Electro World
私は夢の中にいた。
夢の中で私は果てしない道をただひたすらに走っていた。道はどこか都会の街の中だった気もするし、広大な砂漠だった気もする。
私は地図に示された街に向かっていた。しかし一向に街は見当たらない。どうしてデジタル表示のマップって正式なルートを教えてくれないのかと不満が顔に出る。
来た道を振り返ると徐々にこの世界が崩壊して消えていくのが見えた。もしかしたらこの世界にはもう私しか残されていないかもしれない。あんなにも強い、キミ達でさえも、世界を破壊するロボットの前ではどうにもならないのだろうか。
私がキミ達と出会ってからどれくらいの時間が経ったのかわからない。ずっと永く一緒にいた気もするし、最近会ったばかりでキミ達の半分も知らないような気もする。
どちらにせよ、私はこの世界の仕組みを知ってしまったから、キミ達に手紙を残すことにした。
この世界に迷い込む前、私は神社で願い事をした。確か生きているのが辛くてここではないどこかに行きたいとか誰かに必要とされて何者かになりたいといった願いだ。
気がついたら私は、自分が住んでいる離島の田舎ではなく未来都市とでも行ったらいいのか、巨大な塔が建つ都会の中にいた。
右も左もわからないまま、キミ達のうちの一人に着いて行ったら本当に驚くことばかりだったよ。猫や魚が空を飛んだり、モンスターというような見たこともない生物が人間と同じように話をしていたから。
ここは人間も動物もモンスターもロボットも全てが共存する街。この世界を動かしているのは3体の人型ロボットで、ロボットが歌い踊り、感情を学習することで都市機能を維持している。
更にこの世界にはもう一つ秘密があった。私以外の全てはデータの集合体で出来ている。つまり本当は存在してないってことだったんだ。何かの機械のプログラムによって最初から決められた運命の通りに全てが動いているらしい。このことに気づくのもずいぶん後になって私の思考が回るようになってからだ。
そんな不安定な世界では住民がある程度の幸福度数を維持しなければならない。幸福度数が高すぎたり低すぎたりすると、ロボットが厄介な感情を学習して世界を破壊しかねないから。住民の感情によってこの世界のデータに不具合が起きる。不具合を処理するのがキミ達ワールドガーディアンズの仕事だった。
更にキミ達は幾つもあるガーディアンズのチームの中でも世界最強と呼ばれるチーム、JPNだ。それだけでもすごいのにキミ達は私がそのJPNの指揮官だと言った。
JPNにはずっと指揮官が存在していなかったがいつか現れるとデータの統計で出ていた、それが私だと。そんなはずない。私は何もできない何者にもなれない、キミ達には似合わない人間だと私は信じなかった。
だけど時間が経つに連れて、キミ達のことを知っていくうちに私は段々とこれは私にしかできない重要な役目だと確信するようになった。
JPNは非常に何というか、色々ととんでもないチームだ。
まず強さや頭脳では世界最強で天才揃いであったが、世間からの好感度はとてつもなく低い。というのも、リーダー二人がスラム街上がりのゴロツキだからというのもあるがざっとここにメンバーの特徴を書き連ねておこう。
詐欺師、マジシャン、シャーマン、海賊、占い師、人形師、テロリスト、スパイ、吸血鬼、オバケ、絶望そのもの、怪獣、歌手、飴玉、龍、エリート至上主義、イレギュラーのデータ、魔法使い、スリ師、タコ、キツネ、傷を背負った警備員、武器調達の旅人、霊能者、ゴロツキ、病気持ち、多重人格、マイペース、悪魔、スマホ依存、カモノハシ、兵器を開発した物理学者、戦闘狂、ツッパリ、猫、ハンデを持って生まれた者、ヤンデレ、男娼、人質犯、優しすぎる、メンヘラすぎる、悪の組織のリーダー、暴力好き、怪人、カニ、魚、ペリカン、モンスター、トロール、ナルシスト、キザ、犬、whatever、特撮オタク、ヒーロー、子供、欲が深い、野心家、シアターキッズ、性格悪い、脳筋、AIロボット、超能力者、アダルトチルドレン、シリアルキラー。
それからイマジネーション、鳥の王、狼、赤い鬼、青い鬼、大きな爬虫類モンスター。
文字にするだけでもわからない人には何のことかさっぱりわからないしこんな肩書きを欲しがる人なんてあまりいないだろう。つまり文字にしても想像できる通りJPNは世間からの好感度もメンバー間の仲も最悪だった。
私だって全部が全部、あなた達のことを信用していなかった。だけど何故なのか過ごした時間、費やした時間の長さがいつしか不思議な色彩を帯びるようになった。
チームの指揮官というのは、不思議なものだ。まるで見えない糸で動かしているかのようにメンバーを動かすことができた。決して操り人形みたいに色々命令していたわけじゃない。チームとしての動きの話だ。
