霊体トカゲ教

「なんとこうするとスプーンが曲がるのデス!!」
巡ちゃんが得意そうに曲がったスプーンをハンカチの中から出した。
「おおー!すごいすごい!!」
見ていたみんなでぱちぱちと拍手をする。
「最近はこの本にハマっててね、今度のマジックで使うノ!」そう言って巡ちゃんが見せてきたのは「誰でも使える超能力」と書かれた本だった。
「こんなわけのわからないサーカスをやってて超能力も何もないけどな。」
 アルビノの歌姫、ミカ・ハーゲンが突っ込む。巡ちゃんはすかさず、「何よう。不思議な話はいくつ聞いたって面白いワ。昔ワタシは部屋にある人間が生きてるみたいな感じがしたワ。そういうのってナイ?」
「お前自体が充分不思議だろう。」トムさんの言葉に巡ちゃんは頬を膨らませた。
「何よー!ねえ、ヨリちゃんにはそういう不思議な話ってないノ?」
話を私に振って来たので私は自分の記憶を遡ってみた。不思議な話か…。
「よく家の近くの山で円盤が飛んでるのを見ましたね。あとは、うちの犬が死んだ時白いものが飛んでたり…。」
「そうそう!そーいうのが聞きたかったノ!」
「それから学校の長距離コースの間にある神社で…。」
あれ?神社で何があったんだっけ?確かにあの道には神社があった。だけどあの場所がどうして不思議なことに関係あるのだろうか…。
「全ての不思議なことには種や仕掛けがあるものだよ。」
ふと声がした方を見ると、ミラーボール団長が超能力の本を捲りながら立っていた。
「あらあら、団長までそんなことをいうのネ?」
「だけどその種や仕掛けがわかってしまうと面白くない。人によっては都合が悪い。だからそう、大切なことは絶対に見せないんだ。」
含んだような笑みを見せてミラーボール団長は言った。
「ところで実はボク達に招待状が届いたんだ。」
ミラーボール団長は右手で白い便箋をひらひらさせた。
 招待状の主は教えてくれなかったが、内容はある宗教組織でサーカスを上演して欲しいとのことだった。
 ミラーボール団長は私に新しい演目として一緒にパフォーマンスをする団員の元へ案内した。列車の車両の中にある一際広い体育館程の車両だ。
「上を見てごらん。」
サングラスをかけた少女が白い杖だけを頼りに綱渡りをしている。
「えっ!あれって!」
「アスカは全く見えていないんだ。いや、代わりにキミが見えないようなものが見えると言った方がいいかな。」
アスカと呼ばれた少女はまるで普通の道を歩くようにして綱の向こう側まで歩いた。すると今度は左手を全て包帯で覆った男性が空中ブランコを漕いで現れた。
「シャケくんだよ。訳あって左手が使えないんだ。だけど見てごらん。」
シャケさんは軽々と反対のブランコに飛び移って見せた。思わず拍手してしまう。
「シャケ&アスカはボクが知っている限りまさにツインレイと呼んでもいいぐらい運命的な霊能者夫妻さ。」
「夫妻、なの?だってあのアスカって人はすごい子供みたいに見えるけど…。」
「この宇宙において愛の形は自由なのさ。」

シャケ&アスカが地面に降りてきて私に挨拶して来た。以外にも先に名乗ったのはアスカさんの方だった。
「あなたがヨリさんですね?団長からよく聞いておりました。」目はサングラス越しで閉じられているが、アスカさんは私の周辺をじっと見た。
「あなた、たくさん憑いてる。」
「ちょっと!アスカさん!失礼ですよ!」シャケさんが慌てて止める。近くで見るとシャケさんは8頭身でモデルみたいな体型だ。しかし何故か気弱そうな印象を受けた。
この列車には他にも巨人のコートさんがいるが、あの人も身長の割に穏やかな人だったな、と考えているとアスカさんが言った。
「憑いてると言っても悪いものではないんですよ。きっとご先祖様をちゃんと大事にしている家系なんでしょう。それから…。」
