【秀吉、大工派遣を要請】1592年12月11日
【秀吉、大工派遣を要請】1592年12月11日
肥前名護屋在の羽柴秀吉が京都の前田玄以に対し、来春早々にも伏見城普請の大工を伴って名護屋へ下向するよう命ず。秀吉と言う絶対権力者が号令を掛ければ、何も無かった寒村が町人まで含めて総勢40万人の町が誕生する。朝鮮の役は戦国時代の終わりを、どうやって収拾させるかの課題解決の答えだった。単なる狂人化した秀吉の愚かな野望では無い。日本を統一した秀吉政権は100年の戦いで肥大化した軍事力をどうするか?!もはや与える領地は無く軍事貴族となった武士に帰農させるなどの手段は政情不安を起こす。ゆえの外征だった。太平洋戦争も同じ構図だ。しかし家康はその巨大な街を見て、絶対王政の封建社会を見たのだろう #光る君へ #大河ドラマ