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【小説】消えゆく世界のエトワール(6/6)エピローグ【月刊アートPJ】

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~前回までのあらすじ~
高校2年生の女子生徒・シノ(三浦糸乃)は、ある日亡くなったはずの兄からの手紙を見つける。シノが手紙の予言に従うと、その日の帰り道に交通事故が起こるものの、シノは辛くも逃れる。手紙の主(カイト)が守ってくれたんだ… シノは確信していた。それからもカイトの手紙に従うと、次々と良いことが起こるようになり、シノはカイトに対する依存を深めていく。
しかし、ある日夢の中に現れたカイトは「僕が君を守ったことで、世界の均衡が崩れ出している。どちらかの世界が滅びなければ、もう一方の世界も崩壊してしまう」という衝撃の事実を語った。
話を聞いたシノは、「自分のせいで世界やカイトが消えてしまう」という事実に耐えきれず学校の屋上から飛び降りようとするが、クラスメイトの田宮に止められ、正気を取り戻す。

 シノは田宮が貸してくれたダウンジャケットを羽織り、うつむきながら歩いていた。田宮は彼女の少し前を歩いていて、時折チラリチラリとシノを振り向き、ついてきていることを確かめている。

「シノ!」

 商店街に差し掛かった時、エプロン姿のまま血相を変えた母が、サンダルをつっかけて駆け寄って来た。

 母は震える手でシノの頬に触れようとする。シノは少し顔をこわばらせた。田宮は心配そうに二人を見ている。

「ごめんね、ごめんね、シノ……。寒いの?」

 母は混乱した様子でシノの肩をしっかりと抱き、何度も腕をさする。その手つきは優しく、なだめるようで、シノは身震いした。

「大丈夫だよ……お母さん」

 シノはつぶやいた。

 母は何度もうなずき、田宮の方を見て頭を下げた。

「あなたが一緒にいてくれたのね。ありがとう」

「いや、俺は……見かけて追いかけただけだから」

 田宮はもごもご言いながら、ジーンズのポケットに手を突っ込んでそっぽを向いている。

「ありがとう、田宮。もう大丈夫だから」

 田宮と別れ、家に向かって歩き始める。母はシノの横を歩いているが、何か言いたそうに時折口を開けては、閉じていた。

「……お母さん」

「なぁに?」

 シノは手の中で、カイトからの手紙を握りしめた。

 私は一人じゃない。

 力強いカイトの言葉を思い出せば、向き合おうと思える。例え本当の家族じゃなくても、母は私の側にいてくれる人だった。私は思い切って尋ねた。

「私を引き取って……後悔してない?」

「シノ、そんなことない」

 母は立ち止まり、シノを柔らかく抱きしめた。

「あなたが小さなころ、どんなに可愛かったか」

「……今は?」

「今も、もちろん」

 シノは頷いて、母の抱擁から抜け出した。

「私のお兄ちゃんがどんな人だったか知ってる?」

 母は少し戸惑った様子でシノを見つめた。

「あなたと同じように、とても可愛い子だったのよ。二卵性の双子だったの。あとで、写真を見せてあげる」

「うん……ありがとう、お母さん」

 シノはうつむいて、帰路を歩む。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 家に帰ったシノがお風呂で体を温めて出てくると、まだテレビがつけっぱなしになっている。

「そういえば、ナントカ彗星が衝突するとかしないとか……どうなったんだろう」

 シノは長い髪をタオルで拭いながら、チャンネルを切り替えた。でも、どのチャンネルでも彗星の話はしていない。

 母がパタパタとスリッパを鳴らしながら歩み寄って来る。心配そうにシノの顔を覗き込んだ。

「シノ、どうしたの」

「ねぇ、あの……彗星はどうなったの? カタクリス彗星」

 母は奇妙な顔をした。

「なんの彗星?」

 突然、頭がぐらぐらし、目の前が暗くなるのを感じた。タオルを床に落とした。フラフラとした足取りで、慌てて自室に戻り、ベッドに腰を下ろす。落ち着かない手つきでスマホを取り出し、ネットニュースを調べる。

