【第三世代フェミニストの弾薬庫】「位相幾何学(Topology)だよ、ワトソン君」
そう、位相幾何学(Topology)といえば「ドーナツとマグカップは同相(Homeomorphic=位相同型)」で有名なアレですね。
以下の投稿で言及した「窃接願望=窃視願望+接触願望」もまた「二つの端点を結ぶ直線の集合」なる定義においてユークリッド幾何学における直線、非ユークリッド幾何学におけるリーマン球面と同相であり、かつ「表面からの観察結果における人間の身体部位の分類集合」という意味合いにおいて「筋肉照覧願望」「くすぐられたい願望」と同相となリます。
なんと人間の身体意識が球面座標系(二次元極座標系)に単純化されてしまいました。まるで「脳内の小人」みたいですね。
ただし私のモデルでは窃接願望と筋肉照覧願望と皮膚感覚が同じ「表面からの観察結果における人間の身体部位の分類集合」を共有しているので、浮かび上がってくる身体はただ1個のみ。
それはとりあえず「肩」「背中」「腹」といった名義尺度(Nominal Scale)における検出しか許さず、従って以下の統計尺度概念における単極球状体(Monopolar Sphere)しか構成しない。
逆をいえば
それをとりあえず「肩」とか「首筋」とか「脇の下」といった部位に分けて考える事は出来るが、同時にそれらは全て皮膚の表面において連続しており、そう簡単には(ダミー変数的に「男でなければ女」「犬でも猫でもなければ狸」といった排他的峻別が可能である事を前提とする)分類尺度(Classification Scale)を構成してはくれない。
くだけた言い方をすると…
なんとなく「乳首と股間の中間といえば臍(へそ)あたり」とか「乳首→右肩→背中→左脇腹→下腹部→股間というルートは、乳首→左肩→背中→右脇腹→下腹部→股間に至るルートと対応してそう」とはいえる。
ただしこの考え方のそのままの延長線上に、自明の場合として非ユークリッド幾何学の数理が要求する「半径1の赤道園」や「各直線間における共軛関係」の様な厳密解が現れる事はない。
という話です。まぁCTスキャンみたいに無理やり輪切りにして繋ぎ合わせたりMCMC法といった確率積分の技法を用いれば全く不可能でもないのですが、そういうアプローチは「可換である保証すらない」エロティズム解析にはあまり役立ちません。なにしろ自明の場合として「愛撫の経路は非可換」ですしねぇ…(詳細は後述)。
女性の性欲はプログラマブル。でも本当にそれは女性だけ?
ここでさらに話をややこしクするのが「4億の検索ワーズ、数十万の官能小説、4万のアダルトサイトからのデータマイニング結果」を情報源に二人の認知神経科学者が男と女とゲイの「知られざる欲望」を解明したとされる「性欲の科学(2012年)」における結論。なんと(男性と異なり)脳の意識的な興奮と、体の無意識な(あるいは半無意識な)興奮は必ずしも一致するとは限らず、どうやらその連携内容自体がある種の学習によって形成される様なのです。
なんだか機械学習アルゴリズムを支える分布意味論とか、人格心理学のビッグファイブ理論を支える語彙仮説といった最新展開に結びついてきそうな話だと思いませんか?
こういう話を2010年代Tumbrに陣取っていた第三世代フェミニストの姉様達はポジティブに捉え「自分の性壁を自分の思い通りにデザインしよう!!」と気炎を上げていた訳です。そこで話題になったのが「意中の人に耳の裏側に吐息を掛けられてゾクっとする気持ちに男も女もあるか」「乳首の感度だって男と女でそんなに大差ある訳でもない」「そもそもおっぱいを揉まれるより脇腹を撫でられた方が効くし、それは男も同じ」なる観点。
上掲の「皮膚感覚エロティズム」においては男女差より学習差の方が大きいと想定される。
なのにどうして(それこそ「性欲の科学」に列記されている様な)違いが生じてくるのか。やはり「チンチンで考えてる」せいなのか?
この問題意識のせいで、私の様なしがない「小娘向けエロ画像Digger」まである種のイデオロギー闘争に巻き込まれる展開を迎えたのです。何しろ小娘達からのインプレッション集めに特化した投稿スタイルは、奇しくも完全にここでいう「皮膚感覚エロティズム」に根差したものであり…
上掲の「自明の場合として愛撫の経路は非可換」はこうした状況の例示で十分と考える。
それはまさしく当時Tumbrに横溢していた「チンチン系コンテンツ」を丁寧に除去する事によって成立していたのでした。
こうした状況下、第三世代フェミニストの姉様達が私達に飛ばしたアジの一つが忘れられません。「まずは拳を握って反対側の手でその手首を握れ。次いで握り拳を解いて開いたり閉じたりしてみろ。反対側の手が感じる手首の動きが女性側の身体感覚で、後は当人の気持ちの昂り次第となる。お前らの働きは(少女漫画同様に)後者を助ける。驕らず精進せよ」。まさしくそれは以下の方針による振る舞いの一つの到達点でもあったという次第。
思えば私のチンチンはあの時以来、彼女達に握られたままとも…
フェミニストにも色々な流派がありますが、少なくとも私が今なお信奉し続けているのはこの流派のみという次第。そんな感じで以下続報…