる。顧客と対話し、彼らが直面する問題を理解することからスタートする。リーンスタートアップが創業者のビジョンから出発し、製品アイデアを市場でテストするのに対し、デザイン思考はユーザーを「問題を抱える人間」として捉え、その視点から発想を広げる。これは単なる技術の適用ではなく、人々が何を必要としているのか、そしてそれをどのように提供できるのかを見極めるための道筋だ。
「誰が顧客であり、誰が顧客でないのか」を見極めることが、デザイン思考の根幹にある。そして、正しい問題を解決しているのかどうかを判断するために、内的なリソースや外的な情報源を活用する。インタビューを通じて学ぶのは、他者の視点から見た世界であり、その中に潜む未解決のニーズや矛盾、葛藤である。
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デザイン思考の過程では、まずアイデアを発散させる。評価を後回しにし、数多くのアイデアを生み出すことが重要だ。その中で、1つか2つの優れたアイデアが見つかる。その後、収束させる過程では、選択肢を慎重に選び、改善し、新しい視点を取り入れる。すべては、共感、楽観主義、曖昧さを受け入れる姿勢、そして失敗から学ぶという心構えがあってこそ成り立つ。
創造的な自信を持つこと、つまり自分のアイデアを恐れずに表現することが、デザイン思考の最も重要な要素だ。私たちが世界を変えるために必要なのは、未知の問題に直面し、失敗を恐れずに挑戦する姿勢である。授業の最後、Clarkの授業スライドには地球がポツリと描かれていた。「デザイン思考は、私たちが抱える課題、この地球を救うための一歩となるんだよ。」
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忘却の彼方に追いやった願いと、再び向き合う
アメリカに来てから感じていた違和感が、Clarkのワークショップ「Dilemma and Desire」でようやく言語化できた気がする。僕が今のビジネスを始めたのは、共に起業したベトナム人の共同創業者Luanの悩みを解決したいと思ったからだと、ずっと信じていた。だが、実はそれだけではなかったのかもしれない。
思い返せば、幼少期を過ごしたドイツで、シリア難民と右翼勢力の衝突を目の当たりにし、テロリズムの恐怖に晒された経験。そして、日本の入管収容所で自殺未遂の状態にあった外国籍収容者との出会い、在留資格のない同世代との関わり。それに加えて、大学で知り合ったLuanや、日本でのキャリアの壁に直面する多くの外国籍留学生たち。彼らと出会うたびに、僕の中に強烈な正義感が湧き上がり、「僕が何とかしなければならない。彼らに幸せになってもらいたい」と、他者のために奔走する自分がいた。しかし、その過程で、私は自分自身のDesireをどこかに置き去りにしてしまったのかもしれない。
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Jeffから「君はなぜ『Think big』じゃないのか」と問いかけられた時、僕は少し戸惑った。彼の言葉には、私の事業が抱える本質的な問題に対する指摘が含まれていた。彼は過去にも日本人の生徒を教えたことがあり、彼女が起業したものの、競合に敗れてしまった経験を語ってくれた。その理由は、人間中心のデザインが欠けていたこと、そしてmoat(堀)を築けなかったことにあったのだ。
moatとは、競合他社に対する圧倒的な優位性を保つための防壁のことだ。競争が激化すれば、プラットフォームの構築が必要になるが、サービスが成長してもmoatがないと、いずれ成長は頭打ちとなり、経済的な安定性も失われる。
Clarkのワークショップを通じて、私は再び自分のDesireに向き合う機会を得た。思い返せば、私は幼い時からいつか海外で働きたいという強い思いを抱いていた。そして、日本にいながらも海外企業で時給制のワンタイムジョブに従事する体験ができるような仕組みがあればと切望していた。また、他国からの評価やVISAがより簡単に得られるシステムがあれば、もっと多くの人々が安心して働けるのではないかと考えるようになった。
深夜まで続けたユーザーインタビューの中で、少しずつ見えてきたものがある。多くの外国籍人材は、家族や親しいコミュニティから離れていること、給料、そしてスキルや知識を高め、それを認めてもらうことに強いDesireを感じているということだ。私は以下のような人間中心のインサイトを設定した。「もし国際的な人材が自分のコミュニティで安心感を得られ、そのスキルが認められ、さらに発展することができれば、彼らは日本で働きたいと思うだろう。」
最後の授業で、JeffやClarkから「君の『自分のコミュニティで安心感を得る』というDesireの考え方は本質的な気づきだね」と絶賛された時、僕は働くことが「帰属意識やbelonging」を高めることにつながるという自分の考えを再確認することができた。これが、ユーザー向けのアプリケーションやコミュニティのUX改善に大きく影響を与える貴重なインサイトとなったのだ。
そして、何よりClarkからの「君は他の人よりも多角的に学び取る力がとても高いね」という言葉が、何より嬉しかった。忘却の彼方に追いやっていた自分自身の願いと、再び向き合うことで、私は新たな道を見つけた気がする。
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さて20歳、どう歩もう
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6月30日に20歳になった。また改めて詳細は直近で報告させて頂くが、アメリカ渡航中に無事に契約締結まで行い、シード資金の調達が無事に完了した。今回ラウンドの資金調達から、いよいよ本格的に資本主義の論理に足を踏み入れることになると自覚している。売上、利益、ユーザー数、そのすべてを拡大し続ける宿命を背負う覚悟は既に出来ている。
大学との関わりは一部授業の講師として続ける予定だが、今年の9月からは1年間の休学を決意した。サービスのプロトタイプは完成しており、今はリリースに向けて最終調整を行っている。ありがたいことに、「優秀な外国籍留学生をインターンとして活用したい」という日本企業のクライアントも徐々に増えてきている。営業活動は一層強化していくつもりだ。
まずは新卒外国籍人材を主なターゲットにしながら、外国籍人材版のBizReachを目指してサービスを提供している。外国籍人材が働く場所の先輩や既従業員からの会社レビューを閲覧できる機能や、短期間の仕事を体験できるスポットワークの機会も提供している。日本企業側にとっては、スポットワークや弊社独自のレーティングシステムを通じて評価された外国籍人材の一覧を閲覧し、スカウトを送ることができる点が強みとなっている。
私は「リーダーであること」や「他者を愛せる状態であること」にエゴを感じているが、その裏には、カオスに陥った時にリーダーとしてイニシアチブを発揮し、自身の心理的安全を確保しようとする欲求があることを理解している。しかし、今回の資金調達では、そのイニシアチブを取るべき状況下で、うまくアクションが起こせなかったことが何度かあったと感じている。正直、周囲には隠していたが、大きなストレスを抱え、1日だけ熱を出すこともあった。そのような中で、「答えがない」状況に変わりはないが、多くの起業家や経営者の先輩たちの支えが本当に励みになったことに、改めて感謝したい。ありがとうございました。
まだまだEmunitasで成し遂げたい夢がたくさんある。日本だけでなく、もっと世界中の日本と関わるタレントを橋渡しするサービスにしていきたい。自国や異国で自分の可能性を見出せずにいる人たちが、そのポテンシャルを活かし、働くことで社会的な帰属意識を持ち、希望を見出せるプラットフォームにしたい。地方の若者たちが一歩踏み出したくなるような、かっこいいスタートアップを目指したい。そして、優秀で最高の仲間たちを大切にし続けられる経営力と組織力を持つ会社にしたい。
まだまだ未熟だが、これからも大切な人たちと共に溢れるDesireを実現していきたいと思う。今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします。
PS:
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