『カタクリス彗星 衝突』

 調べても、『カタクリス彗星は現在のところ、地球に衝突する恐れは無い』という情報しか出てこない。

「そんな――まさか――」

 シノは机に飛びつき、カイトの手紙をしまっていた机の引き出しを開けた。無い、無い――引き出しの中身を全部床にぶちまけても、何もない。

「うそ、うそ――嘘!」

 カイトとの思い出が蘇る中、どれだけ彼に依存していたのかを思い知らされる。痕跡も残さず彼が消えてしまったなんて。そんなことが起きていいはずがない。

 シノは、田宮から借りっぱなしのダウンジャケットのポケットを探した。星のマークがついた缶が出てくる。最初にカイトからの手紙が入っていた缶だ。でも、あんなにたくさんあったはずのカイトからの手紙は影も形もない。

 シノは叫び声を上げた。

 部屋のドアがノックされる。

「シノ、どうしたの? 何があったの?」

 シノはそれどころではなく、這いつくばって何度も何度もポケットの中を探した。

 どうして無くなってしまったのだろう。

 カイトの世界が消えてしまったという証なのだろうか。そしてカイト自身も?

 何も分からない――

 ただただ胸がつぶれたように苦しい――

「シノ!」

 大きな声を上げながら、母がシノの体を抱きしめる。シノは震え、逃れようと身をよじった。

「お母さんはここにいるよ。大丈夫よ、シノ」

「あ、あ……」

 頬に熱いものが触れて、初めて自分の頬を濡らす涙に気づいた。自分の体が自分のものじゃないみたい。ただ口を開けて、叫ぶことしかできない。

 君は一人じゃない。
 君はだいじょうぶだよ。

 突然押し込まれるように、つんざくような思考が頭の中で明滅する。

「私……私……お兄ちゃん……」

 シノは母に縋りつき、頭を母のお腹に押し付けて嗚咽した。

 それでも生きていかなきゃいけないんだ。
 それがカイトの命を賭けた望みなんだから――。

「シノ……」

 母がシノの背を撫でる。その温もりだけが今はシノをつなぎとめている。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 シノは数日間、ベッドから出られなかった。食事も喉を通らず、ただ天井を見つめているだけの日々が続いた。

 あれから、カイトの痕跡は何もない。全てが消えてしまった。まるで最初から、カイトはこの世にいなかったかのように。

「……カイトはもういないんだ」

 シノは天井を見つめ、絞り出すように呟いた。

「それでも、生きて行かなきゃいけないの……カイトがそれを望むから」

 三日後、ようやく登校できるようになる。

 シノは、カイトのことについて考えないようにしながら、放課後の音楽室で、淡々と文化祭の準備を進めていた。楽譜を見ながらドラムを叩き、リズムに没頭する。

 演奏中、ギターを奏でる田宮がチラチラと何か言いたそうにシノを見つめていた。曲が一段落すると、彼は意を決したように近づいてくる。

「……なぁ、何かあったらさ、言えよ。俺にでも、誰にでも」

 シノはドラムスティックを置いて、タオルで首筋の汗をぬぐった。

「田宮は覚えてるの? 手紙のこと」

 探るように見ると、田宮は少し戸惑うように表情を硬くしながら顎を引いた。

「ああ……雪みたいに降って来たよな。覚えてる」

 シノは頷いて答え、制服についたありもしない皺を伸ばした。

「……なんでもさ。続けないといけないんだ」

「は?」

「続けるんだ。とにかく。毎日。一分、一秒。息をするのも辛くても。私を生かしてくれる誰かのために、ただ、続けるしかないの」

 シノは田宮が「意味わかんねー」と言うだろうと思っていたが、田宮は少し不満げに唇を尖らせ、腕を組んでみせた。

「ふーん……いいじゃん。それ、どっかに書いといたらどうだ? ほら、受験勉強ん時だって、壁に『合格』とか書いて貼るだろ。そんなの」

 シノは 窓の外の薄暮を見つめた。もうこの空から、手紙が降ってくることはないだろう。けれどやがて現れる星々は、シノ自身の未来を照らすかもしれない。シノ自身がカイトの代わりに星々を追う道を進む未来なんていうのも、いいのかもしれない。

「そうだね……それに、今はこうでも……明日は今日より、いい日になるかもしれない」

「当たり前だろ」

 田宮は何気なく言って鼻から息を漏らし、少し弾む足取りで離れていく。

「単純すぎ」

 シノはバカバカしくなって、笑った。明るい笑い声が響き渡る。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 さらに数日が過ぎた頃。

