【小説】消えゆく世界のエトワール(1)【月刊アートPJ】
カタカタ。
黒いセーラー服を着た少女が古びた部屋に佇み、色あせた星が散りばめられた缶を上下に振っている。彼女が缶を振るたびに、中から軽い音がする。
彼女――糸乃が好奇心に満ちた顔で缶をひっくり返すと、『〇×年10月31日に開けること』と色あせたテープが貼ってあった。
10月31日って、今日。
シノは缶をまた少し振りながら後ろを見た。
文化祭の準備で訪れた旧校舎の倉庫。古くて埃っぽい空気の中、クラスメイトの男子が文句を言いながら棚をガタガタと開けようとしている。
「ねぇ見てよ。これどう思う?」
シノが彼に声を掛けると、その男子は大げさに顔をしかめて彼女を見た。
彼は田宮という。袖の余った学ランを着ていて、背が低い。高二にしては幼い顔をしている。
「なんだよ。サボんなよ」
彼はキーキーと猿のように高い声を上げ、のしのしと彼女に近づいてくる。シノから缶を引ったくると、眉を上げて面白い顔をした。
「いわゆるタイムカプセルってやつじゃね?」
……タイムカプセル? 耳慣れない言葉に、シノは首を傾げた。
「ハッ。なんだよ知らないのか? 埋めたり隠しておいて、何年後かに開けるんだよ」
「ふーん……」
シノは缶を取り戻し、カラカラと振ってからおもむろに白い指先を缶のフタにかけ、キュッと捻る。
「あっ! 何してんだよ!」
田宮が口を『O』の形に変える。
カポン、と音がして蓋が外れ、中から白いものが滑り出した。シノはサッとしゃがみこみ、それをすかさずつまむ。
それは元は白かったと思われる、黄ばんだ封筒だった。シノがひっくり返して宛名を見ると――
「きっもい……」
シノは眉をぎゅっと寄せる。
そこには『三浦 糸乃様』と少し震えたような筆致で彼女自身の名前が書かれていた。
なぜ古びたタイムカプセルから出て来た手紙に、彼女自身の名前が書かれているのか。
田宮が覗き込み、同じように顔をしかめた。
「キッショ。捨てろよそんなもん」
しかしシノは顔に走った嫌悪感をすぐに和らげる。大胆な手つきで手紙の封を開け始めた。
田宮は信じられないという様子で少し身を引く。
「マジか……」
シノはクスクスと笑い、見せつけるようにゆっくりと封筒の中から便箋を一枚引きずり出した。田宮がドン引きする様子は何か心地よいものがある。
「怖いの?」
シノはまだ笑いながら、サッと手紙に目を通した。
なにこれ?
シノは少し寒気がしたように身を震わせる。手紙を捨てようとしたが、興味を引かれた様子でもう一度手紙に目を落とした。
……妹へ?
しかし、彼女に兄はいない。
新手のストーカーか何か?
と思いながらもなんとなく捨てられず、手の中で手紙をいじる。
「おい、いつまでやってるんだよ三浦。手伝えよ」
田宮が埃っぽい空気に咳をしながら彼女を呼ぶ。
シノは曖昧に返事をし、手紙を折りたたんでポケットに突っ込んだ。
✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩
その夜。
シノは自宅のリビングで両親と共に食卓を囲んでいた。
彼女はカジュアルなシャツとジーンズに着替えていて、背筋を伸ばして茶碗を持ち、ご飯を口に運んでいる。
シノはテレビを見ながら食事する両親の様子を伺い、さりげなさを装って尋ねる。
「そういえば、さ……うちって一人っ子だよね?」
母が真っ先に反応した。凍り付いたように体を強張らせ、少し緊張した素振りでシノの顔つきを探るように見る。
「……あら。なんでそんなこと聞くの?」
「ううん、別に。なんとなく気になって」
母は唇を一文字にしてシノを見下ろしている。
父はそんな母の様子を横目に見たが表情一つ変えずに目を逸らし、シノに向かって頷いた。
「ああ。実は双子だったんだよ」
「え!?」
シノは整えた眉を吊り上げ茶碗を置いた。
「何それ。なんで言ってくれなかったの?」
父はシノの反応が予想外だったようで、たじろぐ。
「いや……きっかけがなくて」
「それで、今どこにいるの?」
「お兄ちゃんはね」
母が急に冷たい声で割って入り、父に鋭い一瞥を送ってからシノを見つめる。
「あなたが生まれた時、亡くなったの」
「え……?」
シノは呆然とする。
「そうなんだ……」
それ以上何を言っていいのか分からない。
シノはわずかに寒さを感じ、身を縮めた。
「そうよ」
母は深く頷いて、それっきりわざとらしくテレビに視線を戻す。もう誰もその話題に触れようとはしなかった。
というわけで、ギリギリになってしまい、すみません💦
月刊アートPJの企画はなるべく短編にして一回で終わらせようと思っているのですが、ちょっと……限界を感じ、今回は分けてお送りします。
死んだはずの兄を名乗る謎の人物……何者なのでしょうか?😊
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