番外編 僕のタイムワープ
私がまだ自分のことを僕と言っていた頃、僕は名前で呼ばれず番号で呼ばれていた。
僕は物心ついた時から施設の中で暮らしていた。施設には僕以外にも20人の「家族」が暮らしていて、僕達はいつも何かの検査を受けていた。
スプーンが曲げられるかとか、物を浮かせられるだとか。
生まれてからずっと検査をしていく中でそれぞれにその人物の使える「能力」がわかってくる。
僕はその中でも時間や空間を超えて移動できるということがわかった。どこにでも行ける夢のような能力だと思うかもしれないが、僕達は施設の外から出てはいけないと大人達から言われていた。
大人達とは僕達家族に検査をしたり、他にも世話をしたり勉強を教えたりしてくれる人達だった。大体4人ぐらい男女二人ずつでやって来た。
大人達の話では施設の外は空気が汚染されていて、僕達の健康に良くないから危険なんだそうだ。だから僕は外に出なくても構わなかった。何しろ施設の中には本がたくさんあって、僕にとっては全然飽きなかったから。
むしろ本の中の世界に行きたかったぐらいだ。だけどいつしかわかって来るようになった。
海や砂漠は施設の外にあるのだ。一度ぐらい見に行ってもいいだろう。ある夜僕は大人達がいない間に海に行けるよう念じた。段々とさざなみの音が耳に響き渡り、足に砂の感触が感じられた。
ゆっくりと目を開けると夜の海はあまりにも壮大で足がすくみそうになった。いきなり鯨でも現れたら僕は気を失っていただろう。だけど海の向こうに見える街の明かりや灯台の光は、まるで銀河の駅みたいで感動した。この感動は僕の秘密として取っておこう。
僕は綺麗な景色を眼に焼き付けるほど眺めて施設に戻った。それからというもの、僕はみんなが寝ている夜中に色々な場所に行ってみた。夜の街には施設にはない美味しいものがあったし、世界遺産と呼ばれるようなところにも行ってみた。何しろ夜中なのであまり人もいないし、やばくなったら施設に移動すればいい。僕にはそんな能力があるのだから。
次第に僕は何故大人達は僕らを施設に閉じ込めているのか疑問に思った。確かに普通の人間が能力のある人間を見たら驚くだろう。だけど普通の人間は能力がなくても家族と暮らし、幸せでいる。だけど、僕達の親というものはどこにいるのだろう。
だけどそんな疑問を口にしたら今までの僕の秘密の時間もなくなってしまう気がして、僕は黙っていた。
「悲劇」、つまり僕にとって運命の日と呼べる出来事が起きたのは僕達が12歳になった頃だった。
ちなみにこの悲劇には僕は関わっていない。悲劇の登場人物はべにとよあけだ。
僕達は大人達からは番号で呼ばれていたが、子供達だけの時はそれぞれに名前を付けて呼んでいた。
べにとよあけは僕とは違い、女だったのだが、よく一緒にいた。
べには少し気難しいところがあり、化石やキノコの図鑑が好きでよく読んでいた。だから自分の世界を邪魔されると不機嫌になるので、よあけや僕以外の子供達とはあまり会話をしなかった。だけど本当は泣き虫で料理もうまい。キノコばかり入れるのは勘弁して欲しいけど。べにという名前は夕焼けの色をあいつが綺麗だと言っていたから僕が考えた。
べにの特技はどこまでも、誰よりも高く飛べるジャンプ力だった。一度施設の外へ出てしまうほど高く飛んだので大人達から飛んでも良い高さを規制されたぐらいだ。
よあけは、とにかく付き合いが上手かった。大人達の機嫌を良くするのも、子供達同士のトラブルを解決するのも。いつも明るく笑顔で、悩みなんてないような顔をしていた。
実は宇宙や星のことに興味があり、自分でもよく勉強していたのだが、偏りすぎると周囲とうまくやっていけないこともわかっていたので、バレないようにしていた。よあけは流行やファッションにも敏感で施設の中でも身なりには充分気をつけていたと思う。よあけという名前はやっぱり夜明けの空の色を彼女が好きだというから僕が考えた。
よあけの能力は、透明になったり透明にしたりすることだ。自分自身の姿を透明にするだけじゃなく、よあけ自身が望めばなんでも透明にできる。透明にするだけで無くなったわけではないので、誰かがそこにあったことを覚えていれば、1時間経てばそれは解除される。
二人は正反対のように見えて仲が良かった。周囲からは人付き合いが苦手なべにがよあけにくっついていたように見えていたかもしれないが、僕からしたらよあけはべにがいる時だけは自然体でいたような気がする。毎年行われる施設の発表会で二人が踊った時はまるで何百年も前から友達だったかのように息が揃っていた。
とにかくどちらにしろ、この二人とのことは昨日のことのように思い出せる。
悲劇が起きたのは子供達が全員12歳になって最初の検査の日だった。いつも通りの検査の他に二人だけ少し検査が長引くと言われていた。なんだろうか。僕にもわからなかったが、男と女ではこの年齢から色々変わってくるだろうから僕は詮索しないことにした。