アスカさんはちらっとミラーボール団長の方を見た気がした。
「あなたがこの列車に乗ったことは、必然だったんでしょうね。」
よくわからないがたぶん悪い意味ではないだろう。
「あの、お二人はどうしてこの列車に?」
するとシャケさんが恐る恐るといった感じで話し出した。
「実は僕達が住んでいた世界は邪悪な霊によって壊されてしまったんです。たくさんの霊媒師がその霊を倒すために動いていたのですが、全く太刀打ち出来ず、我々ももう終わりかと思った瞬間にミラーボール団長が現れたんです。」
「あの人を見た時は驚きました。あんなに顔形がはっきり見える存在は今までいなかった。」
「え?アスカさん、ミラーボール団長が見えるの?」
「ええ。私は実は一般的な景色は見えない代わりに魂や人の想いのエネルギーみたいなものが見えるんです。しかしあれだけはっきりと見えた他者はミラーボール団長が初めてです。あの人の正体を知った時はそういうことかと合点が行きました。」
「………ミラーボール団長って人間なんですか?」
「…それはそのうちあの人からあなたに打ち明ける時が来るでしょう。あの人自身も忘れていなければ…。」
気を取り直して公演の練習をしようとアスカさんが合図を出すとシャケさんが何やら葉っぱと鈴がたくさんついた棒と鳴子を渡して来た。
「あ!鳴子だ!子供の頃地元の祭りで踊る時に使ってたんですよ!」
「私達の発表はこの列車の中にいるスピリット、つまり魂達を呼び寄せて行なっているんです。ですが今回は悪い霊が寄って来ないように祈り舞う人が必要なのです。」
それが私の役目だということか。確かに本来ダンスの始まりは祈りや除霊をするためのものだという話もある。なんだかやる気が湧いて来た。

☆☆☆
「キミから招待状が届くなんてボクはツイてるかもしれないね。あの二人もようやく決着を着ける時が来たかな。」
ミラーボール団長は嬉しそうに手紙を読みながらそれを部屋のドアの横にある空間に入れた。列車の車体のミラーボールがぐるぐると周り、鳩のシルエットが浮かび上がった。
 白い服を来た信者の子供達が円を作って座っている。円の中央に立つ大人は張り切った笑顔で笑った。
「はいはーい!今日はサーカスの皆さんが来てくれたんですよ!みんなよーく見ておいてね!今日から一週間この街にいるからねー!」
信者の子供達の真ん中で次々に簡単なマジックや人形劇を披露する。子供達は食い入るように見ているが、「こんなのニセモノだよー!」とか言う子まで出て来た。
 ミラーボール団長は眉毛をぴくっとさせて声のする方を見た。「なんだとー!じゃあすごいの見せてやるからな!」
 子供相手にムキになるなよとも思ったが、ここに来る前ミラーボール団長は「ボクは子供が苦手なんだ〜。得に生意気な子供がね。」と嫌そうにしていたのを思い出した。
 ミラーボール団長はヤジを飛ばした子の方へつかつかと進むとその子の胸にすっと手を入れた。手が貫通して背中から出てる。「ひいい!手が入ってるー!」周りの子供達が悲鳴を上げる。すると瞬時に手を抜き取って何かを子供達に見せた。
「はい!これが悪い子の虫だね?」
ミラーボール団長の手の中で言葉にしたくないような黒い生き物が動いていた。
「ひっ!ひゃあああああ!!」
子供達とシャケさんが一斉に叫んだ。

 謎の宗教団体での出張サーカスが終わると先程中央で話していた人が近寄って来た。
「今日は本当にありがとうございました。あの、ミラーボールさん、でしたよね?」
「そうだよ。」団長は聞いてきた人の顔を見て言った。
「ミラーボールさんは、その、どういった信仰をお持ちなんですか?わたし、今日見たものは見るのが初めてで…。」
