見出し画像

張り合い小競り合いに居合護身刀を休んだ日

熱風が心地良い風に変わる季節。
スキルアップの本と生き返る清涼感を求めて本屋に駆け込むと、秋帯をした本コーナーに足が止まっていた。
  もう秋が来るのか_。
滲んだ額の汗を拭こうとズボンのポケットに手を入れてハンカチを取り出した。

 「あの、鎖の様な物がでてますよ。」

白髪の男性の声に腰辺りを見渡し、ポケットから出ている鎖を手の平で手繰り寄せ引いた。
    「ありがとうございます。」
軽く頭を下げながら手の平に乗せた懐中時計で時間を確かめた。

 「若いのに渋い時計をお持ちですな。」

優しい語りかけに気の力みが少し解放される気がした。白髪の男性に刻まれた顔のシワがとても格好が良く、長めの眉下から少し潤んだ綺麗な瞳に祖父の存在を想像する。
 「ありがとうございます。この時計は僕の
  宝物の一つなんです。お守りかな...。
  就職が決まった時に何か門出に買ってあげよ
  うと親に言われて希望しました。」

白髪の男性は俺の一言一言を頷きながら大切に聞いてくれている気がした。思えば東京に来てから全力疾走の毎日で懐中時計をじっくり磨く時が無かった事に気がついた。

 「お洒落でとっても良いと思うけれども...。
     腕に付けない時計は不便では無いのかい?
  メンテナンスも大変そうだし、スマホで
  時間も確認出来る様に思うけどね...。」

深い意味は無いが、何と答えて良いか判らず少しの沈黙となる。

 「あー、すいません。余計な事を言った。
  いつも家内に怒られてましてね。
  実は、孫が貴方と年齢がどうも近い様に見え        
  ましてついつい声をかけたくなりました。」

こんな柔らかな貫禄の詫び方に憧れてしまう_

 「とんでもありません。謝らないで下さい。
  僕は時計を自慢出来て嬉しいです。
  本当に好きで持っていますが、この時計を持
  っているお陰で初対面の方と会話が出来るき
  っかけになるので助かっています」

 「なるほど。君を守るお守りなんだね。懐中時
  計を久しぶりに見ると私の父を思い出しま
  したよ。いつの間にか父より随分と長生きし
  ておりますがね。
  話は違いますが、君は姿勢が良いですね。
  その背中は武道をした人の背中です。
  因みに私は書道が趣味ですがね。」

大きな器に乗せられている事を実感しながらも
独特な心地良さに話したくなる自分がいる。
 「 小学生の時に空手をしてから武道を離れ
  て長年サッカーをしました。高校卒業後、
  大学に入り何となく居合道のサークルに入り
  没頭しました。良い思い出です。」

 「そうですか。良い経験をされた様ですね。
     何となくも立派な理由です。
  没頭されてみてどうでしたか?私の人生の中
  で居合道に触れる機会は無かったな...。
       是非、魅力を教えて戴きたい。」
何を話せば良いのだろう。居合道を大切にして来た仲間の顔が浮かぶ。初対面のこの人に格好つけてしまおうか、適当に語ろうか_

 「仲間はとても熱心で上手でした。
    僕は、没頭の中にも俯瞰して観る癖があり        
  まして副キャプテンとしてお世話役に周る   
  事にしました。
  卒業迄に学園祭、神社への奉納や大会と人                
       前で披露する事もありました。」
気が付くと言葉を交わさず目配せだけで店の外に出ていた。

 「興味深いお話をありがとう。もう一つ聞い       
  ても良いかな。
  君が一番魅力的だと感じる点はどんな事で 
  すか。」

 「礼で始まり、礼で終わる限られた時間と
  その場の空気が静寂に包まれる時に自分
  を超える自分が現れる感じとでも言いまし
  ょうか。
     けど...四国の大会で優勝出来なかった判定
  理由を聞いて自分で自分の事は判って居な
          い事に気が付きました。」 
何度も頷きながら聴いてくれるこの人へ心に封じた無念さを解放したくなる自分がいた。

 「判定理由は自らが取りに行かなければ教え
  ては貰えません。
  僕は感情を抑え切れずに閉会後に審判に聞
  きに行きました。 理由は_  
       
     君の居合は舞いの様だ。
  美しいとも言えるが居合道に必要では無い。

  との事でした。仲間と学び毎日毎日練習を
  重ねて居ても個性は癖と取られる事を知り
                 ました。」
目線を外し何度も頷き受け止めてくれる目の前の
人に我に返る。

 「すいません。ついつい_
    僕は祖父と呼べる人との思い出が余り無くて
  1人は僕が産まれた時はもう_。
  もう1人は3回ほど会いました。
  祖父母の存在に憧れて生きて来ました。
  聞いて頂いてありがとうございました。」
優しく微笑みながら軽く肩に置いてくれた手の温かみを感じた。

 「私も若い人と話せて良かったよ。
  貴重なお話も聞けて嬉しかった。ところで
  君は写真は興味あるかい?」

 「人に披露する事はありませんが携帯で撮る
  事はします。興味と言えますか?」

 「撮りたいと思ったならば其れこそ興味だ。
  それで良いと思うよ。
  写真も不思議な世界でね、自分の見た目線
  を再現しお披露目するイメージかな。」

微笑みながら大変な話を聴いている気がした_

 「随分と話込んでしまったね。家内が待って
  いるから行きますね。
  あっ、そうそう。
  このコーナーの裏の裏に写真集があります。
  序でに眺めて帰って下さい。
  表紙に懐中時計の写真の本があります。
  なかなか良い写真が沢山載ってますから。
  そのカメラマンの名前が_
                                            私です。」

時間が一瞬止まる感覚を始めて知った_

ゆったりと笑顔で去る白髪のその人に居合道で身に付けた全身全霊の一礼をした。
帰りの鞄は生まれて初めて買った写真集で重くなった。
   宝物がまた増えた。

いいなと思ったら応援しよう!