Piece Maker

 音楽が鳴り止み、辺り一面に喝采が起こった。鰯のような顔をして魅入っていた観客も一斉に手を叩いている。いつものようなサーカスのクライマックスだ。
 そんな様子を写真に撮っている者がいた。だいぶ昔の手でシャッターを引くタイプのカメラだ。撮っているのは、サーカスの方ではなく観客の表情だ。
 彼はサーカス小屋の外にある露店に立つと、テントから出てくる客達に向けて言った。
「さあ、今日の様子を撮影した写真だよ。これがあれば今日の思い出も永遠になる。見るたびに思い出せるすごいものだよ。」
この世界ではまだ写真が珍しいのか、皆並んでそれを見ている。「でも写真ってお金持ちの人しか撮れないんじゃないの?」誰かが言った。
「うん。だけどここのは安いよ。」
写真を撮っていた人物は答えた。
「あの人は?」私が聞くとミラーボール団長がいつの間にか私の後ろに立っていて答えた。
「ゼロだよ。写真屋なんだ。」
ゼロと呼ばれた人物は長い緑色の皮のコートを着ており、髪は爆発したようなパーマだった。陶器のように真っ白な肌にはどこかこの世の者とは思えない人間離れした空気が漂っていた。
「次の世界でのキミの役目はゼロと一緒になるから。言っておくけど、ゼロは相当面白いコだよ。」
ミラーボール団長はぽん、と私の肩に手を置くと鼻歌を歌いながら行ってしまった。
 列車の中にあるゼロの部屋で軽く面談というか自己紹介することになった。ゼロの部屋は他の団員もそうであるが、何というか独特な雰囲気があった。色々な国の儀式のアイテムみたいなものから、昭和のおもちゃというのかサングラスをかけたひまわりの置物だったり、フラミンゴの頷く置物だったり、ダッコちゃんがあったりした。
 更に写真を撮るのに使う機材がたくさん置かれていた。昔のカメラから私の時代にあったようなカメラまで。
 一つの映写機からスクリーンに二枚の青い幻灯が写されている。
「改めて、カメラマンのゼロだ。」
「弥栄ヨリです。よろしくお願いします。」
ゼロは何本かの飲み物を冷蔵庫から出して私の前に置いた。どれでも飲んでいいということか。
「と言っても、君には写真を売る作業をやってもらうだけなんだけどね。」ゼロが笑って言った途端、不意に表情が変わった。「あなた、どこかで会ったことがありますね?」
冷徹な研究者みたいな無表情で、だがしかしどこか驚いたような表情でも会った。
「たぶんサーカス列車の中で何度か会ってます。」私が答えると、「違う。そうじゃない。私の記憶のどこかで。/失敬。今のは気にしないで。」ゼロの表情がまた変わった。
「それにしても、写真ってどれも世界に1枚しかない素敵なものですね!」なんとか話題を繋げようと私が言うと、「おねーちゃん!」今度はゼロはいきなり私に抱きついてきた。
「ぼくのおねーちゃんだよね!ずっと会いたかったんだ!」
ゼロの顔がさっきとはまた変わり、無邪気な子供のようになった。私が反応に困っていると、「わっ、悪い!決してビビらせようとしたわけじゃねーんだよ!そ、その、なんだ、せっかく会ったんだし、一発やらねーか?/それを言うなら一杯やらないかでしょう。全く品格がない。ヨリさん、私達とお茶を一杯。」
なんなんだ、この人。変に口説いてくるなら逃げたほうが良いだろうか。ゼロは自分で自分の頬をぱちんと叩くと、言った。
「ああもう、どのみちバレてしまうか。ヨリ、無礼な態度を取って済まなかった。僕の中には僕以外の人格が3人いるんだ。」
ゼロは本当に済まなさそうに頭を下げた。つまりこの人は多重人格だということか。
「少しだけ、僕の話を聞いてくれないか?」