 「ボクはボクを信仰しているよ。ボクのサーカスは宇宙最大のエンターテイメントだからね。」
ミラーボール団長は即答した。相変わらずすごい自信だ。施設の人はそれに気押されたのかそそくさと退散した。
「さて、そろそろキミの話が聞きたいな。」
ミラーボール団長は施設の天井から下に向かって柱になっており、丁度影になっているところに向かって言った。
「キミ、さっきからボク達のことをずっと見ていたよね。」
すると柱の影から若くてあまり背の高くない少し髪の長い男性が現れた。
「あっ!やっぱバレちゃいますよね!いやー、俺もそういうの見るのは初めてで!」
「キミはこの招待状をくれたコのことを知ってるんじゃない?少なくとも心当たりがある。」
ミラーボール団長が招待状を見せると男は急に真顔になった。
「やっぱりあんた達も向こう側から来たのか?」
「さあ?キミは、この教団の信者ではないのかな?なんならこの国の人でもない。キミはどこから来たの?」
「地図にも乗らないぐらい遠くだったりしてな。」
男の人はそう呟いた。「とにかく、俺は仕事を頼まれていて訳あってここにいる。サーカスだかなんだか知らないけど余計な真似はするなよ。」男性は忠告した。
「キミ、名前はなんていうの?」
 団長が聞くと男は少し迷ったようだが、小声で答えた。
「ま、お前には言っても危険はなさそうだな。……スミス・テルミンだ。」
それはしばらく自分の名前を誰にも教えなかったような響きに聞こえた。更に顔立ちはこの国の人間に見えたが確かにその名は外国のものだった。
「これは忠告だが、この教団の信者から名前を聞かれても絶対に本名を名乗るなよ。わかったな?」
「呪いから身を守るためだね。霊能者がよくやる手法だ。」
ミラーボール団長は納得したように答えた。スミスさんは安心したような顔をして去っていった。
「ボクは呪われないけどねー。でもキミたちは気をつけた方が良いね!」団長はそう話した。

 その晩、サーカスは教団の施設の近くにある宿泊用の建物に泊まった。私は何故かわからないが、なかなか寝付けなかったので窓の外を眺めてみた。
 すると白い服を来た信者達が皆手にビニール袋を持って施設の方へ歩いていくのが見えた。
「ひゃー、気味わるー。」
こんな夜中に何か儀式でもやるのだろうか。


「本当ですって!昨日たくさん信者が行くのが見えたんですから!絶対怪しいでしょ!」
次の日、団長に私は昨晩のことを言ってみた。団長はわかってるというような気にしてない素振りだ。
「そんなに怪しいなら確かめに行ってみる?」
「は?」
「この一週間は教団との交流だ。今日も遊びに行こうと思って。」
ミラーボール団長はあれだけ子供が苦手と言っていた割には信者の子供達と仲良くやっているようだった。あとなんか変な勧誘にあっていた。信者達数人が取り囲んで何か話している。
「是非この本を読んでみてください!本当に凄いんです!」
「その本ならもうすでに読んでる。ボクも結構好きなんだ。」
「この水本当にいいですよ!」「今朝飲んだんだ。全部もらったからもういいよ。」と、なんとかうまくやり過ごしているようだ。
 ミラーボール団長について行ったら、朝食までご馳走になってしまった。団長はデザートのカップアイスを食べながら信者の一人に聞いた。
「昨日の夜、ボクのサーカスの団員がキミたちが袋を持って歩いているのを見たと言ったけど、何をやっていたの?」
信者はそんなことか、と気にする素ぶりもなく答えた。
「あれですか。あれは霊体トカゲ様を呼び寄せる儀式へ向かっていたんですよ。」
「霊体トカゲ様?」
「はい。我々は黒蜥蜴会と言って、霊体トカゲ様の言葉がわかる先生のお話を聞いている会なんです。」
「その霊体トカゲ様っていうのはどんなことを話すの?」
