【片倉景綱死去】1615年10月4日

【片倉景綱死去】1615年10月4日
伊達家の名臣片倉景綱が白石城で病没。享年59。政宗の右腕、知恵袋、姉は政宗の教育係だった。旗印の釣り鐘は今でも白石市の市章となっており、伊達家の為に天下に武勇が鳴り響く、と言う意味だった。秀吉から何度もヘッドハンティングされたが固辞、その事を福島正則から責められた時「福島殿は、ちんちくりんのりんりん」いかにも中国の故事の様に切り返したが、実はその意味は「ちんちく=さるお方(猿に似たに掛けた)、りんりん=鈴の音」秀吉の首に着いた小うるさい鈴だ、と揶揄した。 #どうする家康

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