ゼロの話によると、彼は自分が何者なのかわからないらしい。ある日突然、彼はいた。そして同時に他の人格も彼が自分を認識した時から同時にいたという。
 本来なら記憶喪失として施設などに行くはずがそうはならなかった。彼がいたのと同時に目の前にサーカス列車が止まっていたからだ。
「さあ、あの列車に乗るんだ。」
 振り返ると後ろにミラーボール団長が立っていた。
「一つの身体の中に何人も入ってるというのは、更に自分が何者なのかわからないっていうのはボクにもとてもよくわかるよ。」
ミラーボール団長は言った。「だけど幸福を作るのは、何よりも楽しいことだ。」
ミラーボール団長に促されるまま、ゼロは列車に乗った。そして何故か最初から知っていたのがカメラを扱い写真を撮ることだった。
 以来ずっと観客の笑顔を写真に撮っている。団員の写真も撮ることはあるが、売り出すのはやってはいけない気がしてゼロが個人的に保管していた。

 「ミラーボール団長はいくら撮っても光しか映らないんだ。」ゼロはそんなことを言った。

 ゼロ以外の人格は科学者で敬語の人物、クラ、子供のムー、そして乱暴で酒が大好きなボンである。
 彼らは態度こそ失礼だが決して悪い奴らではないらしい。
 おそらくゼロの多重人格のケースは精神的ショックによる人格分裂ではなく、何か霊的なものが憑いてるからだと彼は分析していた。たぶん医学の世界ではそれさえも病気の症状として診断するだろうが。
 でも、最初の印象とは違いゼロはとてもいい人だった。次の仕事もうまくやっていけそうだ。

☆☆☆
蛇が3本巻き付いた鍵を見ながらミラーボール団長は呟いた。
「そろそろ彼を列車から降ろさないといけないみたいだ。真実を知るのは知らなかった時よりも一層強くショックを受ける時がある。それでも、しなければならない。そうじゃなきゃボクはここにいないんだ。」
 ミラーボールが鍵をポケットに入れたのと同時に列車が止まった。

 ***
次に辿り着いた世界は急な渓谷の中にさほど大きくない都市があるという街だった。科学が発達しているようで、ソーラーパネルの屋根の建物や移動式のスクーターも電動である。
 店の中にもロボットが稼働していた。しかしこの街のもう一つの特徴はあちこちに神社が建っていたことだ。街の中には神話の神様や鬼の銅像がいくつも建てられていた。
「ここは第二のテクノポリスになるはずの街なんだ。」
ミラーボール団長が言った。
「第二の?」
「東京テクノポリス計画だよ。知らない?」
そんなもの聞いたことがない。テクノポリスという曲なら知ってるけど。
「ああそうか、キミの世界ではそれはなかったことになってるんだったね。とにかくその計画は失敗したんだ。だけど次に計画を実行する都市をここにするなんて、奴らは何も怖くないのだね。」
 ミラーボール団長が言ってることは相変わらずよくわからないが、この街には何故か親しみを覚えた。神話と鬼の伝説なら私の地元にもあったから。
 私達はミラーボール団長が宿泊できる場所を探している間に街の至るところを散策して楽しんだ。神社の中には壮大な滝がある場所もあり、神秘的な感じがした。
 ミラーボール団長は前に神社や宗教施設についてこんなことを言っていた。
「ああいう祈りを捧げるような場所に行ったら手を合わせてはダメなんだ。片手で指を2本立てて、指からビームが出ているようにすとん、と上から下に下ろす。そうやって封印を解いてやるんだ。ま、ボクには祈りを捧げる祭壇はないけどね。」
そう教えられてからいつものようにやっていた仕草をここでもする。
 ゼロは離れた場所で珍しいのか、境内や辺りの景色を写真に撮っていた。 「ここはいい場所だな。初めて来た気がしない。」なんてゼロが言っていると、「こん、ちゃん?」
鳥居の向こうから一人の女性がやってきた。片にはカメラを下げている。
「やっぱりこんちゃんだ!!」
その人は走り出すとゼロの顔を確認して抱きついてきた。
 彼女、空陽鞠(そらのひまり)さんはサーカスの団員を家に泊めてくれると言った民宿の娘だった。
 髪が腰まで長く、なんというかどこかぽや〜っとしていて憎めないところがある。民宿には彼女が編んだというパッチワークの飾りがたくさん飾ってあった。
「ほんとにびっくり、まさかこんちゃんに似た人がサーカスにいるなんて。」陽鞠さんは食べ物をみんなの前に並べて言った。ミラーボール団長はすぐさま目の前の海苔巻きを頬張る。
「すごい偶然だよね。だけど運命って考えた方が面白いよ。」ミラーボール団長の言ってることに陽鞠さんは?という顔をした。
「ああ、この人の言うことは気にしなくていいんで。」
ピエロのハッピーが言った。
 ゼロは何がなんだかわかっていないみたいで、陽鞠さんに聞いた。
「そのこんちゃんって人はどんな人だったんだい?」
陽鞠さんはにこっと笑って話した。「こんちゃんはね…。」