ミラーボール団長は興味があるのか目を光らせて質問した。
「世界はある箱の中に過ぎない。霊体トカゲ様はそこでとても辛い経験をして透明になってしまった。だけど霊体トカゲ様が見える我々は選ばれた存在なんです。霊体トカゲ様が言う通りに行動すれば他の人には分からずとも、箱の外、真実の世界に移行できるんです。そのためには霊体トカゲ様の語る物語を伝え、良い水を飲んでお祈りをするんです。」
「なるほど。ボクにもよくわかるよ。」
団長は本当か嘘かわからない言い方だ。
「そうだ!あなた達も我々の儀式を見ていかれますか?霊体トカゲ様が見えればあなた達も選ばれた存在だってわかりますよ!」
信者が提案した。ミラーボール団長はしめた!とばかりににやっと笑った。
 「いいよ!その代わり、あと二人その儀式を見せたい団員がいるんだ。」
ミラーボール団長はにこにこ笑顔で言った。

 夜になり、私と団長、それからシャケ&アスカの二人は施設の一番広い部屋にいた。大きな畳上の部屋で奥の祭壇の上に王冠を被った爬虫類の像が置いてある。
 信者達がビニール袋を持って部屋に入って来た。
「ひっ!」シャケさんが鼻を摘んで怯えた顔をする。
信者達は一つ一つ袋の中のものを取り出して輪になるように部屋の中央に置いた。それを見て何かわかった時、私も嫌な表情になった。
「あれは…。」
「猫の足や犬の頭、ですね。」アスカさんは見えていないのにも関わらず淡々と答えた。
「…これは良くないですね。」
「ゾンビの国や吸血鬼の国もあったけど、ここが一番気味悪いね。」
 「これで霊体トカゲ様を呼び寄せるんですってよ。少なくとも信者はそう信じてる。」
振り返るとスミスさんが腕組みをして立っていた。
 並べ終わると信者達は円になって手を繋いだ。数秒間先生と呼ばれる人が何か呪文のような言葉を唱えると信者達は繋いでいた手を離し、一斉に右手を上げた。
 言葉でもないような不気味な声を出しながら信者達は手招きするような動作をする。すると、先程並べたものの中心から黙々と煙が湧き、大きく黒いヘビみたいな生き物が現れた。腕が8本生えてる。ヘビは信者達を見下ろすようにして話し出した。
「迷ってるんだね?キミたちは。きっと何者にもなれないって。世界はずっと箱の中、箱から出てもまた別の箱に閉じ込められてるに過ぎない。だったら世界をピースフルに革命するしかないよねぇ?アレの準備はもう出来てるんだろうね?」
「はい!もちろんです!霊体トカゲ様!」
ヘビみたいな生き物は満足そうに笑って見せた。しかしこちらの視線に気づいたのか、ヘビは信者達から視線をこちらへ向けた。
「おやおや?見ない顔だなと思ったらそんなことはなかった。宇宙を彷徨う機械じかけのおもちゃじゃないか?」
 ヘビはミラーボール団長を知ってるみたいだった。
「嬉しいな!キミはボクのことを覚えてるんだね?」
団長はいつもと変わらない笑顔だ。ヘビは苛立たしそうに唸った。「あんたの態度は気に食わないね。こっちはもう革命を起こしたってのに。」
「あなたは…。」シャケさんが震えながらヘビを指差した。
「あなたですね。私達の世界を壊したのは…。」
ヘビはミラーボール団長以外には興味なさそうだ。
「どうだかなぁ。まだ何も起こしてないけどさ。」
そう言ってヘビはチラッとこっちにも視線を向けた。私と丁度目が合ったみたいでびくっとした。
「……あんたは、」
ヘビはちょっと決まり悪そうにして私に訪ねた。
「あんた、何も覚えてないわけ?」
その言葉に私は不思議な感じがした。覚えてないってことは、私は以前にもこのヘビに会ったことがあるのだろうか。そう言われて見ると乾いたようなこのヘビの目つきにもどこか懐かしいような気もする。だけど、こんな生き物を見るのは初めてだし…。
