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【栗山大膳誕生】1591年1月22日

【栗山大膳誕生】1591年1月22日
後の福岡藩家老・栗山大膳が生まれる。父は黒田八虎の一人利安。黒田官兵衛の腹心善助が父。#大河ドラマ「#軍師官兵衛」でも主役級だった。播磨の国人の家老だった黒田家を52万石まで大きくした事に貢献した。江戸時代2代藩主忠之は行状が芳しくなく、大藩福岡は大きく揺れた。官兵衛の孫、父や祖父と違い生まれながらの御曹司気質で奔放でわがままだった。外見は華美で派手なものを好み、藩の財力でご禁制の大型船舶「鳳凰丸」などを建造したり、自らの側近集団を組織し、倉八正俊、郡慶成らを重用した。一方で筑前六端城(領内主要6拠点の支城)城主を始め、父・長政時代からの重臣たちと対立し、忠之は所領減封や改易などの強硬策をとった。大膳によって幕府に「黒田家、幕府に謀反の疑いあり」と訴えられ、黒田家は改易の危機に立たされた。いわゆる黒田騒動である。3代将軍・徳川家光は自ら裁定を下し、栗山の訴えは「精神的に異常であり藩主への逆恨み」と裁断し、のち幕命により倉八は高野山、栗山は盛岡藩南部家へ預けられ追放された。しかし内実は藩主の不行状を咎めた忠臣として、幕府は忠之を実質隠居状態にし、家老の合議制とした #べらぼう

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