検査が終わった僕は物理の本を読みながら過ごしていた。すると、ドン!! 大きな爆発音があった。
音は丁度べにとよあけが検査を受けているとされる部屋から聞こえてきた。僕はすぐにその部屋まで瞬間移動した。
そこには頭にコードを繋いだべにと、大人達が倒れていた。大人達は頭から血を流していて、助かる気配も無いように見えた。
「何があった?」
部屋の隅にいたよあけに僕は聞いた。よあけは「アタシがやったんだ。そういうことにしといて!」と言った。
だけど僕にはどうしてもよあけではなく、べにの検査によってこんなことが起きたのだと思った。
僕がどうしたらいいのか考えていると、今度は急に大きな物音と一緒に武装した大人達が何十人も入ってきた。
「見つけたぞ!!子供達だ!!」
そこから後のことは本当にあっという間だった。僕らはやって来た大人に保護され、呆気なく施設の外で「普通の」生活を与えられた。話を聞く限り、何年か前に生まれたばかりの子供達が大量に行方不明になったらしい。
彼らは人間の能力を拡張する実験台として、あの施設へ閉じ込められていた。それを行っていたのは「果実の同盟」という裏で世界を牛耳っている組織の末端だったそうだ。
その果実の同盟を倒そうと戦っている者達も世界中に存在し、彼らは「白鳥会」と呼ばれた。僕らを保護したのはその白鳥会のシマグニエリアを担当していた奴らだそうだ。
僕らはいくつか質問をされたが、不思議なことに僕以外のみんなは何も覚えていないようだった。能力のことも何もかも。僕はこれはみんなの記憶や能力をよあけが透明にしたからだと直感した。何故僕が影響を受けないかというと、時空を越えられる僕には記憶まで干渉することが出来ないからだと思う。
僕はその能力や賢さを買われて白鳥会に協力することになった。格闘術や、世界の本当の歴史、能力をうまく使いこなす方法を。どうやら能力者というのは世界中にいてそのうちの何人かはこういった組織に雇われてるようなのだ。
僕は「タイムワープ」と呼ばれるようになった。そして歴史のあらゆる分岐点となった時間と場所に行っては、「果実の同盟」を倒してきた。僕は時を駆ける殺し屋になったのだ。どちらが正しいとか考える余裕もなく、ただ僕らのように子供達が監視されないように、そして僕の家族の中で手を汚すのは僕だけでいいという気持ちで無心にそれを行ってきた。
それは一目にはあっという間だが僕にとっては果てしない時間だった。いつしか僕の心は年老いていき、自分のことを私と、まるで老人のように呼ぶようになった。
倒したものの魂は、白鳥会から与えられた鳥籠に入れて回収する。回収したものはどうやら丁寧に扱われ、宇宙の鳥へと還元されるのだ。これについてはよくわからないが、たぶん供養とかそういったものなのだろう。
そんなある日久しぶりにべにに会った。彼女は保護されてからは普通の教育を受け、普通に暮らしていた。
保護施設の廊下でべにとすれ違った時、彼女は口を開いた。
「ハウザー、よあけはどこに行っただ?」
その名前で僕を呼ぶ者が久しぶり過ぎて一瞬誰のことかわからなかった。僕は自分のことだとわかると振り返って言った。
「わからない。あれ以来会っていない。」
実際よあけには施設を出てから一度も会っていなかった。何でも都会の家に養子に入ったというが、本当かはわからなかった。だけどよあけは最後まで施設の爆発は自分がやったと言っていた。そんなわけはないのに。
これは僕が薄々勘付いていて、たぶん大人達にもそう思ったやつがいたのだと思うが、べにとよあけは他の子供達よりも能力が発展するのが早かった。そしてすごく力が強大でもあった。だから僕は時々二人は人間ではないのではないかと感じていた。姿は人間と同じでも例えばその遺伝子が人間とは違うのではないかと。
そんな話はファンタジーみたいだが、現に白鳥会で教えられた知識の中では人間以外の生物が人間に紛れて暮らしていても何ら不思議ではない気がした。
僕はべにが余計な騒ぎを起こしてはいけないと考え、言った。
「よあけは自分があの家を爆発させたと言っていた。きっとあいつも忘れたいんだろう。だからもう会わない方があいつのためになるだろうさ。」
「嘘つくな!そったらこと言ってオラが信じると思っとるんか?あの爆発はよあけのせいじゃないじゃろ?」
べには色々な方言が混ざったような話し方をする。そういう部分が他のやつらから不思議に思われるのに。
「あんた、何か隠しとるな?」
「隠してるっていうか、僕以外が何も覚えてないんだろ。」
「この前、ある人に会った。そしてこれを貰った。」
そう言うとべには、林檎型の小さな機械を僕に見せてきた。
「?なんだそれ。」
「運命ノート。世界のあらゆる出来事が書いてある。ここにこの前の事件のことも乗っとった。」
運命ノートだと?そんなもの聞いたことがない。
