1871年12月23日に日本を出発した岩倉使節団
明治維新の偉大な功績の一つに数えられがちですが、実際はドタバタの連続でかなり非難された。
それが1871年12月23日に日本を出発した岩倉使節団です。
岩倉をはじめ、大久保利通や伊藤博文、木戸孝允など、新政府の主要メンバーがずらり。
総勢107名で、1年10ヶ月も出かけてるんで長過ぎる。
幕府打倒に成功したものの、その後の方向感を失っていた新政府。中心だった西郷隆盛大久保利通らは主君島津斉彬からは、そこまでしか教わって居なかった。西洋列強と伍する国家とは?その解を見に行ったのです。サンフランシスコに着いた一行は大歓迎、もう一つの目的の不平等条約解消も存外簡単とタカをくくった。しかしその後一行は強かな国際社会と天と地ほどの差のある国力を見せつけられる。徳川260年はひたすら天下泰平を希求、しかし明治大正昭和は戦争に明け暮れる事になる #光る君へ #大河ドラマ