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誰も幸せにならないスラップ査読

 論文査読という言葉を聞いたことがあるだろうか?この査読とは,学術論文や研究成果を学術雑誌や会議で発表する際に行われる専門的な評価プロセスのことを指します。匿名の複数人の論文の内容を理解して講評できる研究者が選ばれ,論文の内容へのフィードバックを行います。そして著者はそのフィードバックに適宜対応して論文を修正していき,査読者および編集者の判断で論文採否が決まります。

 この査読プロセスにおいて,昨今感じるのは,スラップ査読です。これは私の造語ですが,スラップ訴訟を元につくったもので,査読本来の研究内容の質や信頼性の担保とはあまり関係のない修正依頼を過剰に要求することで,論文が実質掲載されないように妨害するような査読を意味してつくりました。特に,学生が筆頭の論文や,科研費等での補助での研究の場合,その論文が採択される時期も重要です。著者が卒業や修了することや,研究費の期間が過ぎると,論文掲載料を支払うことができなくなる可能性もあるからです。
 今回は,スラップ査読ってどいういうことがいいたいの?そして何を問題視しているかを説明させてください。


査読とそのプロセスとは?

 学術論文や研究成果を学術雑誌や会議で発表する際に行われる専門的な評価プロセスのことを指します。英語では「peer review」と呼ばれます。このプロセスでは、同じ分野の専門家が論文の内容を確認し、その正確性、信頼性、独自性、意義、そして構成の妥当性を評価します。
査読の目的

  1. 研究の質の保証
    提出された研究が科学的に正確で、再現性があり、信頼できるかの確認。

  2. 研究の独自性の確認
    提出された研究が新しい知見を提供しているか、既存の研究の単なる繰り返しではないかの確認。

  3. 読者への信頼性の提供
    査読通過した論文は、専門家による評価を経ており、一定以上の基準を満たせる。

  4. 研究倫理の確認
    捏造、改ざん、盗用といった研究不正が含まれていないかの確認。

 具体的な査読のプロセスは以下です。なお,論文を投稿する学会によって対応は異なります。
 

査読のプロセス

  1. 論文の投稿 著者が学術雑誌や会議に論文を提出します。

  2. 編集者による初期チェック
    編集者が論文の基本的な適合性,つまりテーマが雑誌に合っているかなどを確認。

  3. 査読者の選定
    編集者が分野の専門家を複数人の査読者を選ぶ。

  4. 査読者による評価

  5. フィードバックの提供
     査読者がコメントや修正提案を編集者を通じて著者に伝える。論文投稿時より3か月から6か月程度で1回目のフィードバックがくる場合が多い。分野によっては1年かかる場合もあります。

  6. 著者による論文の修正                        査読者からのフィードバックに基づき、著者は論文を修正します。フィードバックを受けてから2週間~1か月程度の期間で修正を求められる場合が多い。特集号などの場合は論文掲載日が決まっているので,修正期間が短い場合もある。

  7. 最終判断
     修正後の論文が再評価され、最終的に「採択(accept)」または「却下(reject)」が決定。

 

ところで,査読者はお金がもらえるの?

 学術論文は,投稿する人がお金を払い,論文を読む人もまたお金を払うというシステム。論文を査読する査読者は,基本的にお金は貰えません。論文を出すと複数人の査読者が論文を読んで査読してくれるわけだから,論文を出した本数の倍以上は査読を自身も引き受けるべきといえます。そうやって学術界は,より確かな研究成果を世界に発信している。査読者は,同分野の研究者であるため,自身が出している論文数の倍よりもはるかに多い論文査読を引き受けているとすれば,それはその分野をもりあげるため,あるいは後進育成等の意味でもある意味ボランティアで行うという場合が多い。
 
 

そもそもスラップ訴訟とは?

 スラップ訴訟(SLAPP:Strategic Lawsuit Against Public Participation)とは、公共の利益を守るための発言や行動を行った個人や団体を妨害する目的で提起される訴訟のことです。主に企業や権力者が批判者を威圧し、表現の自由を抑圧する手段として利用します。このような訴訟は、たとえ法的に勝つ見込みが薄くても、訴えられた側に精神的・経済的負担を強いることが狙いです。スラップ訴訟は、民主主義社会において重要な市民の権利を侵害するため、多くの国でその対策や規制が議論されています。
 

スラップ査読

  スラップ査読と勝手に言っているが,あえてこういう強い言葉を使うことにした。このスラップ査読とはどういうものかというと,論文内容の主訴への指摘などではない以下のよう指摘を過剰に行うものです。

1)(好みのレベルの)書式や表現方法,図や表の修正の要求

 ⇒特に修正に時間がかかるような図表や文章の書きなおしの要求。

2)具体性のないフィードバック

 ⇒例えば:「1章の12~15行目の記載がわからない。」「2.1節の内容はおかしい。」

3)n回目の査読時に,初じめての質問を追加する

 ⇒ 通常査読では,2回目3回目などn回目に行える質問は,n-1回目より前の査読で指摘した内容にかかわるもののみ。しかし,2回目3回目に多数の新しい質問を追加してきて,おわりがない。

4)賛成とも反対ともとれる曖昧な立場のフィードバック。

 ⇒ 賛成とも反対ともとれるFBで,どちらのスタンスで査読修正しても,反対の意図だったと再度フィードバックしてくる。つまり査読回数を増やす目的の質問。

6)学会の論文投稿規定にない査読者独自ルールのおしつけ。

⇒ 書き換えの負担がかかる。あるいは,そのFBがおかしいと編集員会に確認するなどの手間がかかる。
 

7)論文掲載内容を完全否定するも,その論拠(エビデンス)は示さない。

 ⇒ 一番多いスラップ査読がこれだと考えます。論文の各所に,「3.2節はおかしい。図5は間違えている。」など何がどう間違えているか,そしてそれが何故間違いであると言えるかのエビデンスを示さずに,多数の批判コメントをしてくる査読である。それが1か所エビデンスをつけ忘れたとか,論拠が不足しているなどではなく,そいう根拠のない批判(疑問)を10も20も質問してくるような場合である。 このような査読にまともに修正回答しても,そもそもエビデンスのない曖昧な批判のため,落としどころがない。殆どの場合,次の2回目の査読にて,査読回答の内容に対して違う方向から批判がくる。そのため査読回数や説明がどんどん増える。

