むかつくということ|「ということ。」第8回
私はいつも何かに、ちょっとだけむかついている。
例えば、捨てるに捨てられないポストカードや、お湯しか沸かせないくせに気づくとべたべたになっているヤカンに。あとは、口では調子のいいことを言っておきながら浅薄な行動をする男や、意思疎通の叶わないあの人とか。「短気なの?」といわれると、「そうじゃない」と思う。
「そうじゃない」んだけれど。でも。
怒っているわけじゃない。ましてや憎んでもいない。ただ、ちょっと、ほんのちょっとむかつくだけなんだ。癪にさわる、って言葉が近いかもしれない感覚。思い通りにならない(できない)ことに対して、惨めな気持ちにすらなって。その惨めさやきまり悪さを隠すように、むかついてしまう。ちりちりと、心臓の端っこを炙られているようなイメージで、それでも焦げきらない細胞に、嫌気がさすくらいの。
かっこ悪いんだ。自分のかっこ悪いことを認められないダサさを、それすらも認められない幼さを、隠しきれずにいるのだから。
むかついている時の自分はまるで何かと戦っているみたいに、それでいて泣きそうな気持ちでいる。例えるなら、セーラー服を着て、長い黒髪を高く一つにくくり、強い強い向かい風に向かって一歩ずつ歩いているような感じなんだ。心細くて、瑞々しい。ちりちりとした炎に焼かれてもうろたえないだけの、水分。
つまるところ、何にもむかつかなくなった時は、きっと私が枯れた時なんだ。
今日も私はむかついている。
一輪の花もない自分の部屋に、もう吹けなくなった管楽器に、昨晩干し忘れた洗濯物に、現れない運命の人に、どっかへ消えた双子の片割れに。
無事、むかついている。