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【小説】消えゆく世界のエトワール(2)【月刊アートPJ】

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~前回までのあらすじ~
高校2年生の女子生徒・シノ(三浦糸乃)は、ある日色あせた星柄の缶を見つける。缶には「〇×年10月31日に開けること」とテープが貼られており、その日付は当日だった。
缶を開けると、中から古びた封筒が出てきた。驚くべきことに、その封筒には「三浦 糸乃様」と自分自身の名前が書かれていた。
手紙は「妹へ」という書き出しで始まっていた。しかし母によれば、その兄はシノが生まれた時に亡くなったのだという……。

「あれ?」

 指先に固いものが触れる。シノは急いで下駄箱から手を引き抜いた。

 冷えた空気が満ちる秋夜の昇降口だった。柔らかい月明りが差し込んでいる。鈴虫の声がぼんやりと響く中、シノは自分の手を見下ろした。けれどドラムスティックの握り過ぎでタコのできた手に、新たな傷は見当たらない。

「なんだ……」

 シノが長い髪を揺らして下駄箱を覗き込むと、そこには見覚えのある古びた封筒がある。彼女は慌てたようにそれを取り出して、ひっくり返した。

『三浦 糸乃様』

 シノの細い眉がギュッと寄る。

 前回、謎の手紙を受け取ってから数日が経ち、忘れかけていたところ。シノの心臓はかすかに跳ね始め、思わず身じろぎしてしまう。

 しかし、結局好奇心に負けてその場で開封することにした。

 ……メンヘラすぎ。訳わかんない。
 やっぱりストーカー?

 彼女は急に不安に駆られたように勢いよく顔を上げて辺りを見回したが、誰もいない。

 ただ、優しい月と星の光が彼女を導くようだ。

 シノは眉を寄せて再び手紙を見下ろし、しばらく動かない。

 死んだはずの兄からの手紙。
 気味が悪い。でも、もし本当に生き別れの兄がいたら……。

 『妹へ』という文字を指でなぞる。

 ずっと一人っ子だと思って育ったけれど、兄弟姉妹に憧れたことがないわけじゃない。

 シノは少し固い動きで上着のポケットにそれを突っ込んだ。一度だけ身震いし、今度こそ靴を履き替えて昇降口から出た。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 シノは、等間隔に街灯の並ぶ住宅街を速足で進む。分かれ道に差し掛かると歩調を緩めた。

 左の道は街灯が多く明るいが、少し遠回り。
 右の道は街灯が少なくて暗いが、近道。

 今日はどっちから行こうか。

 母からは『明るい道を歩いてね』といつも言われているけれど、急いでいる時は暗い道を使ってしまうことがあった。でも今は急いでいないし……。

 明るい方の道を行こうとしたシノは、ふと視線を感じて歩みを止める。空を見上げた。

 いくつかの星がチラチラと瞬き、まばらな点描のように夜空を彩っている。

 まるで星々に見つめられているよう。

 シノは目を細めてまだ空を見上げ、かすかにまつげを震わせる。

 『カイト』からの手紙。星がどうとか書いてあったっけ。『正しい選択』とも書いてあったような。

 シノは迷いながらも何かに呼ばれるように、暗い道の方へと足を踏み出す。不安が背筋を這うけれど、星は暗闇でこそ輝くものかなとも考える。

 しかし――

 5分もしないうちに突如、轟音が鳴り響く。目の前が白くなる。

 シノは思わず悲鳴を上げて屈み、近くの電柱にしがみついた。

 続いてボンと何かが爆発するような音。

 彼女の心臓はうるさく鳴り響き、息もできず体を縮める。

 十秒、二十秒が経ち――何も起きない。

 シノが恐る恐る目を開けると、辺りはまた夜の静寂に戻っていた。まだ胸を突きあげるような鼓動の激しさに喘ぐ。彼女は電柱に掴まって立ち上がる。

「大丈夫か!?」

 知らない大人が、足にサンダルをつっかけて走り寄って来る。シノは身を固くしたが、彼が息を切らし、目を見開いてシノの安否を気にしているようなので、ぎこちなく頷いた。

「は、はい……。何があったんですか?」

 その男性は安心したように顔つきを和らげたが、自分を落ち着かせるように何度も頭を引っ掻いた。

「事故だよ、事故。一本向こうの通りで。車が電柱に突っ込んでさ。ひどいもんだよ」

 その言葉を待っていたように、パトカーや救急車のサイレンがけたたましく鳴り響く。

 一本向こうの通り――というのは、シノが先ほど行こうか迷った『明るい道』のことのようだ。

 もし、あちらの道を選んでいたら……。

 シノは背筋に冷たいものを感じ、震えながらも、ポケットの上から手紙を掴んだ。

 カイトが守ってくれたんだ。

 心臓が、熱い。まるで、見たこともない兄がすぐそばにいるみたいに。空を見上げると、星々がいつもより近くに感じられた。心臓から糸がのびていて、先っぽが誰かと繋がっているようだ。

 いつか会えたらいいのに。
 願いが胸にともる。


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