ワンナイトを懇願され、真珠夫人になった話【途中まで無料】
※露骨な性的表現は含みません。
私が通っていたIT系専門学校の同級生に、ヒョウタ君という子がいた。二つ年下で、卒業当時20歳だったろうか。絵に描いたようなチャラ男だったが、素直で明るく、物怖じしないので、皆から好かれて「またヒョウタが馬鹿やってるよ」と笑われるようなキャラだった。
見た目はお笑い芸人の狩野英孝さんを若くした感じである。茶色く染めた長い髪をきれいに手入れしていた。
その子はあまり成績が良くなく、おせっかいな私は勉強を教えたり、ノートを見せてあげたりと世話を焼いていた。私は色々あって周囲より年上だったので、ふざけて「お姉さまとお呼び」などとクラス全員に言って回るイタイ女だったが、実際に赤面しながらお姉さまと呼んでくれたのはヒョウタ君だけである。いい子だ。
就職後も、ヒョウタ君とは最寄り駅が近かったこともあり、たまに通勤を共にするなど、良好な関係を築いていた。思ったことをそのまま言う子で、「YeKuさん、今日の香水いい香りッスね。俺そういうの好きです」などと、参考になる意見をよくくれる。裏表がないので私も構えず接することができる、数少ない相手だ。
そんな彼は、たまに、仕事終わり、「今日ごはんどうですか?」と連絡してくることがあった。
私は予定が合えば「いいよー」ということもあるし、「今日はむりー」ということもあった。緩い関係である。
――ここまで読んで、ヒョウタ君が私に気があるのではと思った方も居ると思う。
でもヒョウタ君には学生時代から同棲している彼女がいたし、それを隠してもいなかった。しかも彼氏が女性と食事に行っても全く気にしないタイプとのことだったので、安心して友達として付き合っていたのである。
そんなこんなで、いつものように夕食を共にした後、彼が自分の黒くてピカピカ光る、大きなバイクで送ってくれるという。ちょっと迷ったが、断るのも悪く、後ろに乗せてもらった。
バイクの後ろに乗るのは初めてだ。風は気持ちよいが、他人の運転に自分の命を託す感じがどうにも好きになれない。
しかもヒョウタ君は学生時代、トラックに撥ねられてコンビニの看板に突っ込むという洒落にならない事故を起こしている。奇跡的に無事だったから良かったものの、私が乗ってるときに同じように事故ったら、私だけ大けがするような気がする。なんとなく。
とはいえ運転にミスはなく、無事最寄り駅まで到着することができた。安心していると、「飲まない?」と誘われる。私は「彼女に悪くない?」と聞いたが、彼は「大丈夫」と言う。少し迷ったが、飲みたい気分だったこともあり、承諾した。
近所のバーに入り、適当に摘まみとお酒を頼む。
隣に腰かけたヒョウタ君はなぜかソワソワしていた。
「YeKuさん、最近彼氏とかどう?」
「いないねー。できる余地もないね。好きな人はいるけど」
「へえ、そうなんだ」
ヒョウタ君はゴクリとノドを鳴らし、やおらメニュー表を手に取った。
「もっと飲んでくださいよ」
「じゃあカルーアミルク飲む」
「良いっスね!!」
なぜかヒョウタ君は喜んでいる。
なんか今日変だな。
と思いつつも、カルーアミルクが運ばれてくると、私はゴクゴク飲んだ。甘くて美味しい。
ヒョウタ君はワクワクした様子で私を見ている。
「酔いました?」
私はグラスを置いて、ちらりとヒョウタ君を見る。なぜか顔が赤い。彼はビール一杯しか飲んでないはずだが。
カルーアミルクは口当たりがよく飲みやすいので、レディキラーに分類されることもあるカクテルだが、私は当時、酒豪で鳴らしていた。チャンポンしだすと危ういが、この程度で酔っぱらうことはない。
「このぐらいじゃ酔わないねー」
「酔わないのか―……」
ヒョウタ君はカウンターに肘をつき、頭を抱える。
「どうしたの……? なんか悩み?」
私はちょっと嫌な予感がしながらも、聞く。
その途端、ヒョウタ君はバッと顔を上げ、私の方に身を乗り出した。
「どうっすか、YeKuさん、今夜」
「……え?」
私はぽかんとした。まじまじとヒョウタ君を見る。真剣な表情である。
「……彼女いるでしょ」
「彼女は了承済なんで。俺たちそういうのお互いにフリーなんすよ」
はぁ???
私は開いた口がふさがらない。なんだその関係は。
「頼みますよYeKuさん! この通り!」
ヒョウタ君は頭を下げた。丁寧に整えられたつむじが見える。
そうか、裏表はないが下心はあったのか……男女の関係って難しいな……
私は遠くなる意識の中思った。
「いや……だからさ、好きな人いるから」
「大丈夫っす!」
何が??
頭の中はパニックである。なんでこんな状況になってるのか分からない。何を間違えたのか。夢を見ているのか。しかし目をこすっても、目の前には頭を下げているヒョウタ君がいる。
「いや、ちょっと……付き合ってない人と、そういうことするのは……」
私は後ろに身を引きながら断った。
「そんな固いこと言わず! この通りですから!」
彼はいよいよ両手をパンと合わせ、拝みだした。
ドン引きである。一体何が彼をここまで駆り立てるのか。
「なんでそんなに誘うの?」
「いやー、最近彼女以外としてなくて。あっちはあっちで好きにしてるし、俺も負けてられないって言うか」
なんだそれは。
ありえない理由に、天を仰いだ。場末のバーの薄暗い天井がある。見つめても、救いの天使は舞い降りない。誰か代わってくれ。
仕方なく、なんとか声を絞り出した。
「いや……無理だって……」
「そこを何とかお願いしますって! 俺じゃダメですか!?」
ヒョウタ君は頑なに頭を下げ続けている。
彼の要望を飲んで私になんのメリットがあるのか? 何もない。論外である。爛れている。
走馬灯のように、その時好きだった人の顔、昔の彼氏の顔などが過ぎっていった。奴らは何も助けにならない。
この期に及んで、私はこのクズのようなワンナイトの誘いをしてくるヒョウタ君を嫌いになれなかった。酔い潰すこともできず、真正面から頼んでくるあたりが彼らしい。
できれば嫌われたくないし、傷つけたくもない。
何とかして穏便に済ませたい。考えるんだ。何か手があるはず……!
時間にして数秒の間、目まぐるしい思考が私の脳内を駆け巡る。
※ここから有料ですが、本当に露骨な性的表現は含みません。ご了承ください。
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