 シノは重たい足取りで旧校舎へと向かった。胸の内にある想いを整理するように、ゆっくりと階段を上っていく。踏むたびに古びた床がきしみ、悲鳴を上げるようだ。

 二枚の便箋を握りしめ、あの始まりの倉庫に足を踏み入れる。そこは以前と変わらず、埃っぽく雑然としていた。

「カイト……もういないんだね」

 シノはポケットから、星のマークのついた缶を取り出した。

 カイトの痕跡が全て消えても、この缶だけは手元に残った。もしかすると、この缶だけはもともとシノの世界に存在していたものなのかもしれない。

 シノは握りしめていた便箋をそっと開き、中の手紙を確かめた。

 三浦糸乃

 明日も、明後日も、その次の日も、ずっとずっと、精いっぱい、生きて行こう。

 もう予言は無いから、未来に何が起きるか分からないけれど。

 彼が教えてくれたんだ。

 私たちは、きっと自分でも知らない所で、誰かから見守られ、望まれて生きている。私が生きているのは私のためだけじゃないんだって。

 誰かが誰かを想う願い。それは過去にも、未来にも、ずっとそこにあって、繋がり合い、輝く。夜空に連なる星座のように。

 命を賭けて私を生かしてくれた彼が、きっとどこか遠い世界で、まだ私を想ってくれていると信じてる。

 だから、三浦糸乃。 諦めそうになったら、何度でもここに戻って来よう。そして、何度でも、ここからもう一度始めよう。

 何度でも、何度でも、立ち上がろう。きっとそれができるはずだ。 あなたは、たった一人、カイトの愛した妹なんだから。

 シノはその手紙を丁寧に畳み、缶の中に入れ、きゅっと蓋を捻って閉じた。それから優しい手つきで、缶を元あった棚の中に戻す。

「おい、いい加減にしろって。リハ、始まるぞ」

 田宮が戸口からひょっこりと顔を出した。足音がしなかったところを見ると、しばらく前からここにいたのかもしれない。

「あ、うん……」

 シノは缶を入れた古い棚を一度だけ振り向いて、それから田宮の後を追った。

 もう二度と振り返らなかった。

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

 数年後――

✩˖°⌖.꙳✩˖°⌖.꙳✩

「三浦さん、C/2023 L5彗星の観測だけど、準備はどうだね?」

 夜の10時、観測室のドアをノックする音に、シノはパソコンの画面から顔を上げた。指導教員の教授が、優しい笑顔で立っている。

「はい、先生。今夜の観測データの処理プログラムも確認済みです。 山田先生と共同で使う反射望遠鏡、準備は順調みたいですね」

 シノが特別共同利用研究員として国立天文台で働き始めて3ヶ月。大学院の研究テーマである彗星観測も、少しずつ軌道に乗り始めていた。今夜は、C/2023 L5彗星――かつて『カタクリス彗星』として知られていた彗星の尾の分光観測を行う予定だ。

「うん、山田君から連絡があったよ。望遠鏡の状態も良好らしい。C/2023 L5は、予想よりも尾が長く伸びてきてるから、詳細な構造まで捉えられるといいな」

 教授の言葉に、シノは顔を明るくし、期待に胸を膨らませた。

「ありがとうございます、先生! がんばります!」

 シノは教授と共に、観測室を出て、通路の先にある望遠鏡のドームへと向かった。ドームの扉が開くと、巨大な望遠鏡が静かに夜空を見上げていた。

 シノは目を細め、星々を見上げる。

 今でも星を見ると、かつて死んだはずの兄と交わした不思議な交流のことを思い出す。それはいまだに色あせず、彼女の胸を温め、勇気をくれる。だからこそシノは星やその動きに愛着を持ち、この道を選んだのだ。

 今も夜空を見上げると、ふと風に乗るように、優しい兄のささやきが聞こえてくるような気がした。

「お、流星だ」

 教授が身を乗り出す。

 輝く流れ星は夜空を横切って、瞬くように消えて行った。

「見ていてくれるんだね」

 シノは口の中で小さくつぶやき、微笑んだ。

 そう。これからも、人生に何が起きるか分からない。けれど星々を見上げれば、その優しい眼差しが途絶えることはない。

 かつてもずっとそこにあり、これからも、ずっとそこにあるだろう。

 彼の温もりと共に。


以上を持って、「消えゆく世界のエトワール」は完結になります。6週間に渡る連載にお付き合い、ありがとうございました。また、スキやご感想も大変励みになりました。

創作メモ(メンバー限定)

次週は11月分の月刊アートPJの未消化分(※また小説)です。またお楽しみいただけると嬉しいです。

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YeKu@エッセイとか書いてる
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