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I'm thinking ...

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「Thinking」では、 日常生活で感じたこと働いていて考えたことなど ひとりごとを書いています。
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#コラム

一人も二人も選べないならどうしようか

自分はいつまで経っても逃げている。その先に今の自分が知らない幸せがあることに薄々気づいているのに。 急に、ふと、家族がほしいと思った。急に周りが結婚したとか子供が生まれたとかじゃない。そんなのは20代に入ってから定期的にあった波だ。考えられる理由はすごくありきたりで、自分が30を目前にしたからだろう。 仕事もそこそこで、趣味もそこそこで、楽しかった日々になんとなく寂しさを感じた。というより寂しいということをやっと認めたんだろう。 ちょっと気持ちが変わったからといって、錆

孤独を求めてしまうこと

人並みに傷ついて大人になったし、振り返ってみれば傷跡も見えるけれど、そのどれも今思い返してみると大したことなかったようにも思う。 でも気付けば人を信用できない人間になっていたし、フィーリングが合う人に出会ってもその後の悲しい結末を勝手に予測してそれ以上踏み込まないようにした。だから友達は少ない方だ。 今日急に体調を崩して今日のうちに気付く人は誰もいないだろう。もし万が一のことがあっても知れるのは最速で月曜日。最初に気付くのはきっと会社の上司だ。もしくは、気を遣って連絡を控

イメージを剥がしていく

褒め言葉をもらった時に、 素直に喜べなくなったのはいつからだっけ。 子供?学生?の頃は褒められるのが好きだったはず。 親や親戚に「心優しい子ね」と言われたら嬉しかったし、 先生に「クラスをまとめてくれる」と言われたら誇らしかったし、 友達に「君がいると盛り上がる」と言われれば自慢げだった。 どの言葉も前向きに受け取っていた。 いつからだろう。 人の言葉に縛られるようになったのは。 仕事ができる 責任感がある 完璧主義者 気遣いができる 歳を重ねるごとに褒め言

結婚の是非を問いたいわけじゃない

結婚しないかもしれない。 そんな気持ちを持ったのはいつからだろう。 父と母の離婚がきっかけ? それよりもっと前から感じていたような気もする。 「いつ結婚するの?」 「いい人いないの?」 いつだってこちらが結婚したいことが前提だ。 結婚したいのにいい相手が見つからない、 なんて一度も言っていないのに。 こんなことを言うと、 「負け惜しみだ」 「僻みだ」 そう言う人もいる。 いつだって結婚している人は羨まれる対象だ。 どんなに僕が今に満足していても。

思いのままにあるがまま

言葉にするのが好きだった。 形にならない想いが報われるような気がしたから。 でも気付いたら言葉にすることを避けていた。 本当の自分を誰にも見せないように、 自分自身にさえも隠していたかったのかもしれない。 「なぜ決めつけるのだろうか」 僕は人に心を許すのが苦手だ。 人を信頼するのが怖い。 最初から浅い関係を選べば深く傷つくこともない。 人は裏切る。 最後はきっと一人になる。 コミュニケーション能力は高い方だと思う。 人見知りもしない方だ。 でも心を開け

分からないから走ろう

転職して10か月。 土日祝は基本的に休みだし、定時に上がれるし、残業したらきちんと残業代が出る。 給料だって上がった。 誰がどう見たって転職に成功した。 でもなんだろうこの気持ち。 もやもやする。 前職で疲弊して消えたくなったあの日々より明らかに心は軽くなったし、健康的な毎日も手に入れた。 好きな人たちに会う時間もできたし、趣味の時間も作れてる。 何が不満だ。 具体的には出てこない。 じゃあなんでこんなにもやもやするんだ。 分からない。 会社で今年度の

好きなように咲けばいいし咲かなくてもいい

人はみんな花だ とした場合。 いろんな種類があるし、それぞれの咲くタイミングがある。 同じように各々に合う肥料がある。 なのに綺麗に咲く花を見ては嫉妬し、自分には合わないことに気付かずに誰かの肥料を真似して、同じように咲けないと嘆く。 趣味が肥料の人もいれば、仕事が肥料の人もいるし、恋愛が肥料の人もいれば、一人が肥料の人もいる。 自分に合う肥料を見つけることが難しい。 でも肥料の前にまずは水が必要だ。 じゃあ水はなんなのか。 今のありのままの自分を自分が認め