「待て。何だそれ。誰からもらったんだ?」
べには僕のネクタイをぎゅっと掴むと顔を引き寄せた。
「教えて欲しかったらべにのところへ連れていけ。あんた、それができるやろ?」
そうだった。ずっと忘れていたが、べには怖いのだ。
僕は色々と無理を頼んでべにとよあけが住む街にやってきた。白鳥会の力も借りてべにをよあけが通う学校にも転校させた。白鳥会の教育を受けるとわかる通り、学校なんて通う意味ないと僕は思うが、他のみんなは普通の暮らしをするべきだと思う。やっぱり「アオハル」っていうのは普通に生きてる奴らは経験すべきだろう。
遠くから見ていたが、よあけは最後に会った時よりも派手になっていた。最新の「ナウい」ものをたくさん身につけていて、友達がたくさんいた。
「ナウいなんて最近言わんわ。」とべにが言ったが似非方言妖怪に言われたくはない。
べには流行に振り回されずいつも通りだったが、色々心配はあったものの、二人の仲は元通りになったように見えた。
かと思ったのも束の間、ある夜二人は学校のプールの前にいた。僕はべににもう帰る時期だと迎えに行こうとしたのだが、二人ともう一人、よくわからない人物が話しているのが見えた。
途端にプールの中から巨大な蒸気機関車が現れた。「何だ…アレ…。」
僕が言葉を失っていると、プールから出て来た列車にべにとよあけは乗り込んだ。
「ちょっと待てよ!!」
慌てて僕は茂みから姿を現した。「どこへ行くつもりだ!?」
まだ列車に乗っていない人物、シルクハットを被った白と虹色の髪の不思議なやつは僕に気づくと振り返って言った。
「あの子たちは自分の運命と戦うんだ。大丈夫。絶対に危険な目には合わせないから。」
「お前は何者だ?」
「ボクは宇宙最大のサーカスの団長、ミラーボール団長だ。」
そいつは列車に乗り、月の向こうまで列車が見えなくなった。
ミラーボール?宇宙最大のサーカスって何だ?
あの列車は宇宙の彼方へ飛んで行ったように見えたが、僕が勉強した限り、列車が飛んで宇宙空間を走るなんてことはどんな技術を使っても今のところ不可能だ。あんなもの今まで勉強したどの知識でも教わっていない。
僕は呆気に取られ、帰ってから白鳥会にこのことを聞いてみた。僕が質問した学者の女性は銀河を走る列車のことは知らないみたいだった。しかし僕の質問に対して「もしそんなものがあるのだとしたら、その列車はとても個人的な理由で走っているのかもしれません。」と言った。
つまり白鳥会とも果実の同盟とも全く無関係だということか?それともそれも含めて全然別の勢力なのだろうか。
更に帰って来てから僕以外からべにやよあけの記憶が綺麗さっぱり抜け落ちていた。またか。また僕だけが覚えていなければいけない。
僕は自分の思考にまとまりがつかないまま、その後も永い時間を時を駆ける殺し屋として過ごした。
それからしばらくして、ある時代に移動した時のこと、僕はその街で奇妙なサーカス小屋を見つけた。もしやと思い近づいてみると、あのミラーボールとかいう団長が更に団員を増やしてショーを繰り広げていた。
僕はべにとよあけをテント小屋の中を隈なく探した。しかし2人の姿は見当たらなかった。
ショーが終わり、僕はミラーボールのところに行ってみた。ミラーボールはあの貼りついたような笑顔で笑っていたが、僕を見つけると瞳が曇ったようになった。
「キミは…。」
「2人はどこに行った?」
僕の質問には答えず、ミラーボールは帽子を脱いで頭を下げた。
「すまない。あのコ達はあのコ達の意思で遠くへ行ってしまったんだ。ボクも絶対見つけ出そうとしてるんだ。」
「危険な目には合わせないと約束したよな?」
「…ごめん。」
ミラーボールが何を言ってるのか信じられなかった。気づいたら私はコートの中に入っている拳銃を抜き取り、ミラーボールの脇に向けて撃っていた。
普通ならその後血飛沫が辺り一面に広がるのだが、ミラーボールの場合は違った。何かバリアみたいなもので跳ね返され、私が吹き飛ばされた。周囲にはガラスの破片が散らばっている。
ミラーボールは言った。
「ボクは死なない。死ねないんだ。」
私は顔を歪ませてその場からいなくなった。
それからというもの、私は銀河を走るミラーボールサーカスのことについて果実の同盟とは別に追うことになった。これは白鳥会でさえも把握し切れていない私だけで解決しなければならないことだ。
あの列車に乗っている人間がどんな理由で乗っているのか知らないが、1人の人間が世界からいなくなるだけで、またどこかの時空でサーカスが行われるだけで、世界の歴史がちょっとずつ変わってしまうのだ。
どんな目的で動いているにせよ、あの団長がやっていることは人攫いと同じだ。だったら僕がそれを止めないと。
もう二度とべにやよあけのような目に誰も合わないように。
私は少年の姿のまま、この思いだけを胸に時の渦を駆ける殺し屋、「タイムワープ」だ。