実験ミニゲームブック『注文の多い料理店』
原作:宮沢賢治 ゲーム構成・アレンジ:塩田信之
(青空文庫収録の1990年版新潮文庫版を元にアレンジしたもので、基本的には原作通りの展開をゲームブック的に展開させたものです)
二人の若いイギリス兵が、山道を白い二匹の犬を連れて歩いていました。二人とも大層お腹を空かせているところで、立派な西洋風の一軒家を見つけます。
西洋料理店
山猫軒
看板の下には、
「どなたもどうかお入りください。決してご遠慮は必要ありません」
扉を開け中に入ると、付け足しの文章が書かれていたことに気付きます。金色の文字で、やや見えづらくはありましたが。
「ことに太ったお方や、若いお方は、大歓迎いたします」
二人は、両方の条件を兼ね備えていることを喜びました。
「当軒は注文の多い料理店ですからどうかそこはご承知ください」
開けた扉を閉じると、また付け足し文。
「注文はずいぶん多いでしょうが、どうか一々こらえて下さい」
さすがに気になったのか、表情を変えると、相棒が「きっと注文があまり多くて支度が手間取るのだろう」と解釈を聞かせた。
また扉が一つありました。そしてそのわきに鏡がかかって、その下には長い柄えのついたブラシが置いてあったのです。
扉には赤い字で、
「お客さまがた、ここで髪をきちんとして、それから履物の泥を落してください」
選択肢
■書かれてある通りにする
■無視して先へ進む
■書かれてある通りにする を選んだ場合
せっかくの料理を食べられなくなってしまうのは口惜しい。二人は同じ気持ちで互いを見、頷きました。
■無視して先へ進む を選んだ場合
いやいや、待ちたまえと相棒が言います。身だしなみを整えるのは当然ではないか。そんなことで腹を立てて料理が食べられなくなってもいいのかい。
納得することにしました。
■合流します
そんなこんなで、次の扉の前に着きました。扉の内側に、例のごとく注文が記してあります。
「鉄砲と弾丸をここへ置いてください」
釈然としないまま指示に従う二人。次は黒い扉……
「どうか帽子と外套と靴をおとり下さい」
二人は帽子とオーバーコートを釘くぎにかけ、靴を脱いでぺたぺた歩いて扉の中に入りました。扉の裏側に、さらに指示が続いています。
「ネクタイピン、カフスボタン、眼鏡、財布、その他金物類、ことに尖ったものは、みんなここに置いてください」
そして、次の扉の前にはガラスでできた壺が置かれ、以下の指示が書かれていました。
「壺の中のクリームを顔や手足にすっかり塗ってください」
選択肢
■そんなことできるか! と壺を割る
■相棒に意見を聞く
■そんなことできるか! と壺を割る を選んだ場合
がしゃりと大きな音を立て、壺の破片が飛び散った。
「何してるんだ! そんなことをしたら店の主人にこっぴどく叱られるだろう。お店の人、これは間違いです。ほら、君も謝って」
「しかしこれは何でもおかしすぎる」
「わかっているさ。だが、我々は大人として行動すべきだよ」
「……それはすまない」
「さあ、君も僕に続きなさい」
こういわれては、後に続くしかなかった。
■相棒に意見を聞く を選んだ場合
「クリームを塗れというのはどういうことだ」
「これはね、外が非常に寒いだろう。部屋の中があんまり暖いと肌が割れてしまうから、その予防なんだ。どうも奥には、よほど偉い人が来ているんだろう。こんなとこで、案外僕らは、貴族と近づきになるかも知れないよ」
■合流します
「クリームをよく塗りましたか、耳にもよく塗りましたか」
扉の裏には小さな棚もあって、クリームが詰まっていた。次の扉には……
「料理はもうすぐできます。
十五分とお待たせはいたしません。
すぐ食べられます。
早くあなたの頭に瓶の中の香水をよく振りかけてください」
扉の前には金ピカの香水の瓶が置いてありました。二人はその香水を、頭へぱちゃぱちゃ振りかけます。
ところがその香水は、どうも酢のよく似た匂いがするのでした。
「いろいろ注文が多くてうるさかったでしょう。お気の毒でした。
もうこれだけです。どうか身体中に、壺の中の塩をたくさんよくもみ込んでください」