 陽鞠さんの同級生だという四月一日紺(わたぬきこん)さんは学生時代の陽鞠さんと同じ写真部だった。部員は二人しかいないので、よくこの辺りの神社の写真を撮りに行っていた。
 紺さんの父親は四月一日先生といってこの街に新しい科学技術を導入した科学者だった。つまり紺さんは高校生からこの街に引っ越してきたのだそうだ。
 寡黙であまり人に心を開かない紺だが、写真は多弁だった。見る者の心を掴んで、まるでその情景が自分の記憶の一部なのではないかと思わせるような写真を撮った。
 陽鞠は10代の頃は病気がちで入退院を繰り返していたが、紺の写真を見るといつも元気が出た。突然いつもとは違う体調の異変を感じ、陽鞠が入院した。その頃から紺は見舞いに来なくなった。
 ある日ものすごくよく効くという治療薬が出来、陽鞠の体調は回復した。街中の全ての怪我人や病人がその薬のおかげで助かった。しかしそれと同時に、四月一日先生とその息子は行方不明になっていた。

「そうだったのか、大変だったね。」ゼロは言った。
「たぶん薬を作ったのは四月一日先生だと思うの。でも、どうしていなくなったのかは誰も知らないんだ。」
ミラーボール団長はにやっと笑いながらピザをつまんでいる。とうもろこしをドバッとかけて。
 「写真だったらゼロも取ってるんだよ!ねえ、見せてあげたら?」顔が二つのレイとレンが言った。
「いや、今は持ってないんだ。それにきっとその紺って人の写真の方が凄いよ。」
ゼロは言いたくないのか席を立つとその場からいなくなった。ミラーボール団長がオムライスとスパゲッティを一緒に食べて、「これすっごくいいね!もっとないの?」と言った。
 ゼロが部屋に戻ると、ボンが叫び出した。
「おいおいおい!ゼロ聞いたか!?ありゃあ絶対お前だぜ!さっさと思い出してあの子とくっついちまえよ!」
するとムーが自分の左頬をパンチした。
「えー?なんでおじさんそんなやらしいことしか言えないわけー?大体ぼくまだそんなのきょーみないし!ゲームのほうが面白いもんね!」
クラが出てきて言った。
「まだ四月一日紺とゼロが同一人物だという確証はないでしょう。しかし、もしそうだと仮定した場合、この街は非常に興味深い研究対象になります。でしょう、ゼロ。」
ゼロは蹲ると言った。
「どちらにせよ、あの陽鞠という子にはあまり近付かない方がいい。僕が四月一日紺だった場合、あの子が今の僕を知ったらとてもショックを受ける。そしてたぶん、僕らも。」
ゼロは今までに感じたこともない不安に動悸がしてきた。

