戦争反対を唱える前にできること
「僕たちが楽しむことが一番の反撃だ」by junnos
大きすぎる権力の前に、私たちにできる平和活動は、「戦争したい側」の勢力に決して加担しないこと。
彼らは巨大な欲望を原動力に、嘘と真実を巧妙に織り交ぜた「正義」を盾に対立を煽り、私たちを影から操ってきた。
テレビやインターネット、全てのマスメディアは、人々の思想をいとも容易くコントロールする為に悪用されてきた。
先日、田舎で知り合った若者2名が正義を胸に自衛隊への参加を決意していました。
国を守るためだと、若者は言います。
その大義を、立派なことだと人は言うでしょう。
私も、若者たちの、その覚悟に対して、そのように感じます。
しかし、この世の仕組みを紐解いてみれば...
哀しいかな、敵(悪)だ味方(正義)だなどといって、自分の正義(権利とお金)の名の下に、相手の正義(自由)をチカラで抑えつけて支配していく。
そんなとき、正義を主張する方は相手の主張には耳を傾けない。
そんな侵略劇からこの国を守るために、どうして輝かしい若い命が犠牲にならなければいけないのでしょう。
どうして産まれた瞬間に、若者たちが支配者たちの業(カルマ)を引き受けなければいけないのでしょう。
うんざりする程長すぎる戦争の歴史は、いつだって英雄と悪役を生んできました。
悪役とされる方は、いつだって戦争の敗者です。彼らの主張を、現代に生きる我々が簡単に知ることはできないように仕組まれています。
今、日本のニュースは西側諸国のメディアがコントロールしていて、世界各国の争いや紛争をドラマチックに演出しています。
さきほどの若者たちは核やミサイルが飛んできたら怖いからといって、徹底抗戦だ!!というスタンスを取っています。
彼らの行いは、本当に平和の道へと繋がっているのでしょうか?
平和とは何か。
互いが互いを想いやり、隣人を家族のように大切に助けていくこと。
そこにはカーストも無ければ、権威主義も拝金主義も必要ありません。
自衛のためにミサイルをアメリカから買い付ける必要など、どこにあるというのでしょうか。
その巨額のマネーが、新たな戦争のタネになっていることに気がつかないのは、何故でしょうか。
日本は戦争を放棄した国のハズです。
戦争の放棄...それは簡単なことではないでしょう。
しかし、例えば合氣道の世界では、相手の暴力を愛によって調和し、丸く収めることが出来ます。
暴力を振るう相手のチカラを受け流し、愛に変換することが出来るのです。
日本は世界の雛形です。
日本民族には、大きな使命がもたらされています。
それは、どの国からも支配と権力と暴力とが取り除かれ、代わりに愛のエネルギーが循環していくように、我が身を以って世界に見本を示していくことです。
負けちゃいけません。
私たちが日本民族の使命を果たすとき、この世界から奪い合いが無くなり、文明が滅び去ることも防げるでしょう。
それは、この星の命を護ることに繋がります。
経済に頼らなければ人は生きていくことが出来ない...そんなものは、強烈な思い込みです。
私たちが立っているこの大地には、数えきれない程の生命が死んでは産まれ、生命の循環を繰り返しています。
私たちが口にする食べ物は、例外なく彼らの尊い営みによって生み出されています。
私たちは日本民族です。
かつて、私たちは、足りないものは狩猟と農耕によって賄い、何千年もの間、生命の循環の輪の中に存在していました。
今、人類は生命の循環の輪の中から外れた存在に成ろうとしているように思えます。
巨大な欲望が、循環の輪を壊し、この世界に悲しみや貧困を作り出しているように思えます。
真実の歴史を知りましょう。
インターネットにも、テレビにも無い、真実の歴史を。
自分の足で、大地と繋がり、自然界の記憶の中を覗いてみたとき、多くの人々はきっと、目が覚めたような感覚になれる筈です。
そうして目を覚ましたなら、今の地球を取り巻く悲しみの周波数のチャンネルを、そっと変えましょう。ラジオのチャンネルを変えるように。
私たちが権力に飼い慣らされることを辞め、自らの足で大地に降り立つとき、初めて平和への轍を敷いていくことが出来るでしょう。
そっと、日本民族の魂(スピリット)を研ぎ澄ませ。