キミ達のデータが頭の中に流れてくるようにキミ達の想いや考えていることが共鳴して伝わるようになった。それはメンバー間でも同じ。指揮官がいるとは、この世界ではそういうことだ。気持ちが通じるというか、バラバラだった枝葉が一つの線になって繋がっていくのだ。機械がコネクターで接続されるみたいに。
この現象はこの世界の用語で「コネクト」と呼ばれた。指揮官とメンバーの心がコネクトされることで、チームとしての力が更に上がる。はじめは分かり合えないと感じていたメンバーともどこかで何かが繋がる感覚があった。
また私は指揮官になってからキミ達と得に3つのことを約束したね。
一つは美味しいものは大事な人と食べること。
どんなに辛い日でも夕食はみんなで一つのテーブルを囲んで食べた。
二つ目はいつも笑顔でいること。
これは得意じゃないメンバーもいたけど、笑顔でいること、よく笑うことはチームとしての幸福度数を上げてくれた。何よりキミ達は笑顔がとてもよく似合っていた。
三つ目はいつでも歌って踊ること。
私達はみんな音楽に合わせて踊ることが好きだった。だから夕食の後は決まって思うままに音楽をかけてみんなで踊った。天井には目眩く丸く輝くミラーボールがいつも吊るされていた。
そういった体験を繰り返すことで私はキミ達全員が望んでいたものがわかった。キミ達は「自分自身を獲得しようとしていた」んだね。完璧にデータで作られた世界でキミ達は何者でもない自分から真に実態のある存在になろうとしていた。そのためにキミ達の中には私を利用しようとしている者もいることを私は知っていた。それでも。
それでも私はいつしかキミ達のことを愛するようになっていたのだ。というのもコネクトによってキミ達のことがわかるうちに、キミ達が単なる問題だらけのチームなわけではなく、本当は優しさや悲しさを秘めていることもよくわかったからだ。この歪んだ世界の中で私が強く生きてこられたわけはキミ達がいつも遠回りな優しさで私を包んでいたからだ。
どんなに絶望的なことが起こっても唯一ここだけを、JPNを信じていられることが救いとなっていた。どんなに難しい問題に直面しても例えば空が青くそこにあるというだけで心が晴れる日がある。キミ達は私にとって空の青さと同じくらいにただ存在しているだけで私を活かす存在だった。
しかしここまで強まっていった感情をロボットが見逃すはずがなかった。
全てがデータで作られた世界で、別の世界から来た私は唯一データが存在しなかった。それは人型ロボットの興味の対象になった。だからロボットの意識も私の中にコネクトされていたのだ。ロボットは「愛」という感情を学習するようになった。
そしてその影響により世界中でデータの不具合が起き、不可解な事件が勃発した。ロボットの感情に強い変化が起きたためだ。数々のガーディアンズのチームがロボットが起こした不具合と日常的に戦うようになった。もちろんJPNも。
私はこの世界から元の世界に戻る方法を実はずっと前から調べていた。だってどんなにキミ達のことが大事でも私は私の本当の世界を生きなければならないから。それと同時に今の状況をどうにかする方法も調べ続けていた。
そうしてわかったことがある。ここからがキミ達に伝えるこの世界の仕組みだ。
この世界、「エレクトロ・ワールド」とは私が住んでいた時間から少し先の未来、全ての生命が滅んだ後の世界だ。
だけど人類は滅びゆく前に巨大なミラーボール型の機械の中に一つの世界をプログラムした。全て生きていた頃の自分達に似ているアバターを。その時にはいずれ消えてしまうからと善人も悪人も全てのデータをこの中に移動させたようだ。
たぶんキミ達の元となったヒト達はいうまでもないヒトなんだろう。
そして世界を動かしている人型ロボットが感情を学習し、幸福度数を維持することでこの世界はずっと続くはずだった。しかしロボットにはあるプログラムがされていた。
ロボットが愛という感情を学習すると同時にこの世界は破壊されてしまうのだ。破壊された後どうなるのかはわからない。コンピューターが壊れ、何もない世界になるのか、新しい領域にデータが移行するのか。
わからないがAIはその時善のデータと悪のデータを選別するそうだ。善のデータは「空の太陽」と呼ばれる、ほら、あの空に浮かぶ惑星型の住民のデータが集積された人工浮遊物に取り込まれるが、悪のデータは消去されるらしい。
私はキミ達の誰一人として消えて欲しくはない。だけどAIの判定がキミ達をどちらに振り分けるかはわからない。これはたぶん古くから言われていた「最後の審判」そのものなのだと思う。