 ヘビは私の答えを聞く前にまた信者達へ視線を戻した。
「まぁいい。今日は俺も気分が悪いんだ。もうじきこの世界も終わる。その時生き残るためにも準備してたアレを早く使わなくちゃな。その前に…。」
ヘビは指をこちらに向けた。
「やつらを始末しろ。」
ヘビの言葉を合図に音もなく信者達がこちらを振り返った。
「まずい!逃げよう!」
ミラーボール団長が私の手を引いて部屋から出た。私は何が何だかわからずにそのまま一緒に走った。後ろから信者達が追いかけて来るより早く、ミラーボール団長は近くの鏡に飛び込んだ。私も吸い込まれるように鏡の中に入っていく。
 気づくと列車の中に戻っていた。宿泊施設に置いてあった荷物も他の団員達もみんなそこに戻っている。
「ひー!危なかったー!」
「ちょっとちょっといきなりみんな列車に戻したりしてどうしたってのよー!」巡ちゃんが喚いている。
「ごめんよ。ちょっと予定が狂ったというか…。」
「へー、あんた達はこんなところに住んでるのか。」
聞き慣れない声がして振り向くとなんと、スミス・テルミンさんが列車の中にいた。
「怪しまなくていいっすよ。別にあんた達を始末する気はないんだから。」
スミスさんは笑って言った。「ただあんた達に着いて行ったら俺の行く先もわかるかと思ってね。そこの目の見えないお嬢さんと同じタイミングで鏡に入ったらここに辿り着いたんだ。」
スミスさんはアスカさんを手で示した。
「黒蜥蜴会…。霊体トカゲと称した邪悪な生物を崇める教団ですね…。私達の世界はその教団によって壊されたんです。」
そうだったのか。でもこの組織は何の変哲もない山奥にあるマイナーな宗教にも見える。
「ミラーボール団長、ここは黒蜥蜴会が暴走して世界を壊す少し前の時間でしょう?」
ミラーボール団長はにっと口元を上げた。
「よくわかったね。始めの時は招待状が来なかった。だけど招待状が今回は来た。それだけのことさ。」
アスカさんはスミス氏の胸元を白い杖で指し示した。
「あなた、何者?」
スミス氏はやれやれと言うようにその場に座り込んだ。
「では少しだけお聞かせしましょうかね。その方があなた達に信じてもらえそうだ。」
 スミス氏は息を吸い込むと話し始めた。
 「俺はこの世界の少し外側の大陸で旅をして生きていたんだ。ある時俺はある国に頼まれて爬虫類型のモンスターだけが住む国を調べることになった。さっきの霊体トカゲ様と呼ばれるやつもその国の生物さ。
 その国で奴らは人間達を管理し実験したりしていた、それがこの世界なんだ。俺は人間だということがばれて生き延びるためにこの世界で奴らと繋がっている組織に協力する契約をした。つまり二重スパイみたいな立場だ。」
「キミがボクらに着いて行ったらいいと思ったのは何故?」
「奴らのやってることがヤバいことばかりだからだよ。全く解決しない世界中の問題があるのは何故か?生まれた時から辛い想いをするやつがいるのは何故か知ってるか?あれは奴ら、R共和国の生き物がそうするように決めた世界の中で暮らしているからだよ。
 俺だって今は協力してるが、あいつらの契約に結ばれている以上逃げたくても逃げられないんだ。」
ミラーボール団長はそんなとこか、と呟いた。「だけどこの列車に乗るコはもう決まってるんだ。キミのことは知らないな。」
スミス氏はがっかりして肩を落とした。するとシャケさんが声を上げた。
「さっき、我々の世界を壊したのはこの黒蜥蜴会だって言ったと思うんですが、実は今回ここに来たのはその邪悪な霊、霊体トカゲと決着を着けるためなんです。何か弱点はわかりますか?」
スミスさんは空中を見つめながら考えた。
「弱点、か。弱点はわからないけど奴らのやろうとしてることはわかる。」
「それは何ですか?」