8)本来は必要のないレベルの詳細な背景説明や文献レビューの追加の要求。

 ⇒ 論文は6枚や10枚など枚数にその学会誌の標準枚数が決められている。そのため,背景についての説明についても、おのずと記載できるページ数が決まる。しかし,3枚も4枚も背景の説明が必要になるような多数の文献の追加を要求してくる査読者がいる。適切な論文を教えてくれる素晴らしい査読をしてくれる先生がたとは違い,こういった場合は本人もその文献を知らない。つまり「当該箇所は間違えているので,正しい文献があるはずだから追加してください」のような指摘を多数してくるが,具体的に参考となる文研を1つも提示してこないのである。著者が意図を組んで文献を探してレビューと引用を追加しても,次の査読で「その文献じゃあ文献として不十分」などとまた曖昧な指摘で再度その文献に言いがかりをつけてくる。目的が論文の質の向上ではないので,終わりがない。

なぜ,上記のようなスラップ査読がおきるのか?最近増えのだろうか?

1)査読のやりかたを知らない

 これは悪意がないので,いたしかたない。単純に査読したことがなくやり方がわからないし,それを相談する相手もいない状態で査読をしている場合です。大抵の場合は初回の査読修正対応の際に,査読内容がわからない理由を説明すれば,2回目は具体的な査読のみがき,問題なくすすむ印象。しかし残念ながら一定数が,不適切な上記のような査読を再度繰り返してくる場合があります。このような場合はスラップ査読だと私は感じます。本人に意図があるかどうかは別として,その行為に論文内容の質の向上に繋がらないからです。この背景にあるのは,1つは若手に査読の仕方を教えるほど,今バリバリ働いている中堅世代に時間的(精神的)余裕がないからではないかと推察します。どんどん担当する仕事内容が増えている昨今の大学の事情を考えると,若手教員の育成に手側まわらないのではないでしょうか? 

このような場合の私の個人的対策
 私の場合は編集者に査読者の査読内容の具体的なおかしい部分を説明して,本当に対応する必要があるおか確認します。 大抵の場合は,編集者のほうで別の査読者への変更の対応や,査読質問の一部の取り下げ(対応しなくていよい)などの事前に判断を貰えました。 
 

2)相手への負担をかけて論文を採択を妨害する意図

 意図して対応に時間のかかる査読をしてくる人です。このような人はいないと信じたいですね。あくまで可能性の話です。査読は同分野の研究者が担当するという特性,および匿名であるという特性上,論文が採択されないことが,査読者の利益となる場合があるからです。専門家どうしで論文というフィールドで,その記載内容の本筋について議論することは素晴らしいことです。しかし,上記のような本質的ではない,おかしな部分を執拗に繰り返し質問をして遅々として論文のブラシアップが前に進まない査読があるのは経験的には事実です。

3)スラップ査読と,実害の例

 特に学生が筆頭茶者の論文にスラップ査読をされるとかなり辛いところがあります。学生期間が限られており,その間に論文が掲載されるかどうかがかなり重要です(各種奨学金や受賞等に影響)。 4月を跨いで学生が卒業や修了してしまうと,その査読対応を本人が働きながら続けるのも困難になりますし,かつ教員や共同研究していた後輩が代行して担当するのも,スムーズに行うのも引継ぎに負担や労力が追加で生まれます。また,年度を跨ぐと,その論文内容の補助金の期限が切れてしまい,採択されても掲載料を支払う研究費がないという状態にもなりかねません。
 相手も大学教員の場合が多く,査読が遅々として進まない状態にすると,相手の研究室運営に負担がかかることをよく理解しており,こういう意地悪な方法をしてくるのではないかと,そんな風に邪推してしまうくらいです。

このような場合の私の個人的対策
 私の場合はこういうスラップ査読が返ってきたら即座に,そもそもの指摘が論文査読としておかしいことや,的外れであることを編集者に相談しています。大抵の場合はそれで解決します。こういうスラップ査読に対して,真っ向から査読対応した経験ももちろんあります。というか若手のころは,そういう良くない査読なんてないと考えていたからです。何度もそいう査読を経験していくなかで, 4回5回と何度もつかみどころのない査読が続くことが多く,建設的ではないな,この査読者は何が目的なのだろうかと考えるようになり,今の意見に残念ながらいきつきました。そしてその推測の結論が,査読者のベクトルが時間稼ぎ&著者らへの負担,なのだろうと考えるようになりました。

まとめ

 殆どの査読者(研究者)の皆様は、素晴らしい査読をしてくださります。私や学生の不勉強を,すばらしい査読コメントで補助してくださり,よりよい論文(研究)へと導いてくださいます。あるいは,適切なエビデンスのともなう批判で,リジェクトしてくださり,次の研究への知見をくださります。一方で,ごく一部の査読者が,上記のようなスラップ査読をして,論文査読という知の根源の1つを妨害してるように感じます。
 もし,上記のような特徴の査読を受け取ってしまった研究者がいましたら,ぜひ指導教員や同僚研究者,あるいは編集者に相談して,意味のある査読対応にシフトしてはどうでしょうか?少しでも参考になれば幸いです。

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