 サーカスは滝のある神社の開けた場所で行った。倫理的にどうなのかと疑問に思ったが、街の人達は皆歓迎してくれた。
「神の前で祭事を行うなら、儀式でもサーカスでも一緒ってことだよね!」
 ミラーボール団長はそんなことを言った。
 サーカスはなんの異変もなくいつも通り進んで行った。空中ブランコが始まるまでは。
 観客達が驚いて見上げている途端、一人がばたんと倒れ出した。
「だ、誰か救急車を!!」
「ダメだ、もう…。」
突然のことにサーカスは一旦中止された。ミラーボール団長は最初からわかっていたみたいに、倒れた人の元へ駆け寄った。それを見て私も仰天した。倒れた人の皮膚がまるで彫刻みたいに石化していたからだ。まるでゴーゴンに睨まれたかのように。一瞬作り物かとも思ったが、どうやら違うようだ。この人の連絡先に連絡したらポケットの携帯が鳴り出したからだ。
 「こういうことはよくあるんですか?」
ミラーボール団長が近くにいた人に聞いた。
「どうして…?」聞かれた人はなんでそんなことを聞かれるのかわからない様子だった。
「キミたちの反応がまるで見慣れたようだったからだよ。」
その人は答えた。
「はい、実は3年ぐらい前から人がこう、亡くなると石みたいになるんです。この人の場合も、死因は心臓発作かもしれませんが、この街の人はみんな亡くなるとこうなります。」
「キミたちはそれを受け入れているのかい?」
「まさか!どれだけ捜査や医学的な説明を訴えたか…。ですが、この街は都市からは非常に離れているため、よくある死後硬直だと取り合ってくれないんです。」
「なるほど。じゃあ、これは何かな?」
ミラーボール団長が手に持って見せたのは石化した遺体の側に落ちていた反射する鏡の欠片みたいなものだった。
「それは…欠片です。亡くなるとこうやって遺体の側に落ちてるんです。それは捜査や研究に必要だから、見つけたら医者か警察に渡すことになってるんです。」
「その通り。ここからは我々がなんとかしますよ。」
白衣を来た団体が遺体周辺を運んでいく。
「なんだいキミらは。」
「お気になさらず。」
そう言っているがめちゃくちゃ怪しい。街の人は違和感を持たないのだろうか。
「気になるよ。なぜってボクの団員が関係してるんだからね。」
ミラーボール団長は言った。どういうことだ?白衣の人はどういうわけかわからず、団員の顔を見渡して、ゼロと目があった。
「あなたは…。四月一日先生の…。ちょっと着いてきてもらえますか?」
そう言うと団体は結構強引にゼロを連れて行こうとした。
「おい!このクソ団長!全部知ってたのかよ!?」
 団長は笑っている。
「そんなに乱暴に連れて行かないでね。ボク達も着いて行ってもいいよね?」
「申し訳ありませんが、関係者以外の者は…。」
「ボク達は関係者だよ。銀河のサーカス列車の話を知らないのかい?」
すると、団長がどんな方法を使ったのかわからないが白衣の団体は急に団長の言う通りになった。