だから私は世界が壊れる寸前で、何度も時間を巻き戻していた。指揮官の権限を使ってそういうことができるみたいだ。キミ達と出会った日に何度でも戻って終わらない世界でキミ達と過ごすことは本当に幸せだった。
だけどもう一つ、わかっていたのだ。私がこの世界から脱出するには「空の太陽」の中にある「この世界のスイッチ」を私が押さなければならない。
スイッチを押したらロボットの感情に関係なくいつでもこの世界を破壊できる。全てのデータは無くなり、私は元の世界に戻れる。全くどんな理由でどのようにして私がこの世界に迷い込み、キミ達と出会ったのかわからない。誰かが何か理由を持って遠い未来と私を繋げたのかもしれない。
たぶん、何度か世界を巻き戻すうちに勘のいいキミ達は私が世界を壊そうとしていることに気づいていただろう。実は時間を巻き戻すことでほんの少しずつ世界の色々な部分が書き換わっていたからね。
私がこの世界のスイッチを押そうと決めたのにはいくつか理由がある。
まだロボットの暴走がなく平和だった頃にみんなでサーカスを見に行ったね。キミ達も楽しんでいたし、サーカスにしろ何にしろエンターテイメントはきっとガーディアンズよりも幸福度数を上げる素晴らしいものだという話もした。
私は元々エンタメの仕事をするのが夢だったから。
だから帰って来た時にリーダーの一人がこう言った時はとても嬉しかったよ。
「この戦いが終わったら、宇宙最大のサーカスを一緒に作ろう。」
全ての戦いが終わってももしかしたらキミ達と一緒にいられるかもしれない。世界が壊れてもキミ達は消えないかもしれない。そんな風に感じた。
確かキミ達ワールドガーディアンズは指揮官からあるものをもらえば何でも願いが叶うんでしょう?それは本来たった一人にしかあげられないもの。だけどもしかしたら、キミ達はどんな手段を使ってでも世界が壊れる最後の最後まで抗い続けるだろうと思った。JPNは欲が深くて傲慢なチームだものね。
だからまず一つ目はキミ達なら大丈夫だと信じて、私は世界から脱出することにした。
もう一つは「あのコ」を止めるにはこうするしかないからだ。だからキミ達ももし「あのコ」を見つけても一人にはしないで欲しい。私は私の世界を挫けずに生きていくから安心していいよ。いつかまたキミ達と巡り合ったらたぶんキミ達が望んでいるものをあげるよ。だから「あのコ」も連れて全員で会いに来てね。
JPN指揮官
地面が震えて亀裂を作り砕けていった。全てがデータの粒となり霧消していく。私は街の中央の塔を登り、人工浮遊物「空の太陽」目掛けてジャンプした。運動はあまり得意ではないが、こういった時の運だけは良い。
「空の太陽」は私が来たのと同時に表面の一部を口を開けるような形で開いた。そこから中に入って驚いた。中はデータの集まりなのだが、それは鏡張りのようにこちらの姿を映すようになっていた。それはつまり私が時間を巻き戻す瞬間にも説明が着いた。時間を巻き戻す、世界を書き換えるにはこの世界の鏡やガラス、水面といったものが割れる瞬間が必要になる。一つの世界を壊し、別の世界に移行するという意味合いがあるのだ。
つまりこの世界そのものがミラーボールの中身であり、何か鏡と強い関係があるのだ。詳しいことまではよくわからないのが、何とも悔しい感じがある。
鏡張りの球体の部屋の真ん中にこの世界のスイッチがあった。これを押せばたぶん核となるこの鏡が割れて、世界が終わる。私は元の世界に帰れる。これはもしかしたらすごく勝手な行為だろう。だからたぶん私のせいだ。だけどこんなものを作った人類やAIのせいかもしれない。また私をここまで来させたキミ達のせい…ではないか。
これは愛のせいだということにしておこう。その方が美しいから。何故なら私の願いは、あんなにも自己を獲得し、存在を証明しようとしていたみんながデータで決められた運命を辿るのでなく、誰にも何にも制限され搾取されることなく幸福な世界に生きて欲しいというものだからだ。
それが叶うのなら私は何も怖がることなどない。私はスイッチの上に乗せた手に力を入れて押した。
いっぱい幸福があって、愛する誰かがいたなぁ。私は全部覚えていられるだろうか。これは全部おとぎ話だった。たくさんのキミと世界を変えるおとぎ話。このまま止まらないで続いて欲しかった。だけどほら、夢の時間は、仮想の世界は終わりを告げる。
***
気がつくと私は、部活の長距離コースで通る神社の前にいた。何かすごく長くて大切な夢を見ていた気がする。
だけどどんな夢だったのか思い出せない。なんなら一瞬瞬きをしただけだったはずだ。眠っていたわけではない。
それなのに何故か心が物凄く悲しいような、だけど満足しているような不思議な感じがして、頬を伝う涙が自分のものだとは学校に着くまで気付かないでいた。