組織体質の改善は、過去の事業観に合っていた「クセ」の認識から|篠田真貴子さんと考える「組織の体質改善」
エール株式会社には、企業で課題に向き合う現場の皆さんから様々なご相談が寄せられます。その中で特に共有したいテーマについて、エールでは毎月、セミナーの形で一緒に考えを深める機会を作っています。
今回のテーマは「組織体質改善」について。エール取締役 篠田真貴子さんと共に、「組織の体質改善を阻む構造は?」「改善を推進する上で要となるのは?」について考えます。【編集部 奥澤】
※本記事は、2022年3月1日(火)に開催された、エール主催のセミナー「組織体質改善へのアプローチ」を元に再編集しています。
「組織の体質改善」の目的は、人々の行動を変えること
今日のテーマは「組織の体質改善を阻む構造と推進の要」としていますが、最初に“組織の体質改善の目的は?”について、少しお話できればと思います。
いろいろと理解を深めていく中で、私的には、横山禎徳さんが書かれた『組織』で出会った言葉が、しっくりくるものでした。下の右の文章になりますので、ぜひみなさんもご一読ください。
体質改善の目的は「人々の行動を変える」こと。外的変化に適応するため。慣れ親しんできたものとは大きく異なる状況にタイミング良く対処できるため。そして、「人々の行動を変える」には、かなりの度胸と迫力が必要、とあります。
これらの言葉は自身の経験的にも本当にそうだと思います。私自身もメンバーが自分の思い通りに動かないから…といった目の前の話ではなく、もう少し広く、そして深い覚悟が求められる話だと捉えています。
組織の理想像は、「社会が事業に期待するもの」から作られる
体質改善の目的の次にお話したいのは、「組織の理想像」についてです。多くの企業が「組織の体質改善」に向き合う背景には、その先に描いている理想像があって、現状とのズレを感じているからなのだと思います。だからこそ、「現状を変えて、理想に近づきたい」と思う。
では、「組織の理想像」とはどのように作られるのでしょうか?
私は、「社会における事業観」「人間観」「組織観」「人と組織の関係」という4つの要素が関係していると考えています。図にすると以下のような形で、黄色の円は組織をイメージしています。
最も大きな影響を与えているのは、黄色の円で描いた組織の外にある「社会における事業観」です。これは、時代や国、社会、あるいは一つの会社が事業に対して「何を期待しているのか」を意味していて、社会の一員である私たちも、当然ながら大きく影響を受けているものです。
社会からの期待を受ける形で、事業における「人間観」「組織観」があって、それらをつなぐ「人と組織の関係」が存在する。「組織の理想像」というのは、こういった関係性で成り立っていると捉えています。
体質改善を阻むのは、過去の事業観に合っていた「クセ」
先ほどお伝えした「社会における事業観」「人間観」「組織観」「人と組織の関係」の4つの要素を縦に表に並べてみました。今までの組織(1990年~2000年頃)と、これからの組織を4つの項目で比べてみると、私たちがいま目指している「理想の組織」や「体質改善を阻む壁」が見えてきます。
上から見ていきましょう。
■ 「社会における事業観」=再現性より創造性・独創性
「今までの組織」において、理想とされるのは製造業。ここから工場の組織や働き方が組織イメージとして定着しました。企業価値の源泉も、ピカピカの工場とか立派なオフィスといった固定資産・財務資本にあり、「再現性」や「連続性」こそが“素晴らしい”とされてきました。そうすると、組織構造も当然ながら、ヒエラルキー、所属、ライン…といった形になるわけです。事業運営する上での正しさは、「無謬(むびゅう)性」。思考や判断などに、誤りがない状態だったんですね。
