できるできるぞ
走って走ってずいぶんと懸命に走って、はっと気づいた時にはもうすでに猫になっていた。推進力を生むために遮二無二前後に振りまくっていた指先には尖った爪が、毛でおおわれた手の甲をひっくり返してみれば、そこには肉球がぺたんとかわいらしく、いや、かわいらしいわけがない。かわいらしいなんて思ってる場合じゃない。毛むくじゃらの獣になってしまった自分を一体全体どうして愛でていられるものか。
ああ、あの夏みかんの木がある古い家の角をまがった時か、それとも草ぼうぼうの廃屋の前で躓いて転びそうになったときか、それともそれともそれとも・・・
なにもかもぜんぶが怪しいような気がしてくる。なにもかもぜんぶが違うような気がしてくる。くそう!もしかしたらほんとうは最初から猫だったんじゃないのか?ほんとうは最初から猫だったのに、自分で自分をにゃんげんだと思い込んでただけなんじゃないだろうか。あ、にゃんげんと言ってしまった。しまった。思考回路まで猫になってきている。
にゃんてことだ。あ、また言ってしまった。にゃんてことにゃ。あ、くそう!
でも、大丈夫だ。まだかすかな希望はある。ふつうに二足歩行ができる。
できるできるぞ。