選択肢
■店の者を探して抗議する
■もう少しだけ我慢してみる
■店の者を探して抗議する を選んだ場合
「店の人間はどこにいるんだ。どうして出てこないのか」
さすがに相棒も止めはしなかった。少し怯えているのか、同調まではしない。
がらがら
ごろんごろん
隣の部屋から聞こえてくるのか、大きな物が落ちる音と転がる音が聞こえます。すさまじく大きな音です。どれほどの大きさだったのでしょうか。
「ねえ君、ひとまず我慢すべきではないか」
相棒がそう囁いた。
■もう少しだけ我慢してみる を選んだ場合
なるほど立派な青い瀬戸物の塩壺は置いてありましたが、今度という今度は二人ともぎょっとして、お互いにクリームをたくさん塗った顔を見合せました。
■合流します
「沢山の注文というのは、向うがこっちへ注文してるんだよ」
「だからさ、西洋料理店というのは、僕の考えるところでは、西洋料理を、来た人に食べさせるのではなくて、来た人を西洋料理にして、食べてやる店とこういうことなんだ。これは、その、つ、つ、つ、つまり、ぼ、ぼ、ぼくらが……」
がたがたがたがた、震え出してもうものが言えませんでした。
「その、に、逃げ……うわあ」
後ろの扉を押そうとしましたが、もう少しも動きませんでした。
奥の方にはまだ一枚扉があって、大きな鍵穴が二つ、銀色のフォークとナイフの形に切りだしてあります。
扉には指示ではなく、お礼が書かれてありました。
「いや、わざわざご苦労です。
大へん結構にできました。
さあさあおなかにお入りください」
おまけに鍵穴からは、きょろきょろ二つの青い眼玉がこっちを覗いています。
選択肢
■戦うしかない
■何か方法を考える
■戦うしかない を選んだ場合
銃のある場所まで戻っていたら遅すぎる。どうにかして銃を取り戻さなければ、生きてこの店から出ることは叶わないかもしれない。
この部屋にも僕らの持ち物にも、武器になりそうなものはない。ああ、なんでいわれるがままきてしまったのだろう。
ぬるぬるしたクリームで足元がおぼつかないまま、鍵穴から覗く目玉を睨み返す。それがどんなものであったとしても、ただの木の棒ですら受け止めることすらできそうにない。
鍵穴の目玉は、愉快そうな笑顔を形作るように歪んで見えた。
「われわれのために料理の下ごしらえをしてくれて、ありがとう。美味しくいただかせてもらうよ……」
ずずず、と巨体の蠢く音が聞こえてくる。相棒が震える音は向こうにまで聞こえていただろう。いや、自分の歯ががちがち鳴っている。すぐに食べられてしまうのだろう。
鍵穴のある扉が、ぎぃいと開こうとしていた。
END
■何か方法を考える を選んだ場合
「わん、わん、ぐゎあ」という声がして、あの白熊のような犬が二匹、扉をつきやぶって部屋の中に飛び込んできました。鍵穴の眼玉はたちまちなくなり、犬どもはううと唸ってしばらく室の中をくるくる廻まわっていましたが、また一声
「わん」と高く吠ほえて、いきなり次の扉に飛びつきました。戸はがたりと開き、犬どもは吸い込まれるように飛んで行きました。
その扉の向うのまっくら闇の中で、
「にゃあお、くゎあ、ごろごろ」という声がして、それからがさがさ鳴りました。
部屋は煙のように消え、二人は寒さにぶるぶるふるえて、草の中に立っていました。
見ると、上着や靴や財布やネクタイピンは、あっちの枝にぶらさがったり、こっちの根もとにちらばったりしています。風がどうと吹ふいてきて、草はざわざわ、木の葉はかさかさ、木はごとんごとんと鳴りました。
犬が戻ってきて、そのうしろからは僕らを呼ぶ人たちの声が聞こえます。どうやら、助かったらしい、そう思って二人は抱き合って喜びました。
しかし二人の顔だけは、帰ってお湯に入っても、恐怖で泣き叫んだくしゃくしゃの紙屑のようになったまま直りませんでした。
底本
『注文の多い料理店』新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日発行
1997(平成9)年5月10日17刷
青空文庫
入力者:土屋隆
校正:noriko saito
2005年1月26日作成