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【移住雑記111日目】スマホを落としただけなのに、ね


――そうだ、自分はこういうタイプだった。

カヌーの上から澄み渡った水面に反射する自分の顔を見てそう思った。それはたいていの場合、浮かれている時に起こすのだ。数分前まで小学生たちと雪玉を投げ合って遊んでいた、齢29にして完全に浮かれていた。

スマートフォンを無くした。


昔から楽しいイベントの終わりに「事件」を起こすことで有名だった。

中1の頃、親戚たちと海に遊びに行った時の話。海を上がって、みんなで楽しかったねと笑いあうなか、心なしか少し重くなった携帯が僕の海パンのポケットから出てきた。電源が付かない携帯電話、憤怒の母、母の怒りに対して怒る祖母、気まずい顔で見守る年下のいとこたち、涙目の自分。思い出すだけで息が詰まる出来事だ。あの頃から、自分の「やらかし兄貴」の素養はたしかにあったのだ。

他の事件を全部ここに書いてしまうと、いま仕事を一緒にしている大人たちから信用の一切を失ってしまいそうなので細かい部分は省略するが、中3の時にも広島で親戚が集うキャンプのあと、”スケールの大きい迷子”になり警察沙汰になったことがある。あれ以降、いとこたちの僕に向ける「やらかし兄貴」としての視線は今もどこかに感じる。

2021年、29歳の自分はいまだそんなところがある。

美々川カヌー体験の風景(ガイドさん撮影)


前日から出会った人全員に「明日カヌー行くんです」とへらへら話してしまうくらいに楽しみにしていた。北海道に移住してからお世話になっているSさんに誘われて、カヌーをしに行くことになった。この日に向けて新しいダウンを購入し、グーフィーみたいな耳が付いた暖かそうな帽子も用意した。一番ダメージが懸念される足元の冷えに対しても、ホッカイロを完備。この上ない北海道仕様だ。

前日に降った雪は残っているものの、その日の天気は快晴。木々の輪郭が白い雪で際立つと、そこに陽射しが当たってきらきら光る。「冬の北海道は美しい」。誰かが教えてくれたそんな一言を思い出す。美々川へ向かう車の窓を流れていく冬の北海道の景色がまた僕の心を揺らす。

他の参加者は僕を除いて全員家族連れで、僕は小学生の女の子仲良し二人組に混ぜてもらって三人乗りのボートに乗り込んだ。11歳、11歳、29歳。「言うこと聞かなかったら叱っていいからね」と彼女たちの父親にそう言われるけれど、僕がバランスを崩して彼女たちごと川に落としてしまう、なぜかそんなことばかり考えてしまうので、先に「申し訳ないです」と謝っておく。だがしかし、なんとしてでも彼女を守り切らねばいけない

ふたつの冒険心とひとつの不安を乗せたボートが、12月の美々川の水上をなめるように滑り出すとゆっくりと水紋が広がった。オールを水の中でくるんと回すと、空を雲が流れるみたいな優美なスピードでカヌーが進む。懸念していた寒さも転覆の恐れも、12月の川辺の風景の美しさの中へと溶けて消えていった。近くを道路が走っていることなんか忘れてしまうほど、静かで美しい川の上を流れていく。参加者たちの全部で6艘のカヌーは美々川の上流から下流へとくねくねと曲がった穏やかな水流に沿って進み続けた。

ツアーガイドさんの冗談を交えた美々川の話やボートの上で飲む温かい紅茶、川の水を手ですくって掛け合う小学生と僕。ここに来てよかったと、心から思える土曜日の昼下がり。楽しい時間はあっという間に過ぎていく。カヌーはゴール地点へ到着した。一番乗りでゴールした僕と小学生の女の子たちは、カヌーを降りて積もった雪を投げて遊んでいた。