「施設の地下で猛毒を精製している。アレをいつか世間にばら撒いて大量の魂を捧げ、革命を起こそうとしてるんだ。」
 シャケ&アスカが顔を見合わせた。
「それは間違いなく我々の世界が壊された話ですね。」
「この直前、あの教団の残党が各地で邪悪な霊を呼び寄せるんです。それで全国規模の霊能者バトルが起きたんです。」
「俺はあの毒薬を見張る仕事をしてるから場所もよくわかる。それと…。」
スミスさんはまたもや言いにくそうな表情を浮かべた。
「言ってごらんなさい。あなた、見える人でしょう?私と同じように生きている人間以外のモノが…。」
アスカさんがスミスさんの顔を覗き込むように言った。
スミス氏はごくりと唾を飲みながら言った。
「いや、見えるは見えるんですけどね…。それに関しては俺も正体がわかってないんですよ。そうじゃなくてもこの国にはたくさんのモノが住みすぎです。」
「それは確かにそう…。だけどそんなに悪いもんじゃないですよ。」
アスカさんは続ける。「地下の更に地下に何かあるんでしょう?」
スミス氏ははっと顔を上げた。「そっか!地下の下にも空間があるんですね!アレはあそこから感じたものだったのか!」
私にはわからない次元の話が進んでいる。とりあえずもう危ない目に遭わないのならそれでいっか、と思っていると、
「ヨリさん、ミラーボール団長とこちらのスミスさんと一緒に地下への通路を探して来てください。」
ええーー!!やっと安心できると思ったのにまたあの施設に戻るのか。
 暗闇の中、頭まで信者に見せかけた真っ白なシーツを被りスミスさんの後に続く。この日の夜は施設に誰もいないようでスミスさんだけが鍵を持っていた。
 懐中電灯の代わりにミラーボール団長が爪を光らせてそれを頼りに進んでいく。
「実はボクは爪が光るんだー。気分によってはカラフルにもできるよ!」と得意気に爪をチカチカさせる。
「ちなみに歯も光るよ!」暗闇の中で団長がいーっと口を開けると歯だけが七色に光った。
「うーわ、こわー。」と突っ込む。
 そんなやり取りをしてるうちにスミスさんが地下の扉の前に立った。鍵を回しながらスミスさんは話す。
「この部屋は、そのー、非常に危険な毒薬を扱ってるから防護服を着て欲しいんだ。」
するとミラーボール団長が何事もなかったように答えた。
「ああ!それなら大丈夫だよ!ボクのマジックで中の毒薬を桃と林檎のミックスジュースに変えちゃったからね。」
「……はあ?」スミスさんは唖然として聞き返した。
「そ、それで中の毒薬はどこにやったんだ?」
「うーん。宇宙の果てのブラックホール?どちらにしろ広い宇宙の中に行っては、どんな毒も無効になるからね。」
スミスさんは力が抜けたような顔になった。「そんな…。あんなに長年研究して開発してたのに…。」
「ボクは宇宙最大のエンターテイナーだからね!」
地下の鍵を開くと確かに研究室らしき内装だった。中央に巨大な水槽があり確かに薬みたいなものが入っている。団長は防護服を着ずに水槽へ近づき、「ちなみに水槽ごとすり替えたから飲んでも平気だよ!」と帽子からカップを取り出して液体を掬い、飲んだ。
「とにかくここが地下なんだけど、他に通路があるかなぁ。」スミスさんは頭を掻きながら困ったように言った。
「ヨリ、どこでもいいから目を瞑って嫌な感じがする方を指差してごらん。」
「ええ〜?」
私は本当に適当に目をつぶって指差した。ミラーボール団長がそっちの方角に進む。机があってそれをどかすと小さな扉があった。
「これだ!間違いない!」「こんなところに扉があったのか…。知らなかった。」
二人とも驚いているので私にはどういうことかわからなかった。ミラーボール団長が笑いながら言った。
「キミの勘は冴えてるってことだよ。見える能力がなくてもそれだけで充分ってことさ。」