 案内されたのは山の奥の方にある廃病院の地下だった。
 案内した人物がゼロを見て話し出す。
「四月一日先生には本当にお世話になりました。数年前、どんな病気も治る薬を開発してくれたのですから…。」 
 ゼロは困ったように話した。
「残念だけど僕には自分の父親なんてよくわからないんだ。僕が四月一日紺だという確証もない。一体この街はなんなんだ?」
「我々は人間の記憶を永遠に保存しておける研究チームでした。そしてこの街の神社、特に鬼の祀られている神社には「世界の記憶」といって、地球で起きた事象を全て記憶として保存している有機物があると言われていました。
 我々は眉唾だったのですが、四月一日先生はそういった話も受け入れる方でした。「世界の記憶」のDNAを採取した四月一日先生はそれが人間のどんな怪我や病気も治すことを発見しました。
 なのでそれを街の病院に寄付したのです。そのおかげで街の人の体調は皆良くなりました。
 ですが、これには代償があったのですね。「世界の記憶」の遺伝子はそれを摂取した人間が生きている時には発見できない。しかしその人が亡くなると、体内の養分を全て抜き取り、このように固形化するのです。」
白衣の人物はさっきのガラスの破片みたいなものを見せた。
「これこそが素晴らしい発見だったんですね。この破片は人間の体内の養分だけではなく、その人の記憶も保存している。だからまたこれを液体化して別の人間に埋め込むと次の人間に継承できる。その人間が亡くなったらまた二人分、三人分と記憶を継承し続けることができる。
 まだ表には公表されていませんが、既に政府や有名人の中にはそれを試していますよ。たまに死因が公表されない人がいるのはそのためです。」
ゼロは真っ青な顔になって聞いた。「何のためにそんなことをするんだ?」
「何年も人類の記憶を受け継ぎ続けて、人類が滅びた時に世界を作るためですよ。この欠片を集めて地球に存在した全ての人類の記憶を管理した世界を作ったら、いつか進化した生命体や他の星の惑星の生物が見つけてくれるでしょう。我々がここにいたことを覚えていてもらいたいじゃないですか!」まるで悪気がないようにその人は言った。
「これこそが誰一人取り残さない永遠の世界存続計画です!」
ミラーボール団長の眉が一瞬だがぴくっと動いた。
「違うよ。キミを一人にしないための世界存続計画だ。」
「?どちらも同じことでしょう?」
「違うね。…キミたちは、果実の同盟なのかい?」
「ああ、たまにいるんですよね。果実の同盟が全て悪の組織だと思ってる方。我々は悪魔的な儀式や人を傷つけるためではなく平和や友愛の精神で動いているのです。そしてこの世界が平和になるような発見をしてくれた四月一日先生はまさにピースメイカーなんですよ。」
鏡のような欠片がキラッと光った。
「僕もそれに触ってもいいかい?」
「ええ、もちろん!」
ゼロは欠片に触った。そして倒れた人の記憶が彼の中に流れ込んでくるのを感じた。そしてそれと同時に、自分の失われた記憶も、流れて来た。
 宿泊施設で待っていた巡は部屋の布団を変えに来た陽鞠に聞いてみた。
「陽鞠ちゃんって紺ちゃんのことが好きなノ?」
あまりのことに陽鞠はその場に布団を落とした。
「えええ?ち、違うよ?たぶん!」
今まで自分が誰かを好きだなんて考えたこともなかった。だけど紺がいなくなってから1日でも彼のことを思い出さない日はあっただろうか。
もしかしたら、ちゃんと考えて来なかっただけで自分は紺が好きだったのかもしれない。
 陽鞠は顔を赤くしていたが、急に心臓が痛み出した。子供の時によくあった症状と同じように。
「陽鞠ちゃん!?」
巡は慌てて陽鞠に駆け寄る。見ると陽鞠の指先がどんどん石に変わって行った。
「ど、どーしよう…。」
巡は蛇が巻き付いた鍵を持って姿見の中に飛び込んだ。列車の中の団長の部屋に行きダイヤルを回さずに電話の受話器を取る。不便だがこうでもしないと、団長に繋がらないのだ。
「ひ、陽鞠ちゃんが…!!」
「大丈夫。わかってる。もう着いてるよ。」
 巡はうわーんと泣き出した。

***
巡ちゃんの部屋で倒れていた陽鞠ちゃんを見つけると、ゼロは、いや四月一日紺は彼女に駆け寄った。
 陽鞠ちゃんの口元に自分の口を重ねるとみるみる石になった部分が元に戻っていく。
陽鞠ちゃんが薄く目を開けた。
「紺ちゃん…どうして?」
「全部思い出したよ、陽鞠。僕はこの街の人達が埋め込まれたものを吸い取る能力がある。」
「ちなみに他の人にはキスはしないつもりだよー。」
ミラーボール団長が言った。
 そして自分がサーカス列車に乗った直前のことに付いて説明した。

***

「こんなの狂ってるよ!父さん!」
紺は父の研究を知ってしまい、ある晩それを止めようとした。
「いえ、これは人類にとって非常に重要な進歩です。あなたにも時期わかるでしょう。」
冷徹な父はいつもこうやって紺にも慇懃無礼に話した。
「だからって!子供とその辺の人を実験台に使うなんて!」
研究室の台には街でアル中と言われていた浮浪者と余命わずかもなかった病気の孤児が横たわっている。どちらも石化したのだ。紺の父親が実験に「世界の記憶」を埋め込んだのだ。
「あなたも今のうちに埋め込んでおきましょう。そうすれば遠い未来、永遠に存在できます。」
「やめろ!!」
取っ組み合いになり、打ちどころが悪かったのか紺の父が頭を打って倒れた。途端に彼はみるみるうちに石になっていった。なんと彼は自分にも「世界の記憶」を埋め込んでいたのだ。
 紺は何事かわからず、石化した父の側にあったガラス片を取った。するとそれは紺の体内に入って行き、父の姿も霧消した。驚いた紺は浮浪者と子供の側にあったそれにも触れた。そうして、4人ともがどういう状況なのか全ての記憶を失くしたまま、多重人格者になっていたのだ。

