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ショートショート 『労働の対価』

高層ビルが多く建ち並ぶ都会の街並みを、男は重たい足取りで歩いていた。

身体にあわせたオーダーメイドのスーツを着ていかにもできるサラリーマンの男は、この都会に並ぶビルの一つにある会社の部長をしている。

今日は会社で大切な仕事をしなければいけない。それはリストラ宣告という全く気が乗らない仕事だった。

昨今の不況は男の会社にも影響を与え、事業の赤字が続いたことで重役会議を通して決まった事なのだが、当然気分の良い決定ではない。

「おはようございます。部長。」

会社に着くと、いつものように部下がはっきりとした声で迎えてくれる。

「おはよう。」

だが、今日の男にとってその部下は、はっきりとした声で挨拶をするやる気のある部下ではなく、この後リストラ宣告しなくてすむ部下だった。男の今日の能率は普段より低かった。

その日の普段通りの仕事も、苦しい宣告も済ませた男は、疲労の溜まった足取りで帰宅した。

「まいった。疲れる1日だった。」

こういう日は、食事もシャワーも後回しにして寝室へと向かい、ベッドに身体を委ねる。そして枕元にある、機械に手を伸ばす。


コンセントに伸びるコードについているダイヤルを右回りにひねると、耳元に内蔵されたスピーカーから

「やる気増幅を開始します」

というはっきりとした女性のアナウンスとともに、脳に作用する特殊な電波を発生させる仕組みが作動し、使用者の物事に対するやる気を増幅させ始めるのだ。

男は4年ほど前に初めてやる気増幅器をテレビ通販で購入し使い始め、色々試し続けて去年今の機種にたどり着いた。

使用料は決して安価ではないが、男は稼いだ月の収入の三分の一はこの機械の使用料に当てている。この機械をつかう前と後では仕事の能率が雲泥の差で、もはや使わないという考えは男には無くなっていた。

やる気に満ち溢れた優秀な部下達がいつか自分を追い越し、昼間自分が部下に下した様なリストラ宣告を自分に下すのではないかと思うと安まることがなく、そんな将来の不安に駆られた時にいつもこの機械を使用しているのだ。

ベッドに横になって機械を作動させてから2時間ほど経った時、やる気増幅器のチャージゲージが満タンになり、スピーカーから完了したことを伝えるアナウンスが聞こえた。

男は目を開けて身体を起こすと、スピーカーから続けて広告が流れてきた。

「ニューバージョンのやる気増幅器発売!
これまでのモデルのやる気深度、持続力、安定性を大幅に向上しました!
本体価格は税込み✖✖✖万円」

男は機械を頭から外しながら呟いた。

「ありがたい。もっと仕事に励める」

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