小さな扉はカミソリの刃で簡単に開いた。大人3人だとしゃがんで入ればいけそうだ。スミスさんを先頭に順番に進んでいくと段々空間が広くなってきた。立ち上がれるくらいまでの広さになると、そこにあったものが実にはっきりと見えた。
 そこは一面白い壁でできた神殿のような場所だった。中央にはやはり畳の部屋にあったのと同じような霊体トカゲの祭壇がある。そしてその周囲には8個の大きな箱が並んでいた。厳重に縄や鎖で締められており、何枚もお札みたいなものが貼ってある。
「これは…。」
スミスさんは具合が悪くなったのか顔を覆ってえずいた。
「どうしたんですか!?」
スミスさんは震えながら話した。
「能力者たちだ…。幼少期から霊的な体験をしている人間は向こう側の世界と繋がりができているから…という理由で霊体トカゲを呼び出すための人柱としてここに閉じ込められたんだろう。」
「だって、そんなことしたらバレません?」
「世の中には未解決の行方不明事件なんてたくさんあるんだよ。そしてその理由はあの爬虫類たちなんてものもたくさんある。」スミスさんの話は信じられないようだが、現実味を帯びて聞こえた。
「中の人は生きてるんですか?」
「わからない…。」
 ミラーボール団長は黙って聞いていたが目の中に流れ星が飛んだように見えた。
「明日にでも、サーカスをやろう。」
 黒蜥蜴会の施設の前に堂々とサーカスのテントが立ち上がる。信者達は何事かとテントの周りに集まった。
 無言で信者達は手に手に不気味なものを持ってテントを壊そうとしてくる。するとテントの中からミラーボール団長が出てきて全身から破片を撒き散らせた。信者達は一瞬で四方に跳ね返される。
「宇宙は鏡なんだよ。ボクはキミ。キミはボクだ。鏡に向かって呪いをかければ、それは必ず自分の元に返ってくる。呪詛返しっていってね。」
たちまち施設のどこからか火が出て、燃え上がった。テントの中から動物達のスピリットが実態を持って現れ、信者達をテントの中へ引っ張っていく。
 席が全て信者で埋めつくされるとミラーボール団長はどこか悲しそうな目をして言った。
「悪いけどキミ達にかかった呪いはお祓いさせてもらうよ。」
サーカスが始まる。シャーマンのマクタブを指揮に、キツネのイズナが笛を吹き、クロ・ヴィシャスがドラムを叩き、ガスパルがバイオリンを引く。義足のタコ・ルペが巨大化し現れたステージに立つと私は踊り始めた。
 宙にたくさんの魂達が円を描いている。そして天井の端から端へ伝ったロープの上をアスカさんが歩いている。
 客席の誰もがそれに目を奪われていると、
「どこまでも邪魔してくれるな!!」
信者の一人が持っていた黒い箱から霊的トカゲがさっと現れる。「おお!!神様!!」信者達は一斉にそちらを見上げた。霊体トカゲが綱渡りをするアスカさん目掛けて襲ってくる。アスカさんはバランスを崩し、綱から転落した。
 「アスカさん!!」
 もうおしまいかと思ったらなんと空中ブランコに乗ったシャケさんが咄嗟にアスカさんを抱き止めていた。
 二人は霊体トカゲの攻撃をブランコで綺麗にかわすと地面に降り立った。そして、
「ここまでされると黙ってはいられませんね。本当はやりたくないけど。」
シャケさんが冷や汗を掻きながら左腕の包帯を取った。
 そこにはグロテスクというのか、たくさんの目や口といった臓器が指の先までついたバケモノみたいな腕があった。肘の部分に魔法陣みたいな模様があり、そこから先がバケモノみたいになっているのだ。
アスカさんがステージからはけて説明した。
「彼はものすごい憑依体質なんです。どんな霊にも気に入られて子供の頃から苦労したそうです。」
