どうしようもない僕に天使が降りてきた
サイゼの天使スカート狂想曲
土曜と日曜に試着したギャルソンの天使のスカートは一週間経とうとしてもずっと頭の中にあった。
スペースでもツイートでも、気付けば天使のスカートの話をしていた。
「買わないと思うんですけど」と言いながらどっかで思っていた。
「(多分買うよな)」と。
多分買うけど買わないのを1日ずつ先送りにしている……そんな日々が続いていた。
仕事でも打たれることが多い週だった。
部下の指導に頭を悩ませ、講習では勝手に外に出掛けたりがっつりお眠り遊ばしている姿を見ながら6時間ぶっ続けで話し、
もとこさんやぽたまるさんはそんな私に「そんなとき天使のスカートがあれば」とリプをくださった。
「天使だから連れて行くのは天界(あの世)」というパワーワードに笑って力を貰った。
Twitterで同好の士がいないか検索をしたところ天使のスカートを買うかどうか迷っている人を一人見つけた。
その人も悩み、試着をして、これで成仏……となっていたのを見て気持ちは分かると頷いていた矢先。
その人は天使のスカートを買った。3度目の試着で買ったと書いてあった。
私はその時点で2回試着をしていて、次の機会で試着が出来たとしたら3度目の試着をするところだった。
……どうしよう。心臓がバクバクする。
あんなに奇抜なスカート、もしかしたら手に入らないかもしれない!
金曜の朝、私は試着をした新宿伊勢丹の店舗に電話を掛けて在庫状況を確かめた。
Mサイズは全国的に売り切れ、店舗に残っているのはXSサイズのみ……。
これはもうXSの丈感にチャレンジするほか無くなったと思い、昼休みに突発的に出掛けて西武池袋の店舗で試着したXSサイズの別のスカートで履くことは可能であることは確認出来た。
あとは定時で上がって天使のスカートを迎えに行くしかない。そう思うと残り半日が遠く感じた。
なんでどうして?
あとは定時で上がるだけと言うタイミングで入ってきた営業からの仕事依頼。
短い時間で終わる仕事だし来週は講習で埋まっているからと終わらせて提出した矢先に上司から連絡が入る
全国的なミーティングの場に社長命令で営業を出席させることになったから人数の都合で私の出席はキャンセルされたということ。
かっ、と熱が上がった。
かしこまりましたと形式的な連絡をしてその場で仕事の手を進めさせて私はぐっと色んな事を飲み込む。
ガラスの天井はこんなに分厚いか。
正直に言えば私はちゃんと評価されて職位を上げていきたい。
何故なら稼ぎたいから。私は稼げる人間だと分かってるから。
そのためにはうちの会社の体制自体が困難であると言うことは最近改めて気付いていた。
どんなに成果を上げても目の前でかっさらわれていく。
仕事さえままならなくて、服すら奪われてたまるか!
やっと終えた仕事をそのままにジャケットを羽織って家を出る。
今日はさやさんと待ち合わせて試着を見守って貰うことになっていた。
けど、もう決まってた。
買う。私はこの服を買う。絶対に。
新宿三丁目の駅に着いて現金を下ろして三階に向かうとお店の近くでさやさんが待っていてくれた。
トルソーが着ている一点しかないのを確認して試着を依頼する。
XSサイズだったが無事入り、少し丈が短くなったが店員さん曰く腰ばきする店員さんもいるのでそれで丈を調整して貰ってもいいということ。
全国的に大人気でもう残り少ないと言われ、一つ上のSサイズでも青山などにいかないといけない……。
と、言われてそこで心は揺れる。
「伊勢丹でポイントつけたい」
そう、私は!MIカードの女!
腰ばきも十分出来ることを確認したので「こちらでご用意お願いします」と声を絞り出す。
試着を終えて準備をして貰い会計をするとき、私の手は震えていたとさやさんがあとで教えてくれた。
紙袋を手にしたあとは汗が止まらずに額からびしゃびしゃと流れていき他のアイテムを見に行く気にもなれなかった。
「買ってしまったあ~~~!!」
と同時に、達成感に包まれていた。
「天国へようこそ」と雲のようにふんわりとしたフリルが囁いている。
私のサンクチュアリは、新宿三丁目だった。らしい。
わかりあえないから美しい
汗をかきながらさやさんと晩ご飯を食べに新宿伊勢丹近くの料理屋さんに行く。
(前職の同僚の元バイト先なのですが何食べても美味しいので是非おすすめしたい)
ソフトドリンクで乾杯してからごま料理を食べつつ演歌の話や職業の話、ファッションの話、お互いが抱いている疑問や問題について、深くまで話すことが出来てすごく充実していた時間を過ごせたと思う。
私が「?」と思ったことはさやさんも「?」と思っていたんだなという答え合わせが出来たのは非常に大きい収穫だった。
さやさんの答えも、私の答えも、きっと結論はちがう場所にたどり着くかもしれない。
私たちが追求する時間で得られるものが互いにちがうからだ。
だとしても違う事が美しい、わかり合えないことはきっと麗しい。
それがいいと思える夜だった。
家に帰って配偶者にスカートを見せる。
「いいじゃない」といつものように返してくる。
私はスカートを履いてみて改めて思う。
「これが365日履けたらどれだけいいだろう」
初めて抱く感情だった。
一年間この服だけを着て過ごしたい。それはどれだけ幸せだろうか。
目の前でかっさらわれた仕事を取り返したい、舐められた態度も取られずにいたい。
もっと頑張りたいもっと稼ぎたいもっと偉くなりたい。
そのために天使の目が欲しい。
偉い天使になればなるほど、人の形ではなくなりただの目玉に羽が生えたようになるらしい。
部屋の中に吊り下げたスカートの目がこちらを見ている。
「さあ天国へようこそ」
私の部屋は、天国に変わった。
ガラスの天井を突き破った上に広がる天界は、晴れ渡る青空であれと願う。