ゴミのポイ捨ては社会貢献??【キワモノ社長談話2】
「ゴミを道に捨てるってことはさあ、俺、社会貢献だと思ってるんだよ」
社長はそういってタバコを吹かした。
*
前に勤めていたシステム開発を生業とする中小企業の社長は、年がら年中グラサン、半ズボンでサンダルをつっかけ、そのまんま取引先へもどこへも出かけて行く個性的な人物である。
社長は、新入社員がいると、必ず一度は一緒に客先に打ち合わせに向かい、挨拶させるという儀式を行っていた。その時は私の番だった。
都内の雑踏を二人で足早に歩く。
約束の時間に遅れ気味である。私のせいではない。社長ご自慢の高級車の洗車に、予想より時間がかかったそうだ。
「YeKuさんさあ、遅れたの君のせいにしていいかな?」
歩きながら出し抜けに、社長は言った。良すぎる体格のせいか、その足取りは重い。
彼は普段から歩くのが嫌いで、どんなに短い距離でも、タクシーか車かセグウェイで移動する。最後のやつは道路交通法に違反しているかもしれない。
社長がセグウェイのせいで逮捕され、会社がつぶれたら、私はあまりのくだらなさに失笑するだろう。
ともあれ、私は呆れた顔で横を歩く社長を見上げた。
「えっ嫌ですよ。初対面なのに」
「そうだよねぇ……」
社長はしょんぼりと肩を落とした。
会社の利益を考えた時に、私のせいにした方がまだ良いのかも知れないが、遅れている時点でどっちもどっちである。たいしたメリットもなく、会社のために泥をかぶりたくない。
それからしばらく歩いたところで社長はやおら立ち止まり、スマホを取り出した。
「もういいや。やめよう」
「はい?」
「遅らせてもらうからさ、お茶でもしていこうよ」
「はぁ……」
社長は悪びれるでもない顔でそう言いながら、取引先に電話をかけ始めた。
私は興味もなく、その場を離れて街角に立っている看板などを眺める。へえ、ここには橋があるのかぁ……
「お待たせ」
社長はこっちに歩いてくる。どこからか取り出したチリ紙で鼻をかみ、それをあろうことか道に放り捨てた。
!?
私は目を剥いた。
社長が私の目の前で立ち止まり、不思議そうに私を見る。
いやいやいや。
「社長、今、ゴミ捨てました?」
私は自分の目を疑いつつも、そう言った。すると社長は「あー」と決まり悪そうに私を見て、胸元からタバコを取り出す。
「ゴミを道に捨てるってことはさあ、俺、社会貢献だと思ってるんだよ」
「はい?」
何を言ってるのか分からず、聞き返した。社長は「まあまあ」と言いながら、近くに見えるドトールの看板に向かって歩き出す。
私は呆気に取られて数秒見送り、それから後を追った。
社長は何事かぶつぶつと説明している。
「いやさあ、だって、道にゴミが一つも落ちてなかったら、清掃の仕事してる人が困るじゃん」
「え?」
「だからさあ、清掃の人はゴミを片付けなきゃいけないでしょ。それが仕事じゃない。俺がゴミを捨てなきゃさ、きれいすぎて仕事が無くなっちゃうかもしれないでしょう」
「はあ……?」
いや、社長以外にもゴミを捨てる輩はごまんといるだろう。何言ってんだ。
「俺は清掃員さんのためにゴミを捨てたんだよ。ねっ?」
社長は意味不明にウインクを飛ばしてくる。
あまりにも屁理屈過ぎて、なんとコメントして良いのか分からなかった。
「馬鹿ですか」と言う言葉が喉元まで出かかっていたが、一応、雇用主である。退職を覚悟して「馬鹿ですか」と言ってみるしかないのだろうか。
私が迷っているうちに、ドトールに到着し、社長は口止め料? に飲み物をおごってくれた。社長はアイスティーを頼んでいた。暑がりである彼が、アイスティーとお酒以外のものを飲んでいるところをついぞ見たことが無い。
私も奢ってもらったアイスティーをストローですすりつつ、煙でモクモクした喫煙エリアの空気に耐えた。
果たしてこの会社に入ったのは正解だったのだろうか。
しかしこんな社長だが、会社の経営状況はすこぶる良好であった。官報など見ていると、なんだか知らないが雪だるま式に純利益が増えていた。
理由は分からない。
毎年、社長なりに経営戦略を説明してくれるのだが、私はいつも「そんなうまくいくか?」という感想を持っている。しかし現実として儲かっている。なぜだ? なんでこんなちゃらんぽらんなやつが運営してるちゃらんぽらんな経営で儲かる? なにかズルをしているのだろうか?
あるいは、意外と社会というのはガッチガチの資本主義ではなく、人情とか印象とか、曖昧な何かで出来上がっているフシがあるのだろうか。
なお、この後、打ち合わせには堂々と遅れていったが、なぜか向こうが気を遣っている様子だった。これもまた理解しがたい。
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