自ら来たのか流れ着いたのか

夢があった。 正確に言うと、あった"はず" だ。 でも逃げたのは自分だ。 ふと、本当にそうするしかなかったのか考える。 考えるとまた苦しくなってくる。 そもそも僕が向かっていたそこは本当に行きたい場所(=夢)だったのか? 夢という不確かなものに向かっていた僕はいつの間にか前に進むことよりも溺れないことに必死になっていた。 そんな時にちょうど目の前に現れた島は心地良さそうに見えた。 いざ上陸してみたら本当に住みやすかった。 過ごして半年、ふと回りを見渡したら元

27歳の僕がこわいもの

海底。 幽霊。 鋭利なもの。 歯医者の音。 そして、 半年に一回の血液検査。 2019年、会社の健康診断で肝臓E判定と出た。 大きな病気をしたことはない。 不健康な生活… それには少し心当たりがあった。 当時、自分の心が崩れる音が聞こえるような辛いことが起こった。 現実から逃げる方法を仕事とお酒しか知らなかった僕は、毎日ヘトヘトになるまで働いて、フラフラになるまでアルコールを体に流し込む生活をしていた。 そういえば検診前日の夕飯もチャーハンと瓶ビールだ

ポジティブ訓練

受験生の時だろうか、Twitterで見た言葉に凄く影響を受けた。 10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。 じゃあ今やり直せよ。未来を。 10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。 ファンタジーやSF映画好きの自分にぴったりの言葉だった。 事あるごとにこの言葉を思い出しては、知りもしない未来を蔑んで、あんな未来にしたくないだろ踏ん張れ、なんて心の中で呟いていた。 根がネガティブな割に、こういう「THE ポ

僕が君に助けてもらった話

この仕事が大好きだ。 そうやって自分に言い聞かせるようになったのはいつからだっただろう。 学生時代に巡り合った映画の影響で進んだ道。 毎日が新鮮で、刺激的で、自分の思った通りに事が進むことの方が少なくて、それが面白かった。 でもそんな毎日は数年経つと捉え方が変わった。 新鮮さは心にストレスを与え、刺激は体を疲弊させ、計画外の出来事には頭を抱えた。 それでも僕は自分に言い続けた。 僕はこの仕事が好き。 たまに訪れる嬉しさや達成感も僕の感覚を麻痺させる手伝いをした

知らない先生の授業を受けた朝

テレビを観ている夢を見た。 50代くらいの男性中学教師に密着する番組。 その先生は少し白髪が混じっていて、 おしゃれとはいい難い古風な眼鏡をかける 優しい顔つきの先生だった。 どうすれば飽きない授業ができるか、 生徒に寄り添った授業をするから慕われていた。 ある日の授業で先生は言った。 これからは見てもらう授業はやめる、 君たちには推察する力を持ってほしい。 みんな何を言っているのかわからない というような顔で先生を見ていた。 授業が終わり、 一人の学生が先生に近

最初にブルーを選べば誰ともかぶらないでしょ?

ある女の子の話です。 彼女は少し泣き虫でした。くりくりした目に大粒の涙を溜めて、この世の終わりぐらい悲しそうに泣く姿は彼女のお兄ちゃんそっくり。 でもそんな泣き虫ガールを卒業すると、女の子特有の社交性を発揮し、あっという間に「見て聞いてガール」になっていました。 ある日、好きな色の話になりました。 1人の女の子が「ピンク」と答えると、まだ幼稚園生だった彼女は「ピンク好きだけど、幼稚園ではブルーって言うの」と答えたのです。 どうして?と僕が聞くと、彼女は少し勝ち誇った

父と僕を繋いださくらんぼの詩

昨夜Twitterを見ていると馴染みのある名前が目に飛び込んできました。 閉まっていた感情が一瞬にして蘇って、感情を言葉にせずにはいられませんでした。 父の書斎にはお菓子BOXというものがありました。 高い本棚の上に置いてあるため僕や妹の背では届かず、それはそれは特別輝いて見えました。 ご飯ができて父を呼びに行ったり、母に頼まれて何かを渡しに行った時、にやにやしながら箱を指差しせがみました。 父がくれるお菓子はチョコレートやクッキーなど甘いものが多かったのですが、常