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【読書記録】僕の人生には事件が起きない

「日々笑いを追求している芸人さんのエッセイなら、文章力を鍛える参考になるに違いない」

そんな短絡的な思考でこの本を手に取ったわけですが、読み進めていくうちに「なんかわかる気がする…」と「そうはならんやろ」の渦に飲み込まれ、読み終わるころには、

日常生活に違和感や疑問を持ち、想像を巡らせてみる。30代、独身一人暮らし、相方の陰に隠れがちなお笑い芸人がどんなことを考えながら日々の生活を送っているのか。やはり特別な事件は起こっていないかもしれないが、どうかこれを読んだ後、平々凡々な日常を送っていると思った人でも、少しでもそれを楽しめるようになってもらえたらと思う。

同著「はじめに」より

…という著者の思惑にまんまとハマっているのでした。


ピンときていない人のために簡単にお伝えしておくと、著者・岩井勇気さんは、2005年に相方の澤部佑さんとお笑いコンビ「ハライチ」を結成し、ボケとネタ作りを担当しています。

「ハライチ」というコンビ名は出身地である埼玉県上尾市大字原市という地名に由来するそうですが、なんと澤部さんとは幼稚園からの幼馴染だというので驚きです。

最近だと、18歳差の奥様との結婚報道が話題になりましたね。

著者は、容赦なく正論を吐く毒舌キャラクター(いわゆる「腐りキャラ」)が特徴的で、今回の著書『僕の人生には~』も例にもれず、腐り要素満載の"腐り本"(というジャンルがあるかはわかりませんが)となっています。

また、こんなに語っておいてなんですが、特にわたしはハライチの熱狂的なファンというわけではありません。念のため。


「家の庭を"死の庭"にしてしまうところだった」「ルイ・ヴィトンの7階にいる白いペンギンを見張る人」など、魅力的なタイトルが並ぶ同著ですが、今回はその中から「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」を紹介させてください。

話の内容をざっくり説明すると、

筆者はのどを痛めたため、水筒にハチミツ生姜湯を入れて持ち歩き、こまめに飲んでケアしていた。
ある日、あんかけラーメンにハマった彼は、そのスープを水筒に入れて持ち歩くというアイデアを思いつく。
こうして彼は、不特定の場所であんかけラーメンの汁を飲むという、ちょっと変わった日常を楽しむようになった。

という、これだけ聞いたら「なるほど、変わった人なんだな」という話でしかないのですが、おすすめしたいのは著者が街中であんかけラーメンの汁を飲むときの描写です。

歩いて駅に向かい、駅のホームに着き、電車を待つ。そして電車を待っている最中、僕はバッグからおもむろに水筒を取り出し、あんかけラーメンの汁を飲んだのだ。(中略)駅のホームという公共の場であんかけラーメンの汁を飲むという、僕だけが感じている非日常が、また1つのスパイスになり美味しさを増幅させている気がした。

同著「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」より

目的の駅で降り、歩いてホームセンターに向かう途中の交差点で、信号を待った。待っているあいだ、僕は再びバッグから水筒を出し、あんかけラーメンの汁を飲んだ。(中略)まさか向こう側で信号を待っている人も、僕が交差点であんかけラーメンの汁を飲むという異常な行為に及んでいるとは思わないだろう。屋外の、こんな人目につく交差点で何かとんでもないことをしている気持ちになっていた。

同著「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」より

20代後半くらいの女性店員がレジを打ち、お会計が済んだ後、買った皿を1枚1枚割れないように包装してくれた。その少しの待ち時間、僕はまたしてもバッグから水筒を取り出し、あんかけラーメンの汁を飲んだのだ。(中略)不特定多数の視線を感じながら飲むのとはまた違い、特定の人物に見られていると確信しながら飲むのも、それはそれでまた興奮するのだった。

同著「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」より

天気の良い昼間の公園は、子供とその母親達で賑わっていて幸せな空気が流れていた。僕は空いているベンチに腰をかけ、流れる雲を見ながらじっと座っていた。そしてもちろん、ゆっくりとバッグから水筒を取り出し、あんかけラーメンの汁を飲んだのだ。
子供達は広場で遊び、母親達はそれを微笑ましく見ながら談笑している。そしてベンチに座っている男は水筒の中のあんかけラーメンの汁を飲んでいる……。(中略)たまに子供達を凝視しながら飲んだ。この行為が何なのかと聞かれたらわからないが、確実に背徳感に似た感覚を覚えていた。

同著「あんかけラーメンの汁を持ち歩くと」より

まさに狂気。

水筒の中身が綾鷹でもスターバックスのコーヒーでもなく、あんかけラーメンの汁(しかも袋麺に付属しているスープの粉をお湯で溶いたもの)というだけでも絶妙に気持ち悪いのに、さらにそれをあえて公衆の面前で飲むことで、非日常の内側に身を置き、そこから日常を見ながら悦に入っているのです。

もう気持ち悪さを通り越して、ある種の恐怖すら感じます。

繰り返される「バッグから水筒を取り出し、あんかけラーメンの汁を飲んだのだ」のフレーズが、もはやそういう音楽のサビのように聞こえてきます。米津玄師さんあたりが曲にしてくれたら、とんでもなく叙情的な感じになりそうですね。

タイトルは「ANKAKE(アンカケ)」でしょうか。「ANTHEM(アンセム)」みたいで良いですね。

単純に「いや、あんかけラーメンの汁飲みすぎじゃね?」とも思いますが。


『僕の人生には事件が起きない』は、「何も面白いことなんてない、と人生をつまらなく生きるのはもったいない。ちょっと角度を変えてみるだけで、尖った面白さがこんなに顔を出すのだから」という著者からのメッセージのように思います。

「ちょっと角度を変えてみる」のが難しいと感じている方。
日常から切り出された、思わずにやりとしてしまうようなエッジのきいた笑いに触れたい方。

ぜひ、ご一読ください。

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