「どうです?さぞ素晴らしいでしょう?そうだ、あなたがピースメイカーの後継者になれば四月一日先生も喜びますね。」
果実の同盟の人は笑顔で言った。と思ったが、「うひゃい!!」突然何者かに脳天を貫かれていた。
 見ると病院のあらゆるところにいた人達が同じように倒れている。
「タイムワープ!!」
時を駆ける殺し屋、タイムワープが盛っていた鳥籠を開けて遺体を光の粒にしてしまっていく。
「歴史を間違った方向に持っていくやつは私が許さない。」
そして傘を広げるとこう言った。
「この街の医療関係者や警察は全て始末しておいた。もうじき都市の方から真実を知る警察や医療関係者が着くだろう。」
この世界には嘘で騙す人達だけじゃなく、本当に人を救おうという人達もまだいるのだ。
 タイムワープはまたどこかへ消えて行った。


陽鞠が回復するとミラーボール団長は言った。
「さて!ではゼロ、元気でね!」
「何だって?」
「キミは自分が何者なのかわかったんだからもうサーカスにいる必要はないんだよ。キミはキミのやるべきことを。」
 あまりのことにみんな動揺している。
「だってこの街全員の体内に入ったものを全部吸い取るなんてどうやって…。まさか全員に抱きつけばいいって?」
「世界の記憶を吸い取るのは写真を撮るのでもできるよ。そう言えばこの街には写真屋さんがないんだって?さぞお客さんが来るだろうね。」ミラーボール団長はにやっとしながら
陽鞠ちゃんを見た。
「そ、そうなんだ。私がやってみようかとも考えたんだけど、私一人じゃ大変で、紺ちゃんさえよかったら…。」
何故か陽鞠ちゃんは赤くなっている。
「絶対やりましょ!!すぐやりましょ!!」何故か巡ちゃんがそう叫んだ。
だが私は一つだけ、(本当はもっとたくさんあるが)気になることがあった。
「もしゼロ…紺さんが世界の記憶を吸い取れるとして、そうしたら紺さんが亡くなった時にまた石になるんじゃないですか?」
ミラーボール団長はえっへんと咳払いした。
「それは全部ここに集まるから心配ない!」
団長はいつも持ってるステッキを見せた。確か前にも何度かこのステッキは誰かの魂や記憶を吸い込んで行った。
「このステッキの中にある世界に全て移行できるんだ。」


 全てがわかった途端、クラ、ムー、ボンはゼロの中から出て行った。
「アルコールばかりの人生だったが、お前たちのおかげで楽しかったぜ!」とボン。
「ぼくはサーカスっていうゲームが出来て生きてるって思えたよ!」とムー。
「あなたは私の息子だったのですね。でも、これで分かりました。世界全体の幸せは誰かの独りよがりを押し付けて実現するものではなく、側にいる大切な誰かを一人にしないことだったのですね。紺、すまなかった。こんな父親だったが許してくれないか。そしていつまでも、愛してる。」
 ゼロは共にサーカスの時間を共有した仲間に別れを告げた。
 
 列車が発車して手を振る紺さんと陽鞠ちゃんが小さくなっていく。自分が何者かわかれば、こうやって列車を降りることになるのか。
 ミラーボール団長はコーヒーとオレンジジュースを交互に飲みながら足を組んで座っていた。
 月を擦り抜け、窓の外の景色が銀河の異空間に変わる。
私はもう一つ、疑問、いや確信に近いことを確認しようと思って団長に尋ねた。
「今回の世界にも果実の同盟は現れましたね。それに、時を駆ける殺し屋、タイムワープも。自分でもまさか今までにあったことが事実だなんて信じられないんですけど…。」
ミラーボール団長は私の目をじっと見つめている。
「この列車は実は、別の世界を移動しているのではなくて、一つの同じ時間軸を移動しているんじゃないですか?」
ミラーボール団長は聞かれることを歴史の一部として知っていたかのようににやりと笑った。そして話し始めた。
「ボクという現象は仮定された有機交流電灯の一つの青い照明、つまりあらゆる透明な幽霊の複合体なんだ。」

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