片付けを終えた後、ガイドさんが撮影してくださった写真を携帯に送ってくれるという話になった時、僕は自分の上着に手を入れた。違和感は徐々に確信へと変わっていく。


やらかし兄貴、再来である。

ポケットに手を入れたまま青ざめる僕の顔に、徐々に周囲の視線が集まる。貴重品を紛失した人間の顔には、「貴重品を紛失した表情」というものが出てくるものなのかもしれない。笑顔で溢れる土曜の美々川に、気まずさがうっすら漂い始めた。雪合戦をしていた場所や、ボートの上を探しても見当たらない。最後の記憶を辿る―――これだ

最後の記憶

数十分前の私は、カヌーの上で調子に乗ってInstagramのストーリーを更新したのだ。あの後、上着ポケットに浅く入れられたスマホは、きゃっきゃとはしゃぐ勢いのなかで「ぽしゃん」と川の中へ落ちたに違いない。その場にいた方の携帯から僕の携帯に電話をかけてみても電源が切れていることにも説明がつく。

無くしたスマートフォンを探している間、さっきまで雪玉を投げ合っていた小学生たちの気まずい表情と目が合った。そうです、私がやらかし兄貴です。気まずい空気にならないように「やらかしちまった」と逆にへらへらしてみたりするけれど、そんな自分は余計に痛ましい。

「美々川の水は澄んでいるから、思い当たる場所まで戻ってみると川底に見つかるかもしれない」と、ガイドさんのお気遣いに甘えて一緒に捜索していただくも結局見つかることはなかった。「楽しい空気に水を差して申し訳ないです」と僕が言うと、ガイドさんが「ほんとだよ!!」と笑ってくれたのだけが、唯一の救いだった。

捜索を諦めて岸に戻る道中、あれはサケだっただろうか、冷たい水底で横たわる魚と目が合った。僕と同じ目をしていた。

帰宅後、PCから投稿した悲しい私


〈後日談その1〉

まず、保険に入っていたおかげでスマートフォンは比較的少ない負担で、新しい端末が手元に届くことになった。それにしても「電話がない」というのは想像の100倍面倒なことで、その手続きのなかで何度も家の近くの公衆電話に行く羽目になった。

同僚にも電話を貸してもらい助けてもらった。「災難だね」と言った後に、「川に落としたってことは、環境汚染だ」と言い放ってきた君の真顔は絶対に忘れませんからね。


〈後日談その2〉

写真と動画だけ、クラウドにバックアップを取っていなかったせいで、これまでの北海道の写真がすべて消えた。これまで結構写真を撮っていただけに残念だが、それはまた新しい景色を集めていけたらいいと思う。

今後は川の上でも安心してスマートフォンを取り出せるように、肩掛けできる頑丈なストラップも買った。あの日の事件を知っている人に会うと、だいたい笑われる。そもそも川の上で二度とスマホを出すんじゃねえよという正論に関しては、一旦聞こえなかったことにしておきます。

クライミングロープを使ったストラップを購入した


〈後日談その3〉

カヌーに誘っていただいたSさんと、年明けすぐの初詣でばったり会った。お参りをして、おみくじを引いた。大吉、今年も良い年になるらしい。そこに書かれたあれこれをじっくり読んでいたら、Sさんたちに「失せ物は?」と聞かれた。そうそう、失せ物ね。やらかし兄貴には大切な項目。

「恋愛 一線を越えるな」

「失物 出る 高いところ」

爆笑するSさん一家の横で、あの日の川底に見たサケにも負けず、美々川を遡上していったのかもしれない僕のスマートフォンに思いを馳せた。今年も素敵な一年になると良い。また季節が変わったら、カヌーに乗ってみようと思う。


スマホを落としただけなのに、笑ってもらえるお正月。

「環境汚染」と追い討ちをかけてきた同僚のことはまだ許していません。


今年もよろしくお願いいたします。



今回参加した美々川のカヌー体験、3月10日までどうみん割でお得に行けるので、興味ある方は是非行ってみてください。最高です。

ホームページにも書いてありますが、カヌーの上ではカメラや携帯を出す際は必ずストラップを付けてください。ガイドさんがめちゃくちゃ素敵な写真を撮ってくださるので、携帯とか貴重品はそもそも車に置いて行った方が良いです。流れは緩やかですが、気を抜くと落とします。

あと、川底に僕の携帯を見つけた方はご連絡ください。


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