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【小説】消えゆく世界のエトワール(3)【月刊アートPJ】

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~前回までのあらすじ~
高校2年生の女子生徒・シノ(三浦糸乃)は、ある日「〇×年10月31日に開けること」とテープが貼られた缶を見つける。その日付はまさに当日だった。
驚くべきことに、缶の中から出てきた封筒には「三浦 糸乃様」と自分自身の名前が書かれていた。意図のよく分からない手紙は「妹へ」という書き出しで始まっている。しかし母によれば、その兄はシノが生まれた時に亡くなったのだという……。
不気味に思いながら受け取った2通目の手紙には、謎めいた『選択』に関するお告げが。その日の帰り道に交通事故が起こるものの、シノは辛くも逃れる。
手紙の主(カイト)が守ってくれたんだ… シノは確信していた。

 放課後の図書室は、ひんやりとした空気に包まれ、いつもより静かに感じられた。古い本の匂いがかすかに漂い、ページをめくる音だけが、静寂の中に吸い込まれていくようだった。

 シノは窓際の席に陣取り、山積みの資料と格闘していた。ここ数日、彼女の頭の中はカイトの残した手紙のことでいっぱいだった。特に、二通目で言及された「シフェウス座」に関する記述は手がかりになりそうだと思った。

 だって、手紙に登場する他の謎用語『月面アルペイド』や『変光星デルタ・エルダ―』とかは、もはや日曜アニメに出てくる敵の名前みたいだ。

「一体、シフェウス座って……?」

 インターネットで調べても、それらしい情報は出てこない。よっぽどマイナーなのかな? と思い、滅多に訪れない図書室に足を踏み入れたものの……。

「何かお困りかしら?」

 心配そうに声をかけてきたのは、カウンターに座っていた司書教諭だった。年老いたその女性はおっとりとした雰囲気で、赤いカーディガンを羽織り、背を丸めている。

「あっ、はい」

 シノは少し緊張しながら立ち上がり、カウンターに近づいた。

「あの……シフェウス座という星座について、何でもいいから知りたくて」 

 司書は丸い顎に手をあてて、「ふぅむ」と唸る。それから「ちょっと待ってね」と言い置いて、ぶつぶつ言いながら奥の書庫に消えて行った。

 シノは手持ち無沙汰に、彼女が戻って来るのを待つ。変なことを聞いて、バカみたいだと思われるのが怖くて、心臓がドキドキと跳ねていた。

「星座に関する資料は、このあたりにまとめてありますよ。何か見つかるといいのだけど……」

 慌てて顔を上げると、司書がふぅふぅ言いながら、重そうな何冊かの本をカウンターに置いた。

「ありがとうございます」

 シノはパリパリと音を立てながらそれらの本を開き、索引を丁寧に探っていく。

 古代の神話。星座。あれやそれや……。

 けれど、やっぱり「シフェウス座」に関するものは見つからない。

 ただ、ある一文がふと目に飛び込んできて、シノの胸はまたもやドキリと跳ねた。

「ケフェウス座……? これって、もしかして……」

 ケフェウス座。古代エチオピアの王であり、カシオペアの夫、アンドロメダの父親にあたる人物。化け物にアンドロメダを捧げることになった悲劇の王――。

「あなたも、星座が好きなのね。私も若い頃は、占星術が好きだったのよ」

 司書が目を細めてつぶやく。シノは顔を上げ、思わず身を乗り出した。

「あの、『月面アルペイド』や『変光星デルタ・エルダ―』という言葉に聞き覚えはありませんか?」

 司書はシノの勢いにも怯まずのんびりと天井を見上げ、口をすぼめた。

「月面アルペイド……? それはちょっと分からないですけれど」

 彼女は困ったように微笑む。

「でも変光星なら、あなたも授業で習ったでしょう? 天文学の用語ですよ。ほら、あなたが調べているケフェウス座にもね……」

 司書が穏やかな手つきで天文学図鑑を取り上げる。変光星のページを開いて指さした。

『ケフェウス座デルタ星(δ Cephei)は、ケフェウス座に位置する変光星――』

「ケフェウス座……デルタ……変光星」

 シノは口の中でつぶやき、カイトからの手紙との関連性を考えようとした。カイトはなぜ、でたらめのような言葉で手紙を綴ったのだろう? シノに調べられたくなかった? もしくは、カイトにとってはそれが当たり前なのかもしれない。

 つまり――

「カイトは、異世界の住人……とか?」

 シノは、自分の想像力の豊かさに呆れながらも、背筋に冷たいものを感じる。もしも、カイトが全く別の世界から手紙を送ってきているとしたら……?

 シノが手紙を取り出して再び見つめたとき、窓から差し込む夕陽が、シノの手元を鮮やかに照らし出す。

 すると、オレンジ色の光に透けて、何かのマークのようなものが浮かび上がった。いや、これは……文字?