一方で「これからの組織」はどうでしょうか。
こういう事業がいいよね、こうなっていきたいよね、と主流にある組織イメージは、「インターネット時代のソフトウェアエンジニアの組織と働き方」です。メディアにおいても“良い会社”として挙げられるのは、GAFAやNetflixなどの名前ですよね。そして、そういった企業の価値の源泉は人的資本であるし、「再現性」よりも「創造性」「独創性」を大事にしている。組織構造はネットワーク的であり、人は所属よりも「その人の個性は何か」を表すタグが重視されていて、人もモジュールがネットワークで有機的に繋がる…こういうストーリーです。
そんな社会が事業に求める正しさは、「倫理的」。人間なので間違いはあるし、仕方がないけれど、「善悪の判断をわきまえていない事業は許さない」というのが、今の事業に対する期待感ではないでしょうか。たとえば、製造業の安全性検査に対する“ごまかし”も、もしかすると今ほど糾弾されなかったかもしれません。
このあたりの大きな変化を、経営者やリーダーはある意味、無意識的に受け取って、自組織の理想像にしているのではないかと考えています。
■「人間観」「組織観」「人と組織の関係」=機能より感情・価値観
次に見ていくのは「人間観」「組織観」「人と組織の関係」です。
「これまでの組織」においては、人は“機能”としての役割が大きい。だから行動の管理が必要になるし、動機付けにおいても「外的動機付け」は非常に理にかなってるわけです。組織観においては、「均一性」や「差をつけない」が力の源になっていくし、組織の魅力は、「共同体の一員」で語られる。
そして、こういった「人間観」と「組織観」を結びつけるものは、人は組織に従属するものという考え方です。人が組織を語る感情は、自分と組織は別物であり、組織という機械のようなシステムを外側から客観的に見ている…そんなイメージだと思うんですよね。加えて、経営者・リーダーは、「無謬性」という組織に課された期待を体現していくので「正解を知っている存在」として定義される。こういう世界だったと考えています。
一方で「これからの組織」についても見てみましょう。
「人間観」においては、人は「機能」ではなく、「感情」も「価値観」もあるという存在。行動じゃなく、その行動を引き起こす思考や感情、無意識の動き、さらにそれを支える価値観を重視していく流れになっている。面白いなと思うのですが、2000年頃「ロジカル思考」に注目が集まり、2010年頃「デザイン思考」へ、いまは「パーパス経営」へと変遷を遂げているんですよね。そして「創造性」「独創性」が求められる組織においては、「均一性」よりも「多様性」が力の源になる。そうすると、人々を束ねるのは「パーパス共感」になってきます。
だから、人と組織の関係性はフラットであり、人の意識も「自分の組織」「自分もシステムの一部である」と考えているイメージです。組織は自分に影響を与えるし、逆に自分も組織に影響を与える。相互のダイナミズムの中で、変化が起きていくと捉えているので、リーダーの役割も正解を知っている人ではなく、方向を示し、仲間を集め、相互に支援しながら試行錯誤する…こういう世界観だと思っています。
これまでの組織とこれからの組織の構造を、「社会における事業観」「人間観」「組織観」「人と組織の関係」の観点から比較して見えてくるのは、私たちが無意識に描く「組織の理想像」と「その理想像への改善を阻む壁」です。過去の組織・事業観に合っていた“クセ”こそが、体質改善を阻む壁と言えるでしょう。
体質改善のヒントは、少しでも進んでいる組織から学ぶ
では、体質改善を阻む壁を乗り越えるにはどうしたらいいのか?
