列車の中の出来事

 キッチン車両の鍋の前でミラーボールはワナワナと身体を震わせていた。
「ボクはボクになってから不便でならないことがある…。」
ミラーボールの他に列車に乗っている火野目桃菜はプリンを、赤木苹久はアイスをそれぞれ頬張りながらその様子を見ていた。
「ふーん、それは?」
「料理が著しくできないことだ!!」
 そう言って頭をくしゃくしゃと掻き回し始めた。
「レシピは頭に入ってるんだ!!あらゆるレシピがね!!だけど作ろうとするとどうしても上手くいかないんだ!焦げたり形がバラバラになったり!おにぎりでさえぺしゃんこになるんだからね!!」
ミラーボールは今にも泣きそうな顔だ。桃菜は呆れた顔で言った。
「仕方ないわねぇ。別にそんなことであんたが泣かなくてもいいじゃない?」
「いいや!美味しいものは大切な人と食べるから美味しいんだ!そんなボクが何一つ作れないなんて、ボクを作ったヤツらはなんて設定をしてくれたんだ!!」
「きっと意味があってそうしたんだろ、わらわには関係ないがな。」苹久は吐き捨てると棒アイスを齧った。
「ふっふっふ…。だからこれからはアタシが作ってあげるわ!!」
桃菜は鼻たかだかに言うと鍋の前に仁王立ちした。
「わらわも作れるぞ。」苹久が横から口を挟んだ。
 ミラーボールは怯えたような顔でさっと二人から離れた。
「何よう。」
「いや〜、キミら料理ってガラじゃないからさ。」
「失礼ね。アタシの記憶の中の運命ノートには世界中の料理のレシピが入ってるのよ!アタシなら正確に作れるわ!」
「なるほど。ギャップ萌えってやつだね!」
ミラーボールが思わず言って桃菜の顔が赤くなる。
「ば、バカ!そういうのは簡単に言うものじゃないのよ!!それで、何が食べたいの?カレー?」
「え〜カレーはもう飽きたよー。」
「じゃあ何がいいのよ?」
「鶏肉かなあ。」
ミラーボールの言葉に苹久の背筋がゾワっと凍った。
 桃菜が作った生姜焼き定食を食べ終わるとミラーボールは満足そうに言った。
「は〜!!美味しかった!ご馳走様でした!!」
そう言って桃菜に頭を下げる。
「ほんとに美味しいよ!これ!特にこの味噌汁なんて毎日飲んでもいいくらいだよ!毎日作ってくれるよね?」
またまた桃菜は動揺してしまう。
「だから、そういうことは簡単に言うもんじゃないの!!」
二人のやり取りを見て苹久は呆れていた。「全く、いつの時代の漫画の場面だよ。」
するとミラーボールはデザートのアイスキャンディーの包みを開き齧り始めた。苹久は無言のままつかつかとミラーボールの方へ進むといきなりミラーボールの口元に自らの口を重ねて来た。
 あまりの出来事に桃菜はたまったものじゃない。
 ミラーボールも驚いて目を回しながら苹久を自分から引き離そうとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと、何だい一体!?」
「気に入った相手にはこうするんじゃないのか。これこそが真実の愛だとお前の部屋の絵本には描いてあったぞ。」
「ち、違うよ!たぶん、それは…。」
ミラーボールが言葉を濁したので桃菜が我に帰り、割って入る。
「何やってんのよ!そんなのはねー、愛し合う者同士がやるものなのよ!!」
「?気に入ったのと愛し合うことの何が違う。わらわはこの列車の中ではミラーボールが気に入った。そこの出来損ないはともかく。」
「誰が出来損ないだ!!」
「更に言えばアイスが気に入ったから欲しい、と思っただけだ。」
「な〜んだ、そう、だったのか。」ミラーボールが安心して肩を落としたので代わりに桃菜が言った。
「それはそれで落ち込みなさいよ!!」
するとミラーボールは恥ずかしそうに帽子で顔を隠すと「そんなこと言ったって…。ボ、ボクは愛の話は好きだけど恋の話は苦手なんだ!」
「そう、なんだ…。」桃菜は何故かほっとしてしまった。
「全く、この列車の中にはちょっとの絵本しか娯楽がなくてつまらん。おい、そこの桃顔、何か面白い遊びを考えよ。」
「桃顔じゃないわよ!!」
するとミラーボールは顔を上げて言った。
「面白い遊びならあるよ!ずっとやってみたかったんだよね。」


 そう言ってミラーボールが部屋に来て取り出したのはビデオゲームのセットだった。昔ながらのカーレースのゲームだ。
「この列車ではテレビは見れないんだ。ゲームも本当は乗せないつもりだったんだけど、どうしてもゲームを持っていきたいって言ったコがいて、唯一乗せたのがこれ。だけどボクには遊び方がわからなくてね。」
苹久は「こんなの簡単だ。」と言ってゲームをスクリーン型の機械に繋いだ。
 早速ミラーボール、桃菜、苹久対抗の車が作られカーレースが始まる。
