ヌーブラのゆくえ

好きだった子と会ってきた。予備校時代からの友達で、大学も同じだ。私から展示を見ようと誘ったのだ。単純に、友達がいないから。ダメもと。そう思っていたのに彼女はあっさりオーケーした。人前でご飯を食べるのをあきらかに避けていた彼女が夕食も一緒に食べようと言い出したのは不思議だった。私たちの関係性も多分変わったのだろうと思う。彼女は複雑な色のカラーコンタクトを付けた目をくりくりさせながら話す。お金が欲しくて。安定が欲しいの。

昼キャバ、という言葉を初めて知った。いわゆるナイトワークであるキャバクラは、夜ではなくて昼にも仕事があるらしい。時給8000円。彼女は友達の紹介で、その昼キャバで働いている。それと、新宿のカフェ。どうしてそんなにお金が欲しいの?なにか欲しいものでもあるの?と聞くと、え〜。と彼女は言う。『お金がたくさんあるって思いたい。それで安心したい』

毛先だけピンクがかったアッシュカラーに染めている彼女の肩までの髪の毛が舞い上がる。傷んだ髪の質感が、うぶ毛をきらきら反射する肌とは対照的だった。父親より年上の知らないおじさんの横に座っている彼女を想像する。

お腹がすいたからご飯を食べよう、と駅前のショッピングモールに入った。レストラン街をふらついていると右側を歩く彼女が「お腹空いてる時、耐えるんだよね、耐えたら、もっと痩せるかなって思っちゃって」と笑いながら言う。1日をドーナツ一つで乗り切る日もあるという。青白く伸びる手足は筋肉がなく、華奢だ。

結局、彼女の提案で時間無制限のビュッフェスタイルのレストランへ入った。痩せるための努力をいとわない彼女が、ビュッフェスタイルのレストランをえらんだのは意外だった。サラダからパスタ、スープ、ピザ、チョコレート、ケーキ。お皿に山盛り載せて最初は黙々と食べる。だんだん話が出てきて、「もう限界かも」と笑いながらまたおかわりを取ってくるの繰り返し。どっぷりチョコレートに浸かったマシュマロを食べる彼女は妖精みたいだ。

ヌーブラを買ったんだあ。自分ひとりでおかしがっているような、語尾が伸びる彼女の話し方はいわゆる今どきの女の子という雰囲気で、私は同い年とは思えない干からびた声でああ、とかうん、とか言っていた。聞けばヌーブラとはブラジャーの紐を見せたくない服を着る時に使うものらしい。『バイト』の時に使うのだろうか。私の乏しいキャバクラのイメージ。きらびやかな安物のドレスに身を包んだ若い女性達が背広のおじさんの横でお酒を注いだりニコニコ笑う。その中に、少し寂しそうな彼女がぽつんと座っている。

沈黙が苦痛ではなくなった。ぽっかり空いた沈黙を、埋めなくてはと焦ったりそれを居心地が悪いと感じる距離感ではなくなったようだ。それを彼女は思い出したように切り出して破る。「うちのお父さん、いや、パパが……」家族と仲が良いのは羨ましい。それも彼女の好きなところだった。

レストランを出ると、カバンからリップクリームを取り出し、鏡も見ずにさっと塗った。話すたびに甘いいちごの香りがした。帰ってから彼女はどう過ごすのだろう。食べたことを後悔し、かき消すように水を飲んだりするのだろうか。次の日は何も食べずに乗り切る予定をたてたまま寝たり、ビュッフェレストランで使った2000円を取り戻すために「昼キャバ」へと赴くだろうか。

何かに追い立てられるように、まるでなにかから逃げるように、無理をしてでもお金を欲しがり、自分の考える美しさ、綺麗なものに自分を近づけていこうとしていく彼女。カラコンの奥の目が寂しそうに黒い穴を覗かせる。

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