 シノは手紙を持ち上げて、夕日に透かす。

 君が選ぶ道が未来を紡ぐ。

 それは、まるでカイトからの新たなメッセージのようだった。

「素敵な手紙ね。私も、昔占星術に興味を持ったきっかけは、恋愛だったのよ」

 司書が微笑みながらシノに話しかける。

 シノは慌てて手紙を隠し、少し顔を赤らめた。

「いえ、あの……家族からの手紙なんです」

「まぁ。じゃあ、そのご家族は、あなたに手紙を送るのをとても楽しみにしているのね。すごく丁寧に一生懸命書いているのが分かるわ」

 彼女は優しく微笑む。
 シノは首を傾げ、手の中で手紙を撫でた。

「そうですか……? そんなこと、分かります?」

「長く生きているとね。分かりますとも」

 司書の女性が優しく目を細めて大きく頷いたので、シノの胸は弾んだ。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 爽やかな秋風が屋上を吹き抜け、シノの頬を優しく撫でる。空の青さに目を細めながら、彼女は制服のポケットから一通の手紙を取り出す。それは、一昨日見つけた、カイトからの大切な手紙だった。

 近頃、多い時は1日に1度のペースで手紙が届いている。たいていはミステリアスな言葉で、それに従うと、不思議と良いことが起きる。

「今日も読もうかな……」

 小さな独り言を漏らしながら、シノは手紙をそっと開く。文字の一つ一つが心に染み渡り、会ったこともない兄がそばに居てくれるような気がする。シノはカイトの書いた文字を指でそっと撫で、少しでも彼を感じ取ろうとした。

 遠くから聞こえる笑い声や、校庭で運動部がボールを追う音が遠ざかっていく。友人たちが待つ教室や、迫り来る文化祭の準備も、まるで遠くの出来事のようだ。

「三浦! いい加減にしろよ!」

 突然の声に振り返ると、クラスメイトの田宮が、屋上の扉から顔を出していた。額には薄く汗がにじみ、息を切らしている。

「何サボってんだよ。みんな探してたんだぞ。練習始めるって言っただろ?」

 シノは一瞬戸惑い、そして慌てて手紙を背中に隠した。

「あ、ごめん。ちょっと風に当たりたくて」

「なんだよそれ。いいから早く来いって。ドラムはお前じゃないと、曲にならないんだからさ」

 田宮の少し照れたような顔に、シノは薄く微笑み返す。

「うん、わかった。すぐ行く」

 彼が扉の向こうに消えると、シノは再び手紙に視線を落とした。視線がまた文字の上をさまよい、時間も空間もどこか遠くに消えていく。

 戻らなきゃ。 

 シノは手紙をそっと胸に抱きしめた。カイトの言葉だけが彼女を本当に守ってくれる。カイトの言う通りにすれば、きっと大丈夫。だって、今までだってそうだった。

「うん……全部うまくいく」

 静かな声でそう呟き、シノは目を閉じた。遠くで鳴るチャイムの音が、かすかに彼女の気を引いた。それでも、心はまだカイトの元に漂う。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 シノはその日、帰宅するなり、すぐに二階の自室に続く階段を駆け上がる。

「シノ、ごはんは?」

 母の落ち着いた声がして、シノは階段の途中で振り返った。彼女は神経質に眉を寄せ、エプロンで手を拭っている。

「いいよ、食べてきたから」

 シノは何食わぬ顔で嘘をついた。本当はお腹が空いているけれど、早く今日届いた手紙を読みたいのだ。そのことしか考えられない。こうしている今も、段々、お腹の底にイライラしたものがこみ上げてくる。

「どうして連絡してくれないの?」

 母の詰るような言葉に、シノは目を逸らした。

「……ごめん」

 母はため息をついた。

「いいわ。期待してないから」

 シノはもう返事をせず自室に戻り、少し大きな音を立てて扉を閉めた。
 お腹がざわざわする。シノは拳を強く握りしめてから、机に向かった。

 椅子に座り、届いたばかりの手紙を読み始める。部屋の明かりは消したまま、デスクライトだけを頼りに、カイトからの言葉を追う。

 いつもとは、少し違う書き出し。シノは背筋を伸ばす。
 手紙の文面は、まるで彼女の心を見透かしたかのようだった。

 ハッとして、シノは思わず手紙から目を離した。デスクライトの明かりが手紙に落とす影が、急に不気味に感じられる。

 机の上には文化祭で演奏する楽譜が散らばったまま。スマホには田宮からの未読メッセージが三件。練習をサボってしまった後ろめたさは、まだ心の片隅にあった。

 熱いものが込み上げてくるのを必死にこらえながら、シノはもう一度、震える手で手紙を持ち上げた。

 読み終えた瞬間、シノは言葉を失った。手紙を握る手が微かに震える。

「現実から……目を逸らしている? カイトと私の……星が離れ始めている? それってどういうこと……?」

 今日の出来事が浮かび上がる。田宮や友人たちの顔、文化祭の準備に追われるクラスメイトたち。でも、自分は彼らから距離を置いてしまっている。

「私、何をしているんだろう……」

 ベッドに腰を下ろし、シノは窓の外を見つめた。夜空には星が輝き、彼女に寄り添うように、燦然と輝いている。

「カイトは、私に前を向いてほしいんだ。でも……そうしないと、もう手紙を送ってくれないってこと?」

 彼女は手紙を胸に抱きしめ、辺りを見回した。

「ねぇ、カイト……聞こえてるの? お願い、そんなこと言わないで……いい子にするから、私のそばにいてよ」

 しんと静まり返った室内に、時計の秒針の音だけが落ちている。

 シノは、少し潤んでしまった目をこすり、立ち上がって机に座り直した。

 カイトに頼ってばかりじゃダメなんだ。

「明日はがんばらなきゃ」

 シノは手紙を大切に引き出しにしまい、楽譜を開いて真剣に見つめる。やるべきことが、今の彼女にははっきりと見えていた。

 夜風が窓を揺らし、わずかに開いた窓から冷たい風が吹き込む。シノは鼻をすすり、ページをめくった。

「カイト。私、頑張るから……だから、どうか見捨てないで」

 シノは縋るような声でつぶやいた。
 秒針の音だけが硬く落ちていく。


続きは、また来週の水曜日に更新します😊

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