シャケさんが包帯を外したのと同時に宙を舞っていた数々の魂達がみんな彼に入っていくのがわかった。それはやがて一つとなり、シャケさんの腕が伸びると霊体トカゲにパンチした。
「ギャ!!」
「ヨリさん!手に持っている棒を振ってください!!」
シャケさんの声を合図に私は葉っぱと鈴のついたあの棒を振った。シャランシャラン。
 鈴の音と一緒に白い光が現れ辺り一面を包んだ。霊体トカゲは苦しさに顔を歪めた。
「くっ、くそ!」
信者達も皆一斉に気を失ってそこに倒れた。霊体トカゲは最後の力を振り絞ると片方の手を私に伸ばして来た。
「せめてお前の記憶だけでも…。」
バチッ。
 それは一瞬のうちに全身に電流が流れるような感覚だった。走馬灯のようにある記憶が私の頭の中をかけ巡った。

 たくさんの仲間たち。全てがデータで完璧に作られた世界。それぞれの願いをかけた戦いの中である仲間がこう言った。
「この戦いが終わったら、宇宙最大のサーカスを一緒に作ろう。」
あれは誰が言ったんだっけ?覚えていないけどそれは確かに私の心を支える呪文だった。

「ヨリ!!」
気が付くと、私は倒れていたのかミラーボール団長が抱きかかえ、心配そうに顔を覗き込んでいた。
自分でも気付かないうちに目から涙が溢れている。
「……だって、あれは、本当に瞬きほど一瞬の、空想だったのに…。」
ミラーボール団長は首を振った。
「いいんだ。今はそれで。とにかくもうキミはおやすみ。」
その言葉と同時に私の意識はゆっくりと閉じて行った。
 ☆☆☆
 施設はほぼ焼けてしまい、地下だけが残った。
 あのお札に包まれた箱を開けると中にいた人達はまだ生きていた。ミラーボール団長は「家族の元へ戻そう。」とその人達を列車の中へ乗せた。
倒れている信者達の服装も白い教団の制服ではなく、元に戻っている。
「これで彼らの黒蜥蜴会の記憶もなくなった。だけどこの世界の全ての信者から記憶を消し去ったわけじゃない。信仰なんていうものは簡単に拭いされないものなんだよ。ボクの信仰だってそうであるように…。」
 ミラーボール団長は何もなくなった一面を眺めて呟いた。
 シャケ&アスカがそんな団長を見ている。
「世界は一匹のヘビの蟠に過ぎない。列車が敷かれたレールを走るように。あなたはいつになったらヨリさんに本当のことを話すつもりですか?」
アスカが聞いた。
「さあね。その時が来たらきっと…。」
ミラーボール団長が指を鳴らすと施設の近くにあった噴水の水面からサーカス列車が姿を現した。
 列車は噴水の外へ出るとその場に停車した。
「じゃあ、行こうか。」
ミラーボール団長は団員達にそう告げると、弥栄ヨリをおぶって列車に乗り込もうとした。
 すると、この中で信者でも団員でもなかった男がおずおずと列車に近づいて来た。スミス・テルミンだ。
 スミスはミラーボール団長に向かって声をかけた。
「なあ、実は俺が世話になった鳥が生存したかったら列車に乗れって言ったんだ。それってこの列車のことかな?」
サーカスの団長はそれはもうとびきり眩しい笑顔で振り向いた。
「その通りさ。ところで、キミのできることはなんだい?」
 スミス・テルミンはここぞとばかりに自己紹介した。
「それはもう!必要とされてることならなんでも!機械の整備から薬品の調合まで出来ますよ!もちろん、楽器を作ることも!」
最後の言葉にミラーボールは興味を示したのかスミスの方を振り向いて喜んで答えた。
「そんならもう心から歓迎するよ!ミラーボールサーカスへようこそ!!」
スミスを中に引き入れながらピエロ達が囃し立てる。
「本当に色々お願いしますよ!あの団長、機械音痴に料理下手と来てて手がかかりまくるんで!!」
「失礼だなーもう!」

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