「オラオラァ!!今日こそは決着付けてやるよ!鳥ヤロー!!」
「はっ、単細胞の魂が。お前が勝てるわけないだろ。」
桃菜と苹久がやり合ってる中、「ねぇ!これどうやって動かすの!?わかんないよー。」ミラーボールがコントローラーを動かしながら苦戦していた。何気にアイテムだけは3人の中で1番の驚異的な数を集めている。
 しかし次の瞬間ミラーボールのレーシングカーは真っ逆様にマグマの中へと落ちて行った。
「…よっわ。」桃菜と苹久の声が揃った。
 気を取り直してミラーボールは別の遊びがあると二人を奥の車両へ案内した。そこは他の車両と違い体育館ほどの広さだった。
「ここだけ空間が歪んでいるんだ。ここでならスポーツができるよ。」
「スポーツっていっても3人しかいないし。」
ミラーボールはやる気だ。帽子の中からボールを取り出すと頭上に掲げて言った。
「このボールで遊ぼう!投げたり蹴ったり落とさないようにしたり色々!」

***
「全っぜんダメじゃないのよー!!」
一通りのボールを使った遊びをしてみたが、まさかミラーボールがこんなに運動できないとは思わなかった。あっちにいったりこっちに行ったりさながら「ミラーボール」で遊んでいるかのような気分に二人はなった。
 ミラーボールは疲れてその場にへたり込んでいる。
「ひー…はー…スポーツはやっぱり疲れるね。」
「なんだって急に遊ぼうなんて思ったわけ?」
桃菜は汗を吹くタオルをミラーボールに渡して聞いた。
「…だって誰かと遊ぶなんて初めてだったんだもん。」
そうだ。桃菜と苹久がこの列車に乗るまでミラーボールはずっと一人だったのだ。この列車が走っている宇宙、それは記憶の道と呼ばれる異空間だった。
 どれだけ永い間ミラーボールは一人だったのだろうか。桃菜は思わず聞いた。
「あのさ、一人でいた時はどうやって遊んでたの?」
それを聞いてミラーボールは思い出したように顔を上げた。
 ミラーボールの部屋に戻ると大量のスケッチブックやノートが散乱してるのが目に入った。確か列車に乗った最初の時もこんな感じだっただろう。
 描いてあるものは子供が落書きしたようなものから写実的な風景の絵までバラバラだった。同じ人が一人で描いたとは思えない。
「キミたちに会うまで、ボクはこうやってイマジネーションをもて余していた。」
絵だけではない。ノートにはミラーボールが書いたあらゆるアイディアや音楽の楽譜や歌詞みたいなものまである。中には凶悪犯罪者が書いたような残酷なものもあるが、反対にどこかの宗教の言葉みたいなものもある。筆跡も言語もバラバラで一人が書いたとは思えない。
 そしてどのページにも共通して同じ言葉が書かれていた。
「宇宙最大のエンターテイメント」。
 桃菜の頭では全てを解るのに追いつきそうにないが、思い切って言ってみた。
「こんなにたくさんのイマジネーションがあるなら誰かに見せたらいいじゃない。」
するとミラーボールが言った。
「誰に?見せたいと思う誰かがずっといなかったからね。」
その言葉は全てを諦めているみたいに聞こえた。確かに。ミラーボールはよく一人で歌ったり踊ったりしている時があるが、その度に桃菜は思った。もっとたくさんの人に見てもらえたらそれは感動するだろう。
「イマジネーション…?」
黙って興味無さそうにしていた苹久が急に呟いた。
 そして「そうだった!イマジネーションだ!わらわは戦略を実行しなければならない!!」と叫び出した。
 髪の毛から火花を散らして目も赤く輝いている。温かい風がぶわっとその場に吹き始め、赤い羽が宙に舞った。
「ちょっと!何なのよ一体!?」
「黙ってろ。おい、ミラーボール。そういえばわらわがこの列車に乗った理由を話していなかったな。」
苹久はミラーボールの元に歩み寄った。
「うん。ずっとキミには目的があるような気がしていたけど、キミから話さないのであれば構わないて思って聞かなかったんだ。」
「もちろんだ。わらわはお前を利用するためにこの列車に乗ったのだ。
 わらわが世界を作った鳥から分離した生命体だという話は前にしただろう?わらわが人間の姿を選んだのは人間ほど興味深い生物はいないと思ったからだ。
 かつてわらわはこの姿を使って人間の世界に紛れ込んだ。そしてその時出会った人間が死ぬ間際にわらわに愛してると言ったのだ。
 わらわにはその意味がわからなかった。何故人間の一生はあまりにも短いのに何かを愛したり願いを叶えようとするのか。だからわらわの主体となる鳥は自身の左目を手鏡にして、その中へ世界を作った。はずだった。
 だが余計なことをした蛇のおかげで世界は終わりのない楽園から欲望渦巻く混沌へと変わってしまった。