ここでは、「体質改善の推進」を考える上で、私自身が大変参考になったと感じている事例がありますので、いくつか紹介していきたいと思います。
■総資産と時価総額から見る。企業価値の源泉は「人的資本」へ。
企業価値の源泉は、「固定資産」「財務資本」ではなく、「人的資本」という話をしました。これからの時代においては、「無形資産」が企業の価値を決めていて、その無形資産を作るのがほぼ人と言ってもいいからなんですよね。その様子をヴィヴィッドに物語っていると思う事例が、「トヨタとテスラの総資産と時価総額(兆円)」の図です。
この図を見ていただければ一目瞭然で、トヨタは総資産より時価総額が小さい。一方テスラは総資産はトヨタの9分の1ぐらいしかありませんが、時価総額は3倍近くあるんですよね。これからの社会が、企業と組織に何を期待しているかが非常に分かる例だと思います。
■「人的資本」の考え方は、経産省の「人材版伊藤レポート」に
もう一つ、国内では2020年9月に経済産業省が出している「人材版伊藤レポート」に人的資本の考え方がまとまっています。この中では、以下の図の「左の青文字」から「右の赤文字」を目指していこうと話されているのですが、その半分が組織の体質改善に関係しているものになります。世の中においても、好きとか嫌いとか関係なく起きていて、組織への期待として認識されているのだと思います。
■「人間観」=できないことは「悪い」から「お互いにフォローする」へ
「人間観」を考える上で非常に参考になったのは、ダニエル・コイル氏が書かれた『カルチャーコード~最強チームをつくる方法~』という本です。
文中では、チームとは「お互いの相互依存関係が日々の活動の中で認識し合える範囲にある人々の集団」と定義しています。そこで重視している点が3つ。
1.安全な環境をつくる
2.弱さを共有する
3.共通の目標を持つ
これは何か報告書を作る、組織目標のような言葉として整えるという話じゃないんです。人々はほとんど無意識的に、この3つの視点が大丈夫かな?とシグナルを探し、受け取っていると書かれています。こういった「人間観」に基づいた体質改善の取り組みが重要なのだと思います。
そして、こういう「人間観」があると、一人ひとりの「できる/できない」の考え方も大きく変わってくるのだと思っています。これまでの「機械のような社会」においては、何ができて、何ができていないのかを考え、「できないことは悪い」「人には見せられない」と捉えてしまう。けれども、これからの組織においてはそうではなくて、できないことがあるのは当然だし、だからこそそれを明確にするべき。努力してもどうにもならない「Cannot」は、誰にでもあるのだから、お互いにチャームポイントにしてフォローしていこうと考えていくわけです。
■「組織観」=人と組織は常にフラット。その状態には「聴く」が不可欠
「組織観」で参考になったのは、航空自衛隊の事例です。一見、えっ…?て思うかもしれませんが、「フラットな組織づくり」において、非常に示唆に富んだお話だと思っています。
航空自衛隊は、組織の体制はもちろんヒエラルキーなんですが、指揮官の意図をパイロット全員がしっかり理解できる状態を作っていらっしゃるんですね。理由は明確で、航空自衛隊はものすごい速さで戦闘機を飛ばしているので、指揮官の意図をパイロットがよく理解し、その場で瞬時に判断しないと成り立たないから。「上司の指示が少なく、一人ひとりが柔軟な判断をする組織作り」に力を注いでいるんです。
さらにもう一つ。危機の状況にあって、トップとして判断しなきゃいけない場合においても、日頃からリーダーは「聴く」ことが欠かせないと指摘されているんです。どんどん現場情報を出してくれ、と言うと何人も同じ情報をもってくる場合がある。そのときに「それはもう知っている」と事実だけ伝えると、次からは「新情報ではないかもしれない…」と委縮して報告できなくなる。だから、「その情報は他からも報告を受けたから、間違いのない情報なんだね」と、そんなポジティブな言葉を付けて返信をする。だったそれだけで、情報の流れが全く変わるとおっしゃっています。一人ひとりの「感情」を大事にした組織運営と言えると思います。
ここまで、「組織の体質改善を阻む構造と推進の要」について話をしてきました。
時代や社会からの影響を無意に受け、組織の理想像は「機械のような組織」から、「人間らしさを発揮する組織」へと変化しています。そして、組織において“人間らしさ”を発揮するためには、一人ひとりの「感情」や「価値観」を扱わずには成り立たない。私たちは、その構造を理解した上で、組織の体質改善を推進していけると良いのだと思っています。
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今回の学び・気づき
今回の学びは、“社会が事業に期待するものが、事業における「人間観」「組織観」「人と組織の関係」を規定する”というお話です。その時代において大事にされる価値観によって、私たちが描く「組織の理想像」は全く変わってくるのだと理解しました。
社会の一員である自分も無意識に影響を受けている認識がなければ、「組織の体質改善」という言葉だけで話が進んでいってしまうのではないでしょうか。現状のままでは良くないと分かっている。でも、なぜ「組織の体質改善」を目指さなければいけないのか、本質的な理由は見えていない…。そんな状態になってしまうと思うのです。
だからこそ、まずは「組織の体質改善」を中心となって推進する経営者・リーダーがこの構造を理解することが重要。それによって、改善を阻む壁が明確になり、適切な施策を選び取れるのではないかと感じました。
「後編」では、組織体質改善へのアプローチについて、エール代表取締役 櫻井将さんと紐解きます。