 生命には必ず死が訪れ、争いの連鎖が後を絶たない。蛇はそんな生物達の心の迷いに取り憑き、その者を透明にする。
 透明になった者は更にまた別の世界を映す鏡となり、世界は何層にも分かれてしまった。そしてその何層にも分かれた世界からも分離した何者にもなれない存在は実態を無くし、この記憶の道を彷徨うだけの物質となる。
 そこの桃菜とかいうヤツも中に入っている魂はそんなヤツだ。」
苹久がちらっと桃菜を見た。
「それでキミは桃菜を出来損ないの魂って言ってるのか。」
苹久は続ける。
「わらわの元となる宇宙の鳥だけは進んでいく時代の中で唯一永遠に存在しているからな。ある時代、ある世界でのことだ。錬金術を覚えようとした男がいた。男は宇宙のエネルギーの中から新たな人間を作り出そうとした。そうして召喚されたのがわらわだ。赤木苹久という名もその時つけられたものをわかりやすく変えただけだ。
 男は錬金術で困っている奴らを助けようとしていた。わらわには無駄な時間だとわかっていながらも、力を貸してくれと協力を願った。わらわも美味いものが貰えるという報酬があったから協力した。しかし男は他者のために自己を犠牲にするところがあり、ある時内戦に巻き込まれて死んでしまった。
 またしてもわらわには理解が出来なかった。あの男もわらわに愛してると言ったんだ。わらわにとってあの男がいなくなることは不便だった。美味いものが食えない、綺麗な景色が見れない、心に穴が空いたような欠落感があって満足できない、目からは水が溢れてくる。わらわは考えた、失いたくないなら無くさなければいい。
 だから「世界の記憶」と呼ばれるこの全ての世界の繋ぎ目にあたる空間へと入ったのだ。世界の歴史を書き換え、あの男が生存するように戦略を立てた。そのためには実態のないイマジネーション達の存在証明が必要だった。存在しない魂の因果律が証明されることで死んだはずの命も復活するのだ。」
なんだか難しい話だ。桃菜は聞いた。「さっきから言ってるイマジネーションってなんなのよ?」
「世界からなかったことにされた概念や本来存在するはずだったのにあらゆる時空の変化で存在することができなかった魂だ。だがそれは本来生命の遠い記憶の中では確かに存在し、人間の想像力によって出現することがある。幼い子供がイマジナリーフレンドといって空想の友達を作ることがあるが、あれはそんなイマジネーションがどこかに出現した状態だ。だが大体のヤツらは蛇が時代時代に仕掛けた空想停止装置によって徐々に見えなくなり記憶の彼方に葬り去られる。
 いつまでも自己のイマジネーションを信じる輩もいるが、上手くいけば自己実現、イマジネーションにとっての存在証明がなされるが、ほとんどの者は変わり者と定義され、生きづらさを抱え、やがて透明になる。透明になる魂が増えれば増えるほど世界の鏡は何層にも分かれ、イマジネーションとなってこの記憶の道を彷徨うしかなくなるのだ。お前もそうなりかけるところだったんだぞ?」
苹久が桃菜を横目で見た。確か苹久は桃菜をずっと追っていたがそれはどういった意味なんだろう。
「でも!アンタ言ってたわよね?アタシにはやらなきゃいけないことがあるって。」
 「確かに、お前にはやることがあると言ったな。忘れているのか。バカめ。」
「はぁぁ!?」
「だがわらわも透明になる魂が増えるのは快いことじゃない。だからわらわはあらゆる時代に願いを叶える鳥を派遣した。それはインコだったり、ペンギンだったり、3つ足のカラスだったり、トキだったり、ハヤブサだったり、ドードー鳥だったりする。ただし何でも願いを叶えるわけじゃない。その人間が己の存在を自ら証明できるよう仕向けるだけだ。何故ならそいつらの存在がわらわにとって必要だからではない。これはわらわの相棒だった男が生存するための戦略の一部なだけだ。」
何故か最後の部分を力強く苹久は言い切った。ミラーボールは話を聞いてくすっと笑った。
「何がおかしい。」
「キミが望んでいるものはすでにキミの近くにあるというのに。キミはキミ自身が青い鳥だってことに気づいていない。」
「あぁ?」
苹久が機嫌悪そうにしたので、ミラーボールはすぐに訂正した。
「ああごめんごめん!キミは赤い鳥だったね!」
ミラーボールが喋ったのと同時に急に電車が止まった。
「何何?」
「どうやらボク達が出会ったことで列車が止まるべき場所が一つ増えたみたいだよ。」
ミラーボールはまるでわかっていたような様子で電車から降りた。広大な砂と星々しかない空間にドーム上の建物が立っている。
 入り口にはこう書かれていた。桃菜がそれを口に出して読む。